第128話 混ぜるな危険

「ただいま戻りました」

「遅くなってごめんね……って、えっ?」


 居酒屋に戻り、相変らず盛り上がっていたぴょんたちのいる個室の扉を開けるや否や、だいが驚いた声を出す。

 俺はだいの後ろにいたから顔はわかんなかったけど、きっとびっくりした顔をしているのだろう。

 いやー、そういや教えるの忘れてたわ。


「はっじめましてー。せんかんですっ」

「同じくだりやんのかよ」


 先に中にはいったゆきむらがゆめの隣に座ったので、大和の隣に座りたくない俺は立ち止まるだいの横を通り抜け、大和へと呆れたツッコミをいれながら、ゆきむらの隣に座る。

 さりげなく女の子ゆめとゆきむらに挟まれるのも回避成功! 狙い通り!

 これでだいが座るのは大和の隣しかないけど、俺とは正面だし、いいだろう。

 ちなみにだいはまだびっくりして立ったまんま。


「え、田村先生……? え?」

「おい、だいが困ってんぞー?」

「大丈夫だよ~。ゼロやんの起こした奇跡が一つ増えただけだから~」

「もうイエス・キリストもびっくりだなほんと」

「奇跡の人なんですね」

「適当のこと言うなお前らっ」


 相変わらずな女性陣の攻撃に俺は防戦一方。

 いかん、これじゃ前回までの二の舞だ……!


「とりあえず、大和がせんかんってことで大丈夫だから、座れよ」

「え、あ、うん……。失礼します」


 よそよそしく、そっと大和の隣に座るだい。その目は明らかに「何であなたがそっちなのよ」と訴えているが、俺はあえてそれに気づかないことにする。


「やっと揃ったね~。とりあえず先に飲み物頼んじゃおっ」

「そーだな! あたしはビール!」

「俺もビール!」


 そう提案したゆめがタブレットで自分の分の飲み物を選んでから、タブレットを前にいるぴょんに渡す。

 それを受け取ったぴょんと隣の大和がノリノリでビールをチョイス。

 まるでシンクロしたような動きなんだけど、こいつらなんか、俺がだいを迎えに行ってる間に仲良くなってないか……?


「私は、ウーロンハイ……と。はい」


 ぴょんと大和からタブレットを受け取っただいも飲み物を選んで、俺に渡す。

 

 受け取った俺が次はハイボールにしようかなとメニューを選んでいると。


「ハイボールって美味しいのですか?」


 画面をのぞき込むように、隣に座るゆきむらがぐっと近づいてきた。

 というか、肩当たってるんですけど!?


 その光景に、目の前に座るだいの視線が刺さる。その目が訴える「近くないかしら?」という圧に俺の心臓は違う意味でドキドキ。

 初めて会った時よりは、なんとなくだが表情を読めるようになってはきたが、ほんとにゆきむらの行動は予測できない。

 

 で、でもさ! ほ、ほら、これ不可抗力だし!? お前だいはお姉ちゃんなんだろ? ちょっと我慢してくれよ!?


「そ、そうだな。俺は好きかな」

「じゃあ、私も飲んでみます」


 内心の焦りを見せないように俺がそう答えると、ゆきむらも俺が選んだのと同じハイボールをタッチし、注文を送信した。


「今日のゆっきーはぐいぐいいくねー!」

「よっ、このモテ男!」

「やかましいわっ!」

「むむ……?」


 目の前からは完全酔っ払い状態でノリノリな二人からの口撃。

 その言葉の意味を理解してなさそうなゆきむら。


 あれ、もしかしてこの二人がシンクロすると、今まで以上に俺がめんどくさいことにならないかこれ!?


 その二人が隣なのが嫌なのか、密かにそっとだいが少し大和から距離を取っていた。


「いや~、ほんとぴょんが二人になったみたいなうるささだよね~」


 二人の様子に苦笑いを浮かべたゆめの声は、ちょっと疲労を感じた。

 俺とゆきむらがだいを迎えに行ってる間はゆめはぴょんと大和と3人だったわけだし、しかも試合中からずっと一緒にいたわけだよな。

 いや、俺だったらすでに疲労困憊でダウンしてる気がするぞ……。


「ゆめよくこの二人の相手できたな……」

「ほんと、もっと褒めてくれていいよ~?」

「さすがですね」

「うん、ゆっきーありがとね~」


 あ、流した。これはゆめ、なんだかんだ相当おつかれだな。

 慣れない炎天下で試合応援してくれたんだし、やむを得ん。ここは俺が引き受けるしかないか……!

 最近の俺はパラディン盾&片手剣使いも鍛えてるわけだし……!


 そんな会話をしていると届く飲み物。


「だい試合おつかれさまでした~」

「「「かんぱーいっ」」」


 俺とだいでみんなに渡し、俺にとって2度目の乾杯。

 だい以外のこいつらにとっては、4回目、なのかな?


 初ハイボールを一口飲んでから、両手でグラスをもったままこくっと俺に頷いて見せるゆきむらは、ちょっと可愛かった。


「いやぁ、ほんといい試合だったなぁ」

「そうなー。どんな子たちかも知らなかったけど、勝ってほしかったわー」


 何杯目か分からないビールを二人して一気に三分の一ほど流してこんでから、落ち着いたトーンで大和が切り出した。

 それにぴょんが続くと、個室内の空気が少し落ち着く。

 あれ、酔っぱらってたんじゃないの? と疑いたくなるような変貌である。

 ありがたんだけどね!


「そうだな。あいつらはほんと、よく頑張ってくれたよ」

「そうね……。思い出すとまだちょっと泣きそうだわ」

「少しだけミーティングの様子眺めてたけど、やっぱり泣いちゃうよね~」

「え、み、見てたのか!?」

「そりゃもう」

「しっかりと」

「円になってるところまでですけど」


 俺とだいが思い出ししんみりしたところで、いきなりなゆめのカミングアウト。それに日焼けコンビが続き、ゆきむらがいつまで見ていたかを教えてくれる。

 

 しかし、あのミーティング見られてたとは……恥ずかしい。

 だいだけじゃなく、俺もめっちゃ泣いてたし……。


「でもほんと、鈴奈はすごいんだな。試合中も、試合後も。授業してる時と違いすぎるわ」

「そうだな、俺も去年授業受け持ったけど、あいつ基本寝てるもんな」

「鈴奈って?」

「キャッチャーやってたキャプテンの子。担任ではないけど、俺の学年なんだ」

「ほー」

「あの子か~。かっこよかったね~」

「赤城さん……あ、鈴奈さんがいなかったら、あのチームは成り立たなかったわね」

「すごい子だったんですね」

「うん、ほんと頼りになるキャプテンだったよ」

「ゼロやんより頼りになりそうだったな!」

「う、うるせえ!」


 大和の感想から赤城の話になったが、ぴょんの一言で結局また俺はツッコミを入れざるを得なくなる。

 いや、でも俺より頼もしいとかは……ちょっと思ってたけど。


「でも、ホームラン打たれたあとのゼロさん、カッコよかったです」

「そうね、まさかあんなに大きな声出せるなんて知らなかったわ」

「え?」

「うんうん~。初めてゼロやん男らしいなって思ったよ~」

「そうだなー。あたしもどっちかってーと、女々しい男だと思ってたわ」

「おー、なんだよ倫、照れてんのかー?」

「お、俺の話はいいだろっ!」


 ゆきむらの言葉から、ターゲットマークが俺に出始める。

 女性陣の予想外の反応に、恥ずかしくなったってしょうがないだろ……!


「こいつけっこう熱いとこもあるんだよな!」

「そうなの~?」

「普段は優しくてお人よしな、へらへらしてる奴なんだけどさ、怒る時は怒るからさ。うちの学校2年で倫理やるから、うちの学年の奴ら去年全員倫に教わったんだけど、教科担当で一番怖いのは誰かって聞いたら、怒ったら倫が一番怖いってみんな言ってたんだぜ!」

「そうなんですか。ちょっと、意外ですね」

「普段怒らないやつを怒らせると怖いってやつかー。あたしと真逆だな!」

「でも、やっぱり仕事中もずっとへらへらしてるのね」


 くっ……! 職場の同僚がいるとこんなことも起きるのか……!

 

 大和さえいなければバレることのなかった話が公開され、もはや俺は何も言わずに沈黙する。

 でも俺だって教師なんだし、生徒がダメなことしたら、怒るし、頑張ってる奴らは励ます。当たり前じゃんかよ。


 だいの言葉はけっこうぐさっときたけど。

 そんなに俺、へらへらしてると思われてたんかい!


 ……あ、してましたね。市原の時ですよね。ごめんなさい。だいさん、そんな目で見ないでください。


 じとっとした目で俺を見ているだいの視線に気づき、恐縮する俺。


「いやでもピッチャーの子すっごい可愛かったし、あんな子いたらへらへらしちゃいそ~」


 うおおおおお!?

 え、何!? 俺の心読んだのかゆめ!?


 俺の話から一転してゆめが口にしたピッチャーの子という単語に、俺の心臓が跳ね上がる。

 こ、この話題は気を付けねば!


「それな! 何あの美少女、アイドルかよ!」

「市原かー。市原はな――」

「あああ、あいつがいなかったらあんなにいい試合できなかったからな! いいピッチャーだよな!!」


 無理です!

 前線、止められません!!


 大和の言葉と表情に何か嫌な予感がした俺は慌ててその言葉を遮る。

 睨みつける俺に対して、にやにやする大和に沸き上がる殺意。


「何を慌ててるのよ?」


 目の前で苦笑いを浮かべるだい。


 やばい! 味方がいない!!


「お、なんだー? 服務事故かー?」

「ちげえよ!?」

「たしかにすごい速いボール投げてましたよね」

「そ、そうだろ!? な! あいつすごいんだよ!」

「ゼロやんあやしすぎ~」

「そ、そんなことないぞ!?」

「あんなに悩んでたくせに」

「だいさん!?」

「市原はなー、倫のこと好きだったからなー」

「おおおおおおい!?!?!?」


 敵軍本陣突入!

 防ぎきれません!!

 壊滅します!!!!!


 この話題をなんとか凌ごうとしていた俺の脳内軍が敗走。いや、壊滅。


「おいおい、JKに好かれるとか役得ってやつかー?」

「年上がよく見えるお年頃だもんね~」

「年齢が関係あるんですか?」

「いや、ゆっきー今はそこじゃないぞっ」


 大和の一撃必殺の威力がこもったワードに、ぴょんとゆめが水を得た魚のようにアタック開始。もちろんだいの援軍は期待できないし……ゆきむらはもはや意味不明。


「倫に彼女ができたって、ものすごい凹んでたもんな!」


 あ、こいつ! 言いやがった!!

 それは俺とだいから切り出したかった話題なのに!


 タイミングを計っていた俺の計画が水泡に帰す。


 そしてその言葉は、予想以上に場を凍り付かせていた。


「……あれ?」


 その空気に何かを感じ取った大和が、楽しそうだった顔から一転、不安そうな顔になる。

 さっきまで盛り上がっていたぴょんとゆめが一気に黙り込み、気まずそうにゆっくりとゆきむらの方に目線を送る。

 だいはだいで、額に掌を当て困り顔。


「あ、これ、やらかしたわ……」


 沈黙の中、大和の声のみが室内に響く。

 相変わらずゆきむらはいつも通りの無表情。

 大和の言葉には耳も傾けていないのか、その視線が真っすぐに送られるのは、もちろん俺。


「ご、ごめん……」


 俺の脳内浮かぶのは前回までぴょんがよく口にしていた「争奪戦」という言葉。

 正直ゆきむらがどこまで本気なのか分かってなかったんだけど、今日のゆきむらを見た感じだと、けっこう本気だったのではないかと思わざるを得なかったのも事実。


 いや、俺が思っていた以上だったのかもしれない。


 誰が何を言えば、この場の空気を変えられるのだろうか。


 ひたすらにゆきむらの視線に耐えながら、俺はこの状況から繰り出す一手を模索し続けた。




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以下作者の声です。

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お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!


 改めて本編とサイド合わせた1日2話更新を目標に修行していきたいと思います。

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