第130話 見抜かれた弱さ
全員がテーブルを叩いた人物へ、驚きの表情で目を向ける。
その人物の視線に捉えられる俺は、予想外すぎる事態に思考停止。
いや、たぶんゆきむら含めてみんな思考停止してたんじゃないかな。
それだけ、予想外だったんだ。
「あっ、いきなりごっめ~ん。うん、でもゼロやん、ちょっと二人で話そうか~」
全員の視線を集めた人物は、まさかのゆめ。
この中で一番女の子らしい姿のゆめがテーブルを叩いたなんて信じられなかったが、みんなの驚きを意にも介せずゆめが一人立ち上がる。
名指しされた俺はこの想定外の事態にすぐに動けず。
みんなが固まる中、立ち上がったゆめがゆきむらの背中側を抜け、その隣に座る俺の背後でしゃがみ込む。
「いいからついて来いよ?」
「えっ!?」
俺の耳元でそっと告げてきたその言葉は、おそらく俺にしか聞こえなかったと思う。
だが、たしかにゆめはそう言った。
あの女の子っぽいゆめからは、想像もつかないような言い方。
え、こわっ!?
錆びついたブリキのように固くなった首を動かし、ゆめの表情を確認すると、そこにあるのはいつも通りのニコニコした可愛らしい笑顔のゆめ。
この顔と、今言われた言葉が、脳内で繋がらないんだけど!?
だが立ち上がったゆめに腕を掴まれ俺は強制的に立たされる。
その行方を、みんな何も言わずに見守っていた。
脳が追い付かない事態に俺は助けを求めるようにだいを見る。
さすがにだいも心配そうというか、不安そうな顔をしてくれていた、気がする。
「じゃあ、ちょっとゼロやん借りるね~」
「う、うん」
でも、止めはしない。
ゆめはだいに一言確認を取ったあと、ゆめが扉を開けて部屋を出る。
もはや選択肢を持たない俺は、黙って腕を引かれるままにそれに続く。
たぶん、顔は引きつってた。
冷や汗が止まらない。
状況が読めない。
なぜゆめが?
え、これ、どういうこと!?
「またもどりまーす」
戸惑う俺をよそに、ゆめはさっさか進んでいき、店の入り口で店員に声をかけ、店外へと俺と連れ出した。
店外はエレベーターの他に今俺らがいる店とは別な店への入口もある、ちょっと開けたスペース。
そこには居酒屋への入店待ち用のベンチも置いてあり、俺の腕を離したゆめが目で座れと合図を出してきたので、黙ってそれに従う俺。
背筋を伸ばして座った俺の前に、ゆめが仁王立ちする。
見下ろされる視線が、怖いです……。
「お前さ」
え!? お前!?
待て待て待てマテマテ!! これ、ほんとにゆめか!?
据わった目で俺を捉えるゆめの声は、いつものような可愛らしさなど感じさせない、威圧的な声だった。
まるで心臓を握られているような恐怖。
全てが俺の予想を超えている。
俺の前に立つゆめは、年下の女性とは思えないような、そんな圧を放っていた。
「何あの態度?」
「え?」
「お前の態度だよ」
え、これほんとにゆめ!?
ぴょんじゃないよね!?
脳裏にフラッシュバックする、第2回オフの日の未明、路上でぴょんから受けた説教。
その時にも似たような、そんな空気。
だが、あの時のぴょんと今のゆめは全然違う。
ぴょんは俺を励ますためだったと思うけど、今のゆめは、怒りのオーラに包まれている、気がする。
「ゆっきーを傷つけないためとか思ってやってたの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
反射的に言い訳をしようとしている自分に気づき、俺は語尾を濁した。
ゆめの言う通りのことを俺は考えていたんだから、言い訳なんて出来るはずないのに。
「じゃあなんだよ?」
言い訳はできないと分かったところで、何か返す言葉が浮かぶわけではない。
俺を見下ろすように見据えるゆめの視線は、俺の心を見抜いているようで。
その視線に耐えかねた俺は無言で視線を落とす。
そんな俺の態度に、ゆめのため息が聞こえる。
「たしかにわたしたちもゆっきーのこと茶化したし、反応を面白がってたのは認める。でもさ、わたしたちとゼロやんじゃ立場が違う。分かるよね?」
無言のまま、俺は小さく頷いた。
ゆきむらが俺を慕ってくれてるのは、分かってる。
俺のこと好きかなって、いい気分になってたのも、否定できない。
ほんと、我ながらクズだな。
呼び方が「お前」から「ゼロやん」に戻ったことで、少しだけ、少しだけゆめのトーンが優しくなったような気もする。ほんと若干ではあるけど。
「さすがにあの流れになったら、もうゼロやんがだいとのこと話してゆっきーを止めるっしょって、思ってた。そうなると期待してた。でも、結局あれじゃん? さすがにイライラしたんだけど」
はたから見たら変な光景だろうな。
可愛らしい姿の女の子が、30手前のおっさんを説教してるんだもんな。
いやほんと、笑えねーわ。
「ゼロやんのそれは、優しさじゃないから」
その言葉が胸を突く。
「ゼロやんのはただの保身。自分を安全なところに置こうとする、偽善だよ」
あー、痛ぇなぁ……。
優しいっていう言葉は、昔からよく言われてきた。
俺にとって言われ慣れたと言ってもいい言葉。
優しいとか、お人よしとか、さっきも大和に言われたけど、学生時代の仲間たちから俺への評価は、いつもそんな感じ。
初めは、純粋な気持ちだった。
子どもの頃に、誰かから「ありがとう」を言われるのが嬉しくて、人に優しくすることを意識し始めた記憶がある。そうすれば、両親も喜んでくれたし。
でも、その行動の結果がもたらすものを意識し出したのは、果たしていつ頃だったのか。
自分よりも相手を気遣ってるだけで
大学で哲学を学んだのも、その一環だった。
でも30年近く生きてきて、俺だってもう自覚してる。
俺の考えは打算的で、本当の意味で相手のためじゃなく、自分のための行動でしかないって。
俺の行動は、偽善だって。
利他を装った利己でしかないって。
それはゆめの言う通りで、自分の居場所を守るための、手段。
誰にでも優しくしていれば、仲間にはいれてもらえるから。
お人よしって言われて、「ちげーよ」って言い返すとこまでが、俺にとって決まりきった流れになっていた。
「みんなから好かれてれば、それでいいの? ゼロやんにとってはみんな同じような存在なの?」
ゆめの言葉が、俺を揺さぶる。
俺の核心を、弱さを突く。
事実、昔から孤独は無縁だった。
学生の頃は、いつも集団の輪に入っていた。
LAの中でも、ソロの時間はほとんどなかった。
でも本当の意味で一緒にいてくれたのは……。
学生の頃は部活の仲間たちとみんなで遊びに行くことはあっても、その中の誰かと二人で遊びに行ったりとか、したことがない。
今の職場に来て、同い年だからと大和に誘われて、時々二人で飲みに行くようになったけど、最初は本当に緊張したのを覚えてる。
大学の頃俺と二人でどこかに行ったりしたのは亜衣菜だけだし、亜衣菜と別れてからは、あまり大学の仲間とも会わなくなり、就職してからも当たり障りない職場の関係だけを維持してきた。
あの頃からLAの中にはだいがいてくれて、それでいいと思ってきた。
結局、この年になっても気を遣わなくてすむ親友がいないことから、目を背けてきた。
だから、今みたいに大切な人と仲間が一緒にいるような状況を、俺は経験したことがない。
この仲間たちは、高校や大学で出会った仲間たち以上に、みんながみんな大切な仲間で、これからもずっと仲良くしたいと思ってる仲間。
これは間違いない。
リアルで初めて会った時からはまだ2か月も経ってないけど、LAの中ならギルド加入が一番遅いゆめでも、1年以上前から一緒に遊んできた。
LAの世界は俺にとってリアルと優劣をつけられないくらい大切な場所だから、そこの仲間たちも、当然みんな大切。
顔が見えなくても気さくに付き合ってきた、大切な仲間たち。
この仲間たちを失いたくないからこそ、俺はその一人であるゆきむらへ伝えるべき言葉から逃げてしまった。
だけど、もしここに優劣をつけなければならないとしたら?
当然優先すべきはだいだろう。
彼女だから?
それもあるけど、それだけじゃない。俺にとって、好きとかの感情以上に、一番大切な人だから。ずっと俺を支えてくれた、俺の理解者だから。
だいは俺の理解者だけど、じゃあ俺はだいをどれほど理解しているのだろうか?
俺はさっき、だいの視線を受けてもその感情を、考えを読み取れなかった。
あの時だいは、俺にどうして欲しかったんだろうか?
そんなの、決まってる。
そう考え出した瞬間、情けなさが胸を支配した。
「いつものゼロやんが誰にでも優しいのは知ってるよ。その優しさを全て悪いものだとは思わないし。でもさ、今はだいの気持ちを考えてほしい。ゼロやんはちゃんと、だいの気持ち、考えた?」
「え?」
今まさに頭の中に浮かんでいたことを聞かれ、俺は驚きとともに顔を上げ、ゆめと目を合わせた。
真っすぐに俺を見下ろすゆめの表情は、怒りというより、優しさがあるような、そんな様子。
「今のゼロやんの態度は、だいにもゆっきーにも失礼だし、結局二人を傷つけてるだけだから。何でかはわかるよね?」
その言葉も、俺の胸に突き刺さる。
だから俺は、無言のまま頷いた。
「誤魔化されるのも、隠しごとされるのも、嫌だもんね」
「そう、だよな」
「じゃあ、ちゃんと言えよ~」
そう言って、ゆめが俺に額を小突き、いつもの笑みを見せた。
「……うん」
「告白もだいからだったんでしょ~?」
「まぁ、うん」
だいのやつ、そこまで話してたのか。
言ったんだったら言って欲しかったな。
「告白した側はさ~、先に好きを伝えた分、不安なのだよ。お分かりか~?」
「いや、俺だってちゃんと……好きは伝えたんだけど……」
言ってて恥ずかしくなったせいで、俺は語尾を濁してしまう。
でも、だいのことが好きなのは間違いないし、なんだったら俺の方から告白したかったのも事実。
それを不安に思われても、困るというか。
「二人の時に言えるのなんか当たり前じゃん? 他の人もいる時にそれを示してもらえることで、安心できるんだって」
「そういうものなのか?」
「ガキみたいな独占欲見せろっていうわけじゃないけど、今みたいな、他にゼロやんのこと好きって子がいる時なんかは、特にだよね」
「……あ、やっぱり、ゆきむらも、そうなんだ……」
「マジ~?」
「いや、薄々思うところはあったけどさ」
「どう考えたってがっつりじゃん?」
「うーん……」
「たしかにゆっきーは可愛いし、色んな意味で目が離せない子だけどさ。ゆっきーを傷つけたくないって気持ちが優先なら、だいと別れたほうがいいよ」
「え?」
「だってそうじゃん。その気持ちは絶対に両立しないんだから」
「……うん、そうだよな」
その言葉は、すっと俺の胸に染み込んできた。
だいと別れるっていう考えなんか欠片もない。
だから俺のせいで傷つけるのは間違っている。
いや、たしかにゆきむらも可愛いし、傷つけたくないって思いは嘘じゃないんだけど、だいと同列には、できない。
だいから好かれてるって思いに、甘えてたな。
市原の時も、もしかして同じ思いをさせてたの、かな……。
反省しなきゃいけないことだらけだ。
「ぴょんは優しいからさ、ゼロやんみたいにだいもゆっきーも傷つけない道を探してると思うんだけど」
え、そうなの?
「わたしはだいの恋心を応援してきたからさ~、やっぱりゆっきーよりだい派なんだよね」
「そう……なんだ。いや、でもありがとう。俺がうだうだしてたせいで」
「ほんとだよ、このクズ!」
「えっ!?」
満面の笑みで吐かれた毒舌に、俺は目を開いて驚いた。
幼い頃から音楽をやって育ったと聞いてるお嬢様然としたゆめが、まさかそんなことを言うとは……!
さっきの「お前」呼びも怖かったけど、もしや、これが、本性……?
「とりあえず、言うべきことはわかったよね~?」
「ああ、ちゃんと言うよ。逃げ道を探す段階で間違えてたんだしな」
「うんうん、いい顔になったね~」
「おかげさまで」
「よし、じゃあ君に一つ指令を与えよう」
「え?」
こそこそとゆめが俺に耳打ちをする。
その内容に、俺は顔をしかめざるを得なかった。
「……マジ?」
「戻ったところでどうせ空気は最悪だろうしさ~。打開するにはそれくらいしないと~」
「いや、でも……え……」
「やれっつってんの」
「は、はい!」
こわ!!!!!
うちのギルドで一番怖い人物が俺の中で決まる。
ゆめの笑顔に押し負けた俺は、再びゆめとともに店内に戻り、ゆめの指令によるある計画を実行するため、みんなのいる部屋へと向かうのだった。
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以下
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お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
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