第132話 止められない戦い
「争奪戦の末、だいさんはゼロさんの心を奪ったわけですよね」
「こういうことですよね」と言ったゆきむらの視線は、じっとだいを見つめていた。
面と向かってその視線を受けただいは、その言葉を受けてちょっと恥ずかしそう。
「え、う、うん。そうよね?」
「う、うん。そうです」
確認するまでもないのだが、俺に確認を取ってくるだいは、ちょっと可愛い。
うん、心奪われたのは、間違いない。
「争奪戦ということは、私たちは争い、だいさんが奪っていったというわけで」
「……うん?」
だいが小さく首を傾げたけど、大丈夫。俺もよく分からない。
「その結果お二人は交際に至った」
「そーだなー。告白して、OKが出たらそれは交際だもんなー」
ゆきむらの言葉に、腕を組んだ状態で頷き、相槌を打つぴょん。
隣の大和は、ゆきむらの言いたいことが分からず、困惑気味っぽい。
俺も大和に同意。
「お二人は好き同士で」
「そだね~。だいもゼロやんのこと好きなんでしょ~?」
「え、う、うん……一応」
一応って!?
……って、俺もそういえばさっき「一応」って言葉使っちゃった気が、する。
そうか、これもNGワードだったな……。
言われて嬉しい言葉じゃないな。
反省。
「ゼロさんにとってだいさんは必要な存在で」
「お、おう」
今度はゆきむらの視線が俺に向けられる。
一つ一つを確認するように、ゆっくりと言葉を紡ぐゆきむらの表情は、いつも通りの、平常運転のように見える。
だからこそ、なんだか不安が募るというか……。
「でも」
「でも?」
再びゆきむらの視線はだいへ。
聞き返したのはぴょんだったけど。
「ゼロさんの「結婚しよう」にだいさんは「嫌です」とお答えしたということは、婚約は成されてないわけですよね」
「……はい?」
「あー、それはそうだなー」
「ゼロやんプロポーズ失敗だったもんね~」
ゆきむらのまさかの言葉に、俺が聞き返してしまうも、なぜだかぴょんとゆめがゆきむらに同意。
だいは……苦笑い。
「婚約と結婚は契約によるものですから、さすがにそこまで進んだ関係であれば私もお二人を祝福するところですけど、まだそこまでは至ってないわけですよね」
「ええ、そうね」
ガーン!!
ゆきむらの言いたいことを察したのか、即答で同意するだいに、密かに俺はショック……いや、たしかにゆきむらの言葉は間違ってないし、この流れになったのは俺が悪いんだけどさ……!
気が付けば、ぴょんもゆめも、大和すらも苦笑い。
「ということは、お二人が婚約に至るまでは、私はまだ争う権利があるのではないでしょうか?」
何という論理の飛躍。
堂々としただいへの宣戦布告。
その姿に俺は戦々恐々。
「いや、でも俺が好きなのはだいなんだけど……」
「ゼロさんは私のことお嫌いですか?」
「えっ!? い、いや、そんなことはないよ」
「ですよね。私も、嫌われてるとは思っていません。なら、チャンスはあるのかと」
いや、好きか嫌いの二択ならだよ!?
たしかに可愛いとは思うし、色んな意味で気にはなるけど、そういう好きじゃないよ!?
と言いつつ、じっと俺の目をみてくるゆきむらは、やっぱり可愛いと思ってしまう俺ですけど。
「私だってお二人はお似合いだと思います。それがきっと、7年間という積み重ねなんですよね」
俺から目を離したゆきむらは、誰を見るわけでもなく、じっとテーブルの中心部らへんに視線を移していた。
もはや何を言われるかなど想像もつかない。
俺含め、みんながゆきむらの言葉待つ。
「私がゼロさんとお会いしたのは今日で2回目ですけど、私もあと5年経てば、お二人が重ねた7年に到達しますし、その時ゼロさんにとって私が必要な存在になっていればいいわけですよね」
……はい?
「5年後かー。そしたらゼロやんとだいは12年目だぞー?」
「しかも5年も経ったらゼロやんはもう30オーバーのおじさんだよ~?」
ほんと、この子はどういう思考でそれを言ってきているのでしょうか。
ぴょんとゆめの言葉にも、怯む様子なんかなし。
そしてだいさん、君は何でちょっと面白そうな顔になってるの!?
「年齢は気にしませんし、私がだいさんよりも早いペースで、必要って思ってもらえればいいわけですよね」
「ゆっきーは私に宣戦布告っていうことね?」
「はい。争奪戦は、争い奪い合う戦いじゃないですか。奪われたなら、奪い返せば勝ちかと心得ます」
ゆきむらの視線が、まただいを捉える。
その眼差しは真剣な眼差し。それを受けるだいは、余裕を感じさせるような微笑み。
奪われたら奪い返せって、領土争いか何かかこれは。
女、怖し。
先月に起こった亜衣菜とだいのやりとりを見ているような、出来ることならここから逃げ出したい状況に俺は今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいです。
「私はその覚悟で戦ってもいいでしょうか?」
そしてあの時と同じように、二人の視線が俺に来ないのがほんともう、何なのこれ。
「戦いにならないかもしれないわよ?」
「この名に恥じぬよう、最後の一兵まで戦う所存です」
「じゃあ、頑張ってみなさい」
見つめ合うだいとゆきむらの間には、猛っている表情でもないのに、バチバチと火花が散っているように見えた。
二人が真顔なだけに、かえって迫力がすごい。
しかしほんとね、俺の空気感やばいね!
大和だけが俺を同情するように、俺の方に苦笑いを浮かべてくれていた。
しかし何というか、俺にとっての今日は、争奪戦の終了というか、だいとの交際を宣言しようとしていたはずだった今日なのに。
何故かだいとゆきむらの戦い継続が決まってしまう。
誰がこんな事態を予想していたというのでしょうか?
「フリーの奴より、誰かのものの方が良く見えるっていうもんなー」
「既婚者がモテる理論だね~」
「そしてライバル登場で逆にだいも闘志に火が付いたかー?」
「そもそもゆっきーはなんでそんなにゼロやんのこと好きなの~?」
「え、そうですね……」
久しぶりにゆきむらの表情が変化。
大きく変わったわけではないが、ちょっとだけ恥ずかしそうな顔になりつつも、ゆきむらが俺を見てくる。
「一目惚れ、というものだったんだと思います」
「一目惚れ~?」
「はい。ゼロさんに初めてお会いしたのはこの前のオフ会の日、私が新宿で道に迷っていた時でした」
「ほほう」
あー、あの日か。
露骨に道に迷った雰囲気を出してたゆきむらが、何故か俺に声をかけてきた日だよな。
「道を聞けそうな駅員さんも見当たらず、誰かに助けを求めようにも、行き交う人の流れに翻弄され、私に気づく人も皆一瞥したらすぐに足早にいなくなってしまう中、ゼロさんは心配そうな顔で私のことを見ていてくれていたんです」
「おー」
「公務員の鏡だね~」
「ゼロやんらしいったら、らしいわね」
あれ? 俺そんな見てたっけ?
俺もちらっと見ただけだった気がするんだけど……。
「優しそうな人だなぁと思った私が、思い切って助けを求めたところ、ゼロさんは一緒に待ち合わせ場所に行ってくださると言ってくれました」
「まーそりゃな、待ち合わせ場所同じだったわけだしな」
「それもう確率の域をこえてねーか……?」
「ゼロやんはほら、奇跡の人だから」
「話しかけやすい見た目ではあるものね」
好き勝手言われる俺。
というか大和くん、久々に君の声を聞いたよ。
「ヨコバシカメラに行く途中のお話で、その方がゼロさんだってことを知ったわけですが、お互いがギルドの仲間だって気付いたゼロさんは、道に迷っていた私に呆れることもなく笑ってくれました」
「うんうん」
「ゲームの中じゃしっかりしてるのに、リアルじゃ別人だなって。そう言って私の頭に手をぽんってして、笑ってくれました」
その時を思い出したのだろうか、ゆきむらの顔が、ちょっとだけ嬉しそうなものに変わる。
いや、その顔はずるいって。
ゆきむらの微妙な変化に気づきだした俺も俺だけど、気づけてしまってる以上、それは可愛いです……。
「あー。やってんなおい」
「そうね。狙ってやってない分、ほんとたち悪いやつね」
あ、あぶねぇ!
照れかけた俺に飛んでくるぴょんとだいの冷たい声に、冷静さを取り戻す俺。
そして思い出す
「前もお話しましたが、私は長女のお姉ちゃんで、中高大と女子校ですから、男の人にそんな風にしてもらったことがなかったので、なんというか、すごく嬉しかったんです」
「なるほどー。罪な男だなー」
「ゼロやん見た目はいいからね~」
見た目は、って……いや、怖いから何も言わないけど……!
ゆきむらの話を聞くお姉さま方はいつの間にかゆきむらの味方のような雰囲気。
だいもだいで、ほんとに妹を見るような、そんな雰囲気だし。
みんなが仲良いままでいてくれるとはいいことだとは思うけど、これあれだよね。
俺の対応次第では、全てが崩れることもあるんだよね?
うーん……初動を間違えた俺が悪いんだけど……。
どうにか、穏便にゆきむらに引いてもらう手はないだろうか……。
「だいさんとゼロさんの重ねた時間に及ぶにはまだまだ時間がかかると思いますけど、私、全力で戦います」
「こうなったらゼロやん次第だね~」
「ゆっきーの若さが勝つか、思い出が勝つかの戦いスタートかー」
「負けないわよ?」
「望むところです」
なんでこんなことになってしまったのだろうか……?
後悔先に立たずとは、こういうことなんだろうな。
視線を合わせるだいとゆきむらの空気は、俺とゆめが戻ってきた時よりかは穏やかな感じにはなってるけど。
でもさ、俺の心は全然穏やかではありませんからね?
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以下
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お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
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