第127話 日本一の天然

「だいさんの学校の子、怪我の具合は大丈夫だったんですか?」

 

 店を出てエレベーターで地上に降りながら、ゆきむらがそう尋ねてきた。

 エレベーターって密室というか、閉鎖空間だからここで二人ってちょっと恥ずかしいな。

 まぁ今は手繋いでこないからいいけど。


「あぁ。骨には異常なし。捻挫だって報告あったよ」

「そうですか。よかったです」

「ん、ありがとな」

「でも、もし私があの子の立場だとしたら、責任を感じて心が折れてしまいそうです」

「あーまぁその辺は時間が解決してくれることを願うしかないな。試合終わったあとみんなで慰めてたし、あの子のせいじゃないってみんな思ってるけど、本人の気持ちは本人のものだからなぁ。そこらへんはだいも色々フォローはしてると思うけど」


 ソフトボールや野球は、誰がエラーしたか、誰が打てなかったか、1プレー1プレーの区切りが明確な分敗戦の理由が分かりやすい。

 たしかにあそこで真田さんが怪我をしていなかったらと思わないわけではないが、それを責めてもしょうがない。

 赤城だって自分が打ってればと思ってるだろうし、市原だって自分が打たれていなければと思ってるだろう。

 各自が責任を感じるのは自由だが、責任を押し付けるのは間違ってる。俺たちが負けたのは赤城が言う通り相手が強かったからか、監督のせいで十分なのだ。

 

 そうやって、悔しさとか辛さを糧に成長していくことに部活の意味があると俺は思うね。


 エレベーターを降りて、駅へと向かい出す俺たち。

 日曜の夜とはいえ、まだ時間も遅くないので新宿は人で溢れていた。


「立ち直ってくれるといいですね」

「あれで引退だからしばらくは引きずるかもだけど、そうだなぁ。でも真田さんなら大丈夫って信じるしかないな」

「さなださん?」

「あ、怪我した子の名前だよ」

「真田さんっていうんですか」

「うん。そうだよ?」

「私が憧れる名字です」

「あー、ゆきむらだもんな」

「はい。いいなぁ」


 そう言った時のゆきむらの顔は、普段とは異なるまるで子どものようで、可愛かった。

 こんな表情もできたのかと、少しドキドキする。

 って、変な意味じゃなくな!


日本一ひのもといちつわもの、真田幸村。カッコいいですよね」

「そうだなぁ。でも、神宮寺って名字の方がカッコよくないか?」

「え、そうですか?」


 そう言って俺はゆきむらに笑いかける。

 隣をとことこついてくる感じは、妹を思い出してちょっとだけ懐かしくなった。見た目の中身も、俺の妹とは全然違うけどね。


「ゼロさんは、何でゼロって言うんですか?」

「え?」

「せんかんさんはお名前由来ですし、ゆめさんもそうですよね。ぴょんさんは小人っぽいからって言ってましたし、だいさんは好きな野菜っぽいですけど」


 そう言いつつ、人混みが増えてきたからか、何も言わずに俺の手を掴んでくるゆきむら。

 あまりの自然さに、俺も違和感なくそれを握り返してしまった。


 って、違和感は持て俺!


 意識した瞬間急に恥ずかしくなるが、俺は必死にそれが伝わらないように〈Zero〉の由来を思い出す。


「俺は自分が好きだったアニメのキャラの名前に漢字を当てて、読み方変えただけだよ」

「そうなんですか」

「うん。恥ずかしながらそれだけさ」


 まぁそのキャラ女の子だったんだけどね!

 でもキャラメイクしたのは亜衣菜だし、お互いに似せようって話だったから女キャラにすることなんかできなかった。

 いや、できてもしなかっただろうけど。


「でも、不思議ですよね」

「うん?」

「ゲームの名前で、皆さんと呼びあってるわけですし」

「あーそうだな。そう考えると、オフ会って不思議だな」


 オンラインで出会ったオフ会メンバーとは、リアルでもオンライン上の名前で呼び合っている。それが当たり前のように普通に呼んでるんだよな。自己紹介もして、本名も教え合ってるのに。


 でも最初に知った名前がリアルだったらそうはならないからまた不思議。

オフ会っていう場だからって、大和のことをいまさらせんかんって呼ぶのは違和感だし、亜衣菜のこともやはりセシルじゃなく亜衣菜って呼んじゃうからな。

 だいのことを菜月って呼ぶことはこれから増えるかもしれないけど、やっぱだいなんだよなぁ。


 知らない人から見れば、変なあだ名で呼び合ってるように見えるのだろうか。


「倫ちゃんって呼ばれるのと、どっちがいいんですか?」

「いや、それはやめてくれ……」


 その呼び方をされるとまるで職場みたいだから。JKではないけど、ゆきむらは年下だし、今年で23になるゆきむらなんて、俺が先生なった5年前はまだJKだったわけだから、余計職場が連想されてしまう。

 さすがに、プライベートの時は職場のことを考えたくはないぞ。


 そんな話をしているうちに、俺たちは新宿駅の東口に到着した。

 駅近になればなるほど、相変わらず人だらけでこれはちょっとだいを探すのは大変だな、とか思ってるとあっさり、交番のそばに立つだいを発見。

 部活中のスポーティーな恰好から一変、白のブラウスに丈の長いブルーのタイトスカート姿に変身している。今日はワンピース姿ではないみたいだけど、少しだけ背中開きのブラウス姿とか、ありがとうございますって感じだな!

 最近は会っても仕事終わりの恰好か、うちに来るだけならTシャツにデニムっていうシンプルな恰好が多かったから、そういう外行きの恰好が嬉しい。

 今度ちゃんとデートしたい、そう思わせる姿だった。


 大会もひと段落したんだし、そういうことやったってね、ばちは当たらないよね!

  

 俺がだいを発見するのとほぼ同時に、だいも俺たちに気づいたようだ。

 そして俺とゆきむらを見つけただいは、即座に怪訝そうな表情に変化する。


 しまった! 手!!


 そういえば手を繋いだままだったと焦りつつ、俺はぱっと繋いだ手を振りほどき、振りほどいた方の手でだいに手を振ってみせた。

 手を離した瞬間、ゆきむらの視線が俺の顔に向けられたが、今は気にしてる場合ではない!


 っていうかあれだな!

 今のタイミングで離すとか、かえって怪しいか!?

 いや、やましいことなんて何もないけど!


 だいにはいつもの感じで手を振りつつも、俺の内心は焦りに焦っていた。

 そんな焦りがバレないように祈っているうちに、だいも俺たちに近づいてくる。


「遅れてごめんなさいね」


 俺とゆきむらの前にやってきただいは、特に変わった様子もなくそう言ってきた。

 だいが話しかけてるのは、ゆきむらだけど。


 これあれかな……?

 怒られるとしたら、後でってパターンなのかな!


「いえいえ、お疲れ様でした。試合残念でしたね」


 俺の心配に気づくわけもなく、ゆきむらもいつもの感じでだいに言葉を返す。


「うん、でもみんなの応援のおかげであの子たちも頑張れたから。応援ありがとね」

「真田さんにも、流石真田の名を継ぎし者とお伝えください」

「……え?」

「あれ? 私、変なこと言いました?」


 そう言って小さく首を傾げるゆきむら。

 もちろんその表情はいつも通りのぽーっとした無表情。

 ほんとこいつは、天然レベルすさまじいな。

 真田幸村も及ばぬ天然だな。

 いや、まず真田幸村が天然かどうか知らないってか、天然じゃないだろうけど。


「ぷっ」


 ゆきむらの言葉を冗談だと捉えたのだろうか、だいが珍しくはっきりと笑った。

 それに対しゆきむらは、むむっ、といった感じで少しだけ不思議そうな表情に変化した、気がした。


 流石に脈絡もなくそんなこと言われても、分かってもらえないと思うぞー?


「ええ、伝えておくわ。真田幸村が褒めてたわよって」


 って通じたんかい!


「私はただのゆきむらですが……」

「なんだよただのゆきむらって?」

「むむ?」


 流石にもう抑えられず、俺も笑ってツッコミをいれる。

 とりあえず、手繋いでたことは今はうやむやにできた、ような気がした。

 たぶんだけど。


「ほら、みんな待ってるんでしょ? 行きましょ」

「お、おう」


 だいの言葉に俺たちは来た道を戻ろうとしたところで、だいがすっと右手でゆきむらの左手を取った。


 あ、もしや俺とゆきむらが手を繋いでた意味を理解してくれたのか!?

 そうだぞ! 人混みだったからだぞ!


 その手を不思議そうに眺めるゆきむら。そして自分の空いた右手を確認したあと、俺へと視線を移してくる。

 その動きにちょっと予感してたけど、空いた右手で俺の左手を掴んでくるゆきむら。

 さっきも繋いでいたんだから拒んだりはしないけど、その姿にだいは苦笑いだった。


 はい、これでゆきむらを挟んで、3人で手を繋ぐ形になりました。


 おいおい、お前何歳児だよ……。


 はたからみたら変な光景には違いない。

 俺とだいの間が小さい子どもならまだしも、身長だけならだいよりゆきむらの方が高いのだから。年齢は、どうみてもゆきむらの方が若いのは分かるけど。


「私、兄も姉もいないので、こうやって歩くのちょっと楽しいです」

「え?」

「皆さんに会えて、皆さんが優しくて、嬉しいです」


 そう言ってゆきむらが、また笑った。

 それはまだ見慣れない、あの笑顔。

 その笑顔を見ただいは、温かい表情を浮かべていた。


「あれ? 私変なこと言いました?」


 すぐさまいつもの顔に戻ったゆきむらが俺に尋ねてきたのだが。


「私は弟も妹もいないから、ゆっきーが妹でもいいわよ」

「ほんとですか? じゃあ、だいさんはお姉ちゃんですね」

「お前の方が背低いのにかー?」

「う、うるさいわね!」


 そう言って俺も笑い、少し遅れてだいも笑う。

 ゆきむらは一人、よくわからないみたいな顔してるけど。

 

 日曜夜の新宿は人が多いから、こうして手を繋いで歩くのも悪くないかもな。


「私がお姉ちゃんなら、ゼロやんがお兄ちゃん?」

「あ、そ、そうですね……うーん……それはちょっと、困るというか……」

「ん?」


 だいの何気ない問いかけに、珍しくゆきむらの語尾が濁る。

 新宿の雑踏の中じゃ、声が小さすぎて何言ってるか聞き取れなかったんだけど。


「だいがお姉ちゃんなら俺がお兄ちゃんじゃないのかよ?」

「うーん、保留です」

「ゼロやんは本物の妹さんいるでしょ」

「いや、それ今関係あるか……?」

「じゃあ頼りないからね」

「え、ひどくない!?」


 ゆきむらからお兄ちゃん宣言をもらえなかった俺を冷やかしてくるだいは、笑っていた。数時間前まではあれほど泣いていたのに、やっぱりこいつが笑うと、安心する。

 俺もそれに合わせて笑ったりツッコんだりするこの感じ、悪くないよな。


 でも……気になることは一つある。

 

 だいが来る前にちらっとゆきむらが口にした言葉、「争奪戦」という言葉をどの程度本気で使っていたのか。

 ゆきむらの考えが分からないから、そこは不安ではある。


 ゆきむらが慕ってくれてるのは分かるんだけど……。

 でも、俺とだいのことはちゃんと言わないといけない。


 先日の市原との色々を思い出し、3人で手を繋いで歩きながらも、俺はちょっとだけ、不安を覚えるのだった。




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以下作者の声です。

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お知らせ

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』の新作〈Shizuru〉が本日(2020/7/5)より始まりました。

 本編とSideによる一日二話更新、改めて頑張ってまいります!

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