第131話 お嬢様の戦略

「おっまたせ~」

「おお、おかえり!」


 俺の緊張感とは裏腹に、ゆめは気軽にさくっとみんなが待つ部屋のドアを開けた。

 俺はさっきゆめから言われた指令のせいで緊張しっぱなし。


 扉を開けた先にいた4人が、一斉にこちらを……見なかった。


 あれ、なんか、空気が……。


 部屋の中では大和だけが「おかえり」を言ってくれて、俺らの到着を喜ぶように安堵した表情を見せる。

 女性陣はぴょんは少し険しい顔で俺たちにちらっと視線を送り、だいとゆきむらは、互いに表情もなく見つめ合っていた。


 え、まさかこいつらで1戦起こってたか……!?


 不安が胸に押し寄せる中、何事もなかったかのようにゆめは元々座っていた席に戻り、部屋を出る前に頼んでいたサングリアを悠然と飲み始める。

 

 なんという強心臓……!


「ゼロやんもいつまでも突っ立ってないで座りなよ~」


 その言葉を受けて、恐る恐る、俺も後ろ手にドアを閉めて、元々座っていた席に戻る。


 隣がゆきむらで、正面がだい。

 今考えれば、大和の隣に座っとけばよかったな……!


 その席に座った時、ちらっとこちらを見てきただいは明らかに不機嫌だった、気がした。


「……私も仲間にいれてほしかったです」

「え?」


 小さな声で、隣に座るゆきむらが言葉を漏らす。それは静かな部屋だから聞こえたような、それほど小さな声だった。


「いやぁ~変な空気なっちゃってるね~」


 しかし、一人だけ怯まず、今までの楽しかったオフ会とはまったく質が異なる今の空気にメスをいれていくゆめ。


「じゃあ、ゼロやん出番だぞ~」

「お、おう」


 ゆめの仕切りに従い、俺も覚悟を決める。


 半端な優しさの皮をかぶった俺の弱さのせいで、こんな空気にしてしまったのだ。

 俺が、なんとかしなきゃいけない。


 よし、いくぞ!!


「えっと、ゆきむら」

「はい」


 俺は隣に座るゆきむらに顔を向け、正面から彼女の視線を受ける。

 そのぽーっとした表情は相変わらずミステリアスで、やっぱり可愛い……いや、ダメダメ!


「さっきはちゃんと言えなくてごめん。俺がだいと付き合ってるのは、俺が一緒にいてほしいって思ったからだ」

「一緒にいてほしいから、ですか」

「ああ。だいがずっと俺を支えてくれていたって、気づいたから」

「ずっと?」

「うん。7年前亜衣菜……セシルと別れて、他人との距離感を見失ってた俺を支えてくれたのが、だいなんだ」

「7年前……」


 単語で返してくるゆきむらと俺の会話を、他のメンバーも聞いている。

 一度話し出してしまえば、もう恥ずかしいとかも、なくなってた。


 ちらっと横目に確認すると、だいはまだ不機嫌そうだけど。


「だいが女の人って知ったのは最近だったけどさ、それでも俺とだいの思い出は変わらない」

「それは、分かります」

「うん、そこに気づいたから。俺はだいにずっと支えられてたんだって。そばにいてほしいって」

「……なるほど。ゼロさんにはだいさんが必要ということですか」

「うん、そうなんだ」

「だから、お付き合いされていると」

「そういうこと」

「……なるほど」


 ゆきむらの視線が俺から外れ、ゆきむらは口元に手を当てて何か考えるような仕草を見せた。

 とりあえず、分かってくれた、のかな?

 なるほどって言葉はでたから、とりあえず大丈夫だと思いたい。


「それで、だい」

「え?」


 ゆきむらと話を終えたつもりになった俺は、だいに向き直る。

 大和とぴょんが「お?」という顔をした。

 ゆめの表情は、怖いから確認しません。


「すぐにちゃんと言えなくて、ごめん」


 俺の視線を受けるだいの表情は、無表情に近い不機嫌。


「別に」


 やはり面と向かって謝っても、すぐには受け入れてもらえないか……!

 俺から目をそらすように、斜め下に目線を向けてしまった。


 だがここで引くわけにはいかない。


「俺はだいが、好きだから」


 この言葉で、俺の方にだいの視線が戻ってくる。

 俺の言葉にだいの隣の二人が「おおっ」と小さく声を漏らしていた。


「だから……ええと、その……」

「え、何?」


 不思議そうな顔に変化するだい。

 ここまできたら、あとは勢いだぞ俺……!!


「結婚しよう!!!」

「は?」

「「おおっ!?」」


 自分の顔が真っ赤になってるのは分かる。

 だが、言ってやったぜ!


 しかし、俺の言葉を受けただいは……怪訝そうというか、ウザそうな表情に変化。

 隣にいる二人組だけが楽しそうな表情という不思議。


 ……あれ、え、あれ?


「嫌です」

「うぇ!?」

「あーっはっはっはっは!!」


 だいから返ってきた言葉は、辛辣なものだった。

 その言葉を聞いたゆめが爆笑。


 え、ちょ、え!?


「はぁ……あなたは私を馬鹿にしてるのかしら?」

「え?」


 ため息をついてから、だいの呆れた声が届く。その言葉の意図がつかめず、俺は困惑するのみ。

 ゆめの爆笑を不思議そうにぴょんと大和が見ているようだが、隣にいるゆきむらの表情は確認する余裕はない。


「それ、ゆめの入れ知恵でしょ?」

「え?」

「いや~、バレたか~っ」

「ゼロやんがこんなこと思いつくわけないし」

「あー、そりゃそうだよなー」

「ミスター鈍感だもんね~」

「え、え?」


 だいの冷たい視線を受けつつ、ぴょんとゆめが追撃。

 

 でも、なんか空気が回復したような、気もする。

 俺は散々な言われようだけど。


「そんな流れでプロポーズまがいなこと言われても、嬉しくないわよ」

「そりゃそーだよな! そういうのは、ちゃんとしてほしいもんだよなー」

「どんまいゼロや~ん」


 笑いながら慰めるゆめの方を振り向き、何か言おうとするも、言えなかった。

 隣に座るゆきむらの顔が目に入ったから。

 ぽーっじゃなくて、珍しくぽかんとした表情だった。


 え、何!? それ新しくない!?


「いや~ごめんね~、だいも巻き込んじゃって。でもね、ゆっきー、今の聞いてたよね?」

「え、あ、はい」


 突然ゆめに話題を振られたゆきむらが、忘れていた自我を取り戻したようにゆめの方を向く。


「今のはわたしが仕向けたことなんだけどさ、それでもゼロやんはだいに「結婚しよう」って言えるくらいの気持ちがあるんだよ~。分かってくれたかな?」

「あ……そういうことですか」


 あ、そういうことだったんだ。


 まんまとゆめの戦略通りに進んだ、のかな……。


「でも、「結婚しよう」前の言葉はゼロやんの意志だよ~」


 そう言ったゆめの笑みは、意味ありげな笑みだった。その表情と言葉に、ゆきむらが何を思ったのかは、俺に背を向けてるせいで分からないけど。


「私が指示したのは、だいにプロポーズしてね、ってことだけだからさ~」


 ダウト!

 君が俺に言ってきたのは「お前だいにプロポーズしろ」です!

 そんな優しい言い方ではありませんでした!


「ま、見事にそれは失敗したわけだけどな! でも、だいはこんなゼロやん見てどう思ったんだー?」


 ゆめの戦略から生まれた空気に、ぴょんが便乗する。

 質問を投げ合うことで生まれる、会話する空気。


 もちろんぴょんに問われただいの答えに、俺は顔には出さないけど、興味津々。


「そうね。これがゼロやんの良さでもあるんだけど、とりあえず後で説教ね」

「は、はい」


 ……ですよねー。

 大丈夫、それで済むんだったら、安いもんだ。

 これが俺の良さってのは、いまいちわからないけど。


 ひとまずだいの表情が和らいだことで、安心する俺。

 だいは何も言わなくてもそばにいてくれるって高を括ってたけど、そうじゃないんだ。ちゃんと、伝えるべきことは伝えないといけないんだ。

 以心伝心は理想だけど、甘えでもある。

 分かってても言って欲しい言葉もあるだろうし、これからは気を付けないとな……。


 ほんと、ゆめに感謝だな……!


「あはは~、どんまいゼロやーんっ」

「いやー、あたしだったらウザくて殴ってるなー!」


 だいの答えに、ゆめもぴょんも笑う。

 ぴょんが再び大和をバシバシ叩き始めたので「いや、俺!?」なんて言って大和が慌てだす。


「いや、あの、ほんと、すみませんでした」

「ほんとだよ~。次はないよ~?」


 だいに言った言葉だったのに、それに返事をしたのはゆめだった。

 ゆめの方を向いた俺は、その笑顔を見て心臓が握られるような心地になる。あの笑顔の裏にあるゆめの迫力は、もう一生忘れないだろう。

 ついでに見えたゆきむらは、俺がゆめの方を向いたのに合わせて、いつもの表情で俺の方を眺めていた。


 落ち込んだりとか、そんな感じはしないんだけど、すっきりした感じでもない、気がする。

 なんというか、いつも通りすぎて、ちょっと怖い。


「ごめんねゆっきー。すぐ伝えてなくて」

「うん~、わたしとぴょんも共犯なんだ。ごめんね。出来れば宇都宮オフの時にリダ含めてみんなに伝えるサプライズにしようって、話してたんだ~」

「そうなんだよ! ごめんゆっきー!」

「あ、いえ、そうだったんですね」


 いや、それ俺も聞いてなかったんですけど!?

 え、俺は今日言う気だったんですけど!?

 さすがにそれは、俺には言っておくべきじゃないのか……?


「そうとは知らず、悪かったな!」

「ま~せんかんがゼロやんの同僚とか、わたしたちも想像してなかったし~、先にせんかんが二人の関係知ってるのか聞いておけばよかったね~」

「空気で察せよ空気で!」

「ええ!?」


 何度目かわからないぴょんの攻撃を受け始める大和。

 この光景はもう見慣れてしまったな。


「……つまり、こういうことですよね」


 見事なゆめの戦略で、いつもの空気感に戻った俺たちの中で、ゆきむらがぽつりとそう漏らす。

 みんな、たぶんもうこれで一安心とか、そんな風に思ってたんだろうな。


 ゆきむらの方を見るみんなの目には、不安とかそういうののたぐいは感じられなかったから。


 ほんとそんな空気だったんだ。

 

 だからね、まだ刀を抜いてくるなんて思わなかった。

 さすがゆきむら。徳川家康をして、日本一ひのもといちつわものと呼ばせた武士の名を冠するのは、伊達じゃなかったんだ。




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以下作者の声です。

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お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

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