第129話 逃げる男
「え、ええと」
ゆきむらの視線と沈黙に耐えかねて、俺はとりあえず声を出す。
でも、何を言えばいいんだろうか。全然分からん。
いや、シンプルに「そうだよ、俺だいと付き合ったんだ」って言えばいいんだろうけど、それでいいのだろうか。ゆきむらが傷つかないだろうか?
そんな考えが浮かんだため、俺はゆきむらを傷つけないような言葉を探していた。
でも、そんな言葉は見つからない。
というかそもそも傷つける傷つけない
下手なこと言うよりも、肯定するしかないか……!
でもやっぱ、今日の振る舞いとか、俺のこと好きっていう風に考えるべき、だよな……?
いや、マジでどうしよう……。
じっと俺を見てくるゆきむらを見つめ返しながら、俺は手に変な汗をかきながらも、言葉を探し続けていた。
一番ダメなのは……嘘をつくことだよな。
「今、大和が言った言葉は、間違ってないん、だ……」
さっきまであんなに盛り上がってた室内に、今はぽつんと俺の声のみ。
俺の言葉を聞いたゆきむらが、表情はそのままにそっと視線をテーブルに落とす。
「そうなんですか」
ショックを受けてる感じはあるけど、でも表情は変わってないし……どの程度の影響を与えてしまったのか、皆目見当も付かなかった。
でも、隠し通せることでもないというか、隠すことでもないから、俺は意を決し、相手の名を口にしようとする。
「うん。相手は――」
「――だいさんですよね?」
「「え?」」
再び顔を上げて俺を見てくるゆきむらの言葉に、俺とだいの言葉がシンクロ。
だいがぴょんとゆめに視線を送ると、二人は小さく首を振っていた。
あ、これこの二人は知ってたのか?
まぁだいが言ってても、不思議はないんだけど……でもなんで、ゆきむらには言ってないんだ?
「さすがに、私だって気付きますよ」
ほほう。
あれかな、だいの到着の連絡の時の
たしかにあの誤魔化しは、我ながらひどかった。
「今日の試合前、お二人のそばにあったお弁当箱、色違いのペアでしたし」
「え、そこ!?」
「うっそ、わたし気づかなかったや~」
「あたしもさっぱり」
ゆきむらの言葉に大和とだい以外驚きの声を出す。大和は、さっきの失言を反省してるのか、今は静観モードみたい。
ゆきむらの指摘を受けただいは少し恥ずかしそうだ。
「お二人がお付き合いをしているから、さっきだいさんの連絡がゼロさんだけにきて、ゼロさんはお一人で迎えに行こうとしたんですね」
「え、まぁ、うん、そういうこと、だね。一応、付き合ってるから」
俺の言葉になんかだいがちょっと不満そうな顔。
なんでだ?
「気づくならそっちの方がわかりやすくないかー?」
「え、そうなんですか?」
ぴょんの指摘にゆきむらは首を傾げたあと、何かに気づいたように、少しだけ俯いた。
「というか、皆さんは知ってたんですね」
「あ……」
「いや~……」
その言葉に気まずそうな顔を浮かべるぴょんとゆめ。
こいつらも俺とだいが付き合ってるのを知ってた上で、ゆきむらの振る舞いにやいやい言ってたし、罪悪感があるんだろうな。
「私だけが、知らなかったんですね」
下を向いたままのゆきむらの姿が、俺の胸にも罪悪感のようなものを与えてくる。
ギルドの仲間なんだし、オフ会でも知り合ってたんだし、付き合ってすぐ、言うべきだったんじゃないか、そんな気がしてくる。
もう遅いんだけど。
「でも、分からないことはまだあります」
三度顔を上げたゆきむらの視線は、だいに向けられていた。
なんだろ?
「だいさんは、ゼロさんのことお好きだったんですか?」
「え?」
「い、いやぁ、ゆっきー?」
「むしろだいが、だと思うよ~」
「むむ?」
ゆきむらの質問に驚いた直後、だいは沈黙してしまう。
気を遣いながらという感じで、ぴょんとゆめがそれをフォロー。
今だから言えるけど、俺もだいが俺のこと好きなんて思ってなかったからな。そうであってほしいって期待はあったけど、付き合う日まで、信じられなかったし。
なんでぴょんとゆめは気づけたんだろうか……。
「じゃあ、だいさんは最初から争奪戦にエントリーしていたんですか」
淡々と続くゆきむらの質問に、だいは答えない。
答えずに、ちらっと俺を見てきたけど、ごめん、伝えたいことは分からないぞ……!
「そういうことだよね~」
だいの代わりに答えるゆめ。
「そして争奪戦は、だいさんが勝利した、と」
「そーだなー」
続けてぴょん。
「理由はなんですか?」
「えっ!?」
ずっとだいに向いていた視線が、俺に戻ってくる。
まるで幼い子どものように純粋な瞳に見つめられ、俺の心が騒ぎだす。
しかし、理由って……。ちょっと言うの恥ずかしいんだけど……。
どうやったって俺がだいを好きだって気付いた理由には、
「ゼロさんがだいさんとお付き合いを決めた理由です」
いや、それは分かってるって。
だいに視線を送ると、何も言わずに俺を見ていた。
その表情はいつものクールな表情のようで、またしても考えが読めない。
このメンバーなら言っても大丈夫だとは思うし、分かってもらえると思うけど……。いや、でも何気ない会話の中でならまだいいけど、こんなみんなの注目を集める中だと、恥ずかしい。
「よし! 倫言ってやれ!」
このタイミングでなぜかはいってくる大和。
お前は今は黙ってろ!
「顔ですか? 胸ですか?」
「おお……ゆっきーからまさかそんな言葉が……」
ゆきむらの言葉に驚くぴょん。
それだけ「だい=巨乳美人」ってインプットされてたんだろうか。
もし今、ゆきむらが俺を見てない状態だったら、俺もぴょんのように驚いてただろうな。
だが真っすぐにこちらを見つめるゆきむらの前に、俺は驚くことすら出来なかった。
変わらぬ表情で見つめてくるゆきむらを止められない。
まさに、蛇に睨まれた蛙である。
「教えてください」
「い、いや、ええと……さすがに恥ずかしいというか……」
俺はなんとかその質問をはぐらかそうとする。
もし、もしだ。
ゆきむらのこの質問が好奇心からではなく、俺への本物の好意からくるものだとしたら……。
俺の答えはゆきむらを傷つけてしまうかもしれない。
たしかにゆきむらは可愛いし、色んな意味でドキドキさせられる子だけど、俺とだい積み重ねた年月には及ばない。
俺とだいがLA内で出会った7年前、ゆきむらはLAを始めてすらいなかったんだから。
もう付き合った相手がだいで確定っていうところで、なんとかこの会話を終わらせられないものだろうか……!
「なんでですか? お付き合いする理由って、恥ずかしい理由なんですか?」
だが、淡々と尋ねてくるゆきむらの視線は、俺を逃さない。
誰一人食べ物や飲み物を口にすることすらできない気まずい雰囲気。
一体誰がこんなオフ会になるなんて予測しただろうか?
「わざわざ人に言うものでもないかなって……」
そう言って誤魔化すも、これ飲み会だとノリ悪いって言われる答えだよなーなんて、自嘲気味に思う俺。
だいに援軍を要請するつもりで顔色を伺うも、どうやら今は沈黙を選択されるようで……。
しゃーない、ぼかしながら伝えるか……。
俺がそう決意した。
その時だった。
ダンッ!!!!!
大きな音を立ててテーブルを叩く音が室内に響き渡る。幸い飲み物の入ったグラスが倒れることはなかったが、ちらほらとテーブルの上に料理がこぼれる。
だがそんなことを気にしてられず、俺を含めて、その音に驚いた全員がその音の主に視線を向ける。
だが机を叩いた人物の視線は、ゆきむらの質問をうだうだと逃げ続ける俺をロックオン。
その人物と見つめ合う形になり、俺の頬を、冷や汗が伝うのだった。
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お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
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