第136話 魔法にかけられて

 午前10時半過ぎ。

 俺たちは舞浜駅へと到着した。


 夏休み中ということもあり、中高生のグループが目立つが、やはり平日のため、想像していたような人混みではない。

 空にはちょっと雲が多いけど、おかげで日差しが弱めだからね、むしろありがたい。


 そんな天気を気にせずに、改札を出たあたりから、だいは目をキラキラさせて遠くに見えるお城を眺めていた。

 城とセットでツンデレラ城って感じ?

 あ、なんでもないですごめんなさい。


「ほら、いこっ」

「おう」


 お城を眺めていたのも束の間、ふわっとワンピースをひらひらさせて振り返っただいは俺の手を取り、少し早足で歩き出す。

 その動きに合わせて結んだ髪が揺れる光景に、俺も思わず笑みがこぼれる。


 改札から右手に進み、園内に入らなくてもお土産が買えるショップを通り過ぎ、少しずつ園の入り口が見えてきた。

 開園時間からはすでに2時間以上経過しているため、チケットカウンターにはもう人はほとんど並んでいないようだな。


「あ、ちょっと待って」

「え?」

 

 チケットカウンターに行こうとするだいを呼び止め、俺が立ち止まる。

 不思議そうな顔をするだいを無視しつつ、ポケットから取り出したスマホでささっとある操作を済ませる。

 それと同時に、だいのスマホに通知が行く。


「確認してみ」

「え?」


 自分のスマホを確認しただいが、少し驚いた顔を見せてくれた。


「じゃ、行こうぜ」

「え、なんで? あ、あとでお金払うねっ」

「いいって。プレゼントだよ」

「え、でも」

「昨日ごめんと、いつもありがとうのプレゼント」

「え、でも」

「ほら、時間は有限だろ? 行こうぜ」

「う、うん……わかんないけどわかった」


 ちょっと納得してない顔ではあるが、今度は俺がだいの手を引いて先に進む。

 そしてお互いにQRコードを表示して、スマートに入場。

 いやぁ、便利な時代になったもんだ。


「あ、なんかキャラクターいるぞ」

「あ、ほんとだ、可愛い……」

「写真撮ってもらう?」

「え、あ、うんっ! 撮りたいっ」

「じゃ、行こうぜ」


 俺とだいの視線の先には、見た目そっくりなリスのキャラクターたちがいた。

 こんな暑い日にお疲れ様です……とか思うときっとマナー違反だろうから、口にしないようにしつつ、俺とだいは前歯が1本の方のきぐ……キャラクターの列に並ぶ。


「そういや、付き合ってから二人で写真撮るの初めてだなー」

「あ、そうだね。うん、写真、いっぱい撮りたい」

「ん、いい思い出増やしてこうぜ」

「うんっ」


 だいとのツーショットは、付き合う前の、第2回オフ会でのコスプレ写真のみ。

 昨日の大会後に生徒たちと撮った集合写真で一緒に写った写真はもらったけど、付き合ってからの二人だけの写真が1枚もないのは、やはり寂しいものがある。

 俺は普段カメラ機能を全然使わないため、写真フォルダもスカスカだから、これから増やしていこう。

 そう決めた。


「こんにちは~! カメラお借りしますねっ」


 さすがプロだな、と思うような笑顔を浮かべるキャストのお姉さんにだいがスマホを渡し、俺たちはキャラクターを挟んで並ぶ。

 笑顔、笑顔と意識すればするほど、今自分がどんな表情してるのか分からなくなるのってなんでだろう?

 ちなみにキャラクターのリスは見事にだいにくっついていた。

 べ、別に羨ましいとか思わないぞ!?


「撮りますねー! はい、いい笑顔ですよっ」

「ありがとうございます」


 キャストの人から返された写真を確認すると、だいはもう、完全に普段とは別人級ににこにこ顔だった。俺も一応笑ってるけど、なんだろ、はしゃぎきれてない感は否めない。


「記念すべき1枚目だね」

「後で送ってくれ」

「おっけー。じゃあ、次いこっ」

「お、おう」


 園内に入ってからのだいは終始にこにこしてて、いつものクールな感じは全く見えない。

 さすが夢の国。魔法にかけられてるみたいだな……!


 この姿を見られただけで、来た甲斐があった。

 そう思うと、ようやく俺の心にもなんだかはしゃぎたい気持ちが溢れてくる。


 早足で進みだすだいのスピードに合わせて、俺も横に並べるように、足を動かすのだった。




 お昼で混み出す前に、軽めのご飯を食べたあと、俺とだいは近くにあったショップでそれぞれ王道のネズミ耳カチューシャを購入し、俺がリボンなし、だいがリボンありの耳を付けた。

 それを買って付けたところで、だいの自撮り撮影で写真もパシャリ。

 割とうまく写真を撮ってたのは、ちょっと意外。

 

 そして続いて海賊をモチーフとしたアトラクションに移動。

 待ち時間は20分くらいだったから、やっぱ今日は空いてるんだろうな。


 そのあとはジャングルの中を小型ボートに乗って進むアトラクションへ。

 案内人のお姉さんのノリがものすごくよくて、象に水をかけられそうになるくだりの時に「そこのイチャイチャしてる二人、避けてー!」なんて言われてちょっと恥ずかしかった。


 そのあとはさらに時計回りに進み、一緒に西部開拓をイメージしたあのジェットコースターに乗車。待ち時間40分くらいも、話してたらあっという間だった。ほんと、待ち時間も楽しかったくらい。

 ちなみにけっこうなスピードにどちらかと言えばびびったのは俺の方。

 でもぐったりした俺にだいが笑ってくれたから、よしとしよう。


 そしてジェットコースターに並ぶ前に気になってた射的ゲームのところへ、俺たちはやってきた。



「さぁ、ガンナーの腕の見せ所よ」

「ふっ、見てろよ!」


 けっこうしっかりした感じのライフルを構える俺とだい。

 ゲーム内じゃ見慣れたものだが、リアルで持つとね、当然感覚は違うんだけど、ここはいいところを見せたい。


 こんな動かない的を射抜くなど、俺からすれば朝飯前なのだ……あっ!?


 10発全的中を狙った俺は、見事に1射目から外した。

 対してだいは、見事命中。


「えー、いきなり?」

「う、うるせえ! 今のはちょっと目にゴミが入っただけだっ」

「はいはい」


 俺スキル300越えなんだけど……ってそれは俺じゃなく〈Zero〉だからということで勘弁してもらいたい。

 外した俺に笑うだいは、可愛かったし。

 

 そして続けて2射目、3射目と続け……。


「はい、私の勝ちっ」

「も、もう1回やりませんか……?」

「だーめ。ほら、次いこっ」

「く、くそう……」


 結果を見れば俺が7発、だいが8発命中でだいに軍配。

 ガンナーの先輩として面目立たず。

 くそ、LAの中じゃこうはいかないのに……!


 ライフルを持った俺たちの写真を撮ってもらったあと、俺の分のスコアカードもまとめて大事そうにしまっただいが、また違うアトラクションへ向かい出したので俺は渋々それについていく。


 その後もいかだに乗って小さな島へ行って写真を撮ったり、クルーズ船を模した船のデッキで写真を撮ったり、何でもない場所でも写真を撮ったりしながら俺とだいは非日常を楽しんでいった。




「あ、見てみて、ゼロやんすごい怖がってる」

「う、うっせーなっ」

「すみません、あの写真買います」

「あ、買うの?」

「うん、ゼロやんの顔面白いから」

「マジかよ……」


 滝を下るのが名物のジェットコースターには1時間くらい並んだ。そして滝を落ちている最中を撮影した写真をだいが購入。

 たしかにはしゃぐだいと違って、俺は完全に目をつぶり、セーフティバーをがっちり掴むビビり具合。そんな写真を喜んで買うとは……ま、嬉しそうだからいいんだけど。


「次はあっちよっ」

「走ると転ぶぞー?」


 正確には早歩きだけど、もう当たり前のように俺と繋いだ手を引いて進もうとする姿に、俺は苦笑い。

 いや、楽しんでくれてるの分かるからね、いいんだけどね。

 でももうちょっとゆっくりもしたいなとか、ちょっと思い出す。

 ほら、もう学生と違って若くないからさ?


「休んだりしなくて平気かー?」

「大丈夫よ、ここからはゆったりしたやつだから」

「あー」


 滝から落ちるジェットコースターの次にだいが向かったのは、明らかにホラーチックなお化け屋敷型アトラクション。

 別に怖くはないんだけど、なんだろ、これは何回乗っても楽しいと思うやつ。

 これならゆったり座れるし、うん、休憩できるかな。


「ここのキャストの人の恰好、可愛いよな」

「は?」

「あ、いや、服な、服の話な」


 列に並びつつ、アトラクション入口に立つ、深緑のカーキっぽい色の衣装を着るキャストさんを見て、俺がぽつりともらすと、いきなり普段のだいが姿を見せた。

 たしかにキャストの女の子も可愛かったんだけど、顔見て言ったわけじゃないからね、ね? 落ちつこうね?


「やっぱりコスプレ好き……?」

「えっ? あ、いや、うーん……嫌いではない、というか好き寄りであるとも言えるかもしれない。いやしかし」

「くどい」

「す、すみません」

「……買ってくれるなら、着てあげてもいいけど……」

「えっ!? マジ!?」

「わっ!? もう、そこでテンション上げないでよ。気持ち悪い」


 グサッ!


 いや、気持ち悪いは、ちょっと痛いんですけど……。

 いや、でもコスプレしてくれる発言にテンション上げたのは、うん、やっぱ俺が悪いわ。反省します。


「ハロウィンとか、何か着てあげるね」

「お、おう」

「あ、でも変なのは着ないわよ?」

「わ、わかってるよ……」


 とか会話しつつ、俺は何着てもらおうかなって妄想スタート。

 またチャイナも捨てがたいんだけど、メイド服やナース服も捨てがたい……。あれ、もしかして揃えてたら全部着てくれたり……?

 って、俺んちにそういうの揃ってたら、キモすぎるだろ、さすがに。


「……変態」

「へっ!?」


 辛辣な一言が、俺を現実へ呼び戻す。


 まさか脳内覗かれた!? いや、そんなスキルあったの!?

 

 しかしだいの冷たい声に俺が慌てると、だいは笑ってくれた。

 

「考え事はあとでもいいでしょ? 今は私と話そ?」

「あ、うん。ご、ごめん」


 今日のだいのデレ具合は、ほんとにやばい。

 周りに人もいるのに、こんなにデレてくれるとは、嬉しい。

 今のはちょっと反則級に食らってしまったぞ……!

 ビバねずみの遊園地!!


 そんなこんなで列も進み、俺とだいはお化け屋敷の中を勝手に進んでくれる乗り物に乗って束の間の休憩をした。

 見えないところからお化けたちがバッと飛び出てくるところなんかでだいがびっくりして俺にしがみついてきたのは可愛かったです。って、小学生の感想かこれじゃ。


 そしてその後も世界平和を願ったアトラクションや、キャラクターたちが音楽を奏でてくれるシアター、大人気のくまのキャラクターの世界をモチーフにしたアトラクションを回り、色んな写真を撮り、俺たちは初めての遊園地デートを大いに楽しむのだった。





―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 こんな平和でいいのかなって書いてて思うくらい、最近この小説はヘタレ主人公ものって考え出してる自分と戦うのに必死な今日この頃……。

 でもここはだいへのご褒美回なので、彼女には楽しんでもらいます。


 昨日も書きましたが、なるべく公営なものはそのままに、私営なものは名前変えたりしているため、アトラクション全て想像できる程度にぼかして書いています。なるべくですけど。

 もしなんか違和感があったらご指摘お願いします……!


 なお、話中にもあるお化け屋敷のキャストの格好についてのくだりは、作者の個人的な想いをクズやんに言わせてみました。

 え、あの服可愛くないですか?

 同意求ム。笑

 


お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。

 【Teachers】以外のキャラクターたちが色々と活躍しています。気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!いよいよあの〈Mobkun〉が暴れ出してます。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る