第113話 戦場の後で2

「……ずるいよ」


 そう言いながらも、もぞもぞ姿勢を変えただいも俺を抱きしめようとしてくる。

 それを、甘んじて受ける。


「普段鈍感のくせに……」


 俺に腕を回しただいの声は、もうよそ様に聞かせられるものではなかった。


「ずるいと、嫌いか?」

「ああもう、そんなわけないじゃない……」

「じゃあ何?」

「……私もが好き」


 俺もちょっとその気スイッチ入ってたけど、2度目となっただいの名前呼びに、もちろん大ダメージです。

 ほんと、抱きしめてて顔見えなくてよかった。


 今の顔は、見せらんない。

 恥ずかしすぎる。

 幸せ死するわこれ。


 しばしの間、抱き合ったまま時間が流れた。


「……若い子にデレデレしないでよねっ」


 そしてすっと俺から離れただいは、頬を膨らませてそんなこと言ってきた。

 

 はぁ、と俺は一度ため息をつく。

 彼女がこんなに可愛いのに、そんなことするわけあるかよ。


「しねーって」


 超至近距離で見つめ合いながら、俺はだいにそう返す。


「ほんとのほんとのほんと?」

「ほんとだって」

「ふーん……っ!」


 あまりの信用のなさに、俺は不意打ちを食らわせた。

 

 再び抱きしめながら、だいにキスをして、そのまま床に押し倒そうとする。


 俺が悪いんじゃない。

 可愛すぎるこいつが悪いのだ。


 だが。


 ゴツンッ、という鈍い音が、室内に響く。


「……だ、大丈夫か?」

「……今のはけっこう痛かったわ……」


 だいのことを起き上がらせながら、慌てて俺は後頭部を撫でてやる。

 コブとかなるほどじゃないけど、だいの声的に甘々モードが強制終了されるくらいには痛かったらしい。

 

 いやぁ、片腕は頭の方に動かさないとダメだったね。

 うん、ごめんなさい。


「ねぇゼロやん?」

「ん?」


 あれ、呼び?


「名前呼びは、その……二人きりの、そういう時だけにしましょ?」

「え?」

「……嬉しくて恥ずかしくて、街中でって考えたら、ちょっと怖い」

「お、おおう」


 顔を赤くしたまま、上目遣いにそう言ってくるこいつは可愛くて仕方ない。

 でも、言わんとすることはわかった。


 名前呼びできないのはちょっと寂しいような、そんな気もしなくはないけど、やっぱり俺らにとって慣れ親しんだ「ゼロやん」と「だい」も、特別な呼び方だ。

 その気持ちはだいも同じなのだろう。

 うん、特別な時だけで、俺もいい気がする。

 流されやすいなー、俺。


 ん? そういう時ってどういう時かって?

 それを聞くのは野暮ってもんだろ。

 みんなの想像にお任せします。


「あ、今何時?」

「んっと、20時10分」

「じゃあ、21時までに私もう1回シャワー浴びてくるね」

「ん、わかった」

「PINコードはうちの玄関と同じだから、PC起動だけしといてくれると嬉しいな」

「りょーかい」

「ん、じゃあいってくるね」


 そう言ってだいが俺の腕の中からいなくなる。

 どんなに甘々な空気でも、くっついていたくても、土曜の21時は忘れない。

 俺とだいにとってそこLAは特別な場所であり、活動日は大事な日なのだ。

 うん、この感覚が同じなのはありがたい。


 とりあえず、言われた通りにやりますか。


 だいのリュックからパソコンを取り出した俺は電源コードをコンセントに接続させ、PCを立ち上げる。

 しかしここも0103、か。

 ほんと、俺のこと好きだなー、あいつ。

 デスクトップは、愛猫よもぎの写真だったけど。


 ちょっとだけそんなことを思いつつ、俺も自分のPCの方へ移動し一足先にLAへログイン。


〈Zero〉『よーっす』

〈Jack〉『やほーーーーw』

〈Yukimura〉『こんばんは』

〈Pyonkichi〉『おーう』

〈Gen〉『よ!』

〈Soulking〉『やっほー』


 俺がログインすると、ギルドにいたのは5人。ゆきむら以外は特に何もやってなさそうだけど、ゆきむらはソロで何かやってるな。さすがだ。


〈Gen〉『あとはだいとゆめとあーすか』

〈Pyonkichi〉『ゆめとだいは来るって連絡きてるぞー』

〈Gen〉『お、じゃあ今日はなんかできそうか』

〈Jack〉『さっさと装備取り終えたいねーーーー』

〈Gen〉『そうだなぁ』

〈Soulking〉『次の拡張、10月だっけ?』

〈Jack〉『そういう話だよねーーーー』

〈Pyonkichi〉『10月の情報って何かあるの?』

〈Jack〉『噂レベルだけどちょっと聞いたよーーーーw』


 む。そういえば亜衣菜がなんか情報掴んだとかこの前言ってたけど、ジャックってことは、同じレベルの可能性あるな。

 何だろ。気になる……。


〈Zero〉『マジ?』

〈Gen〉『出どころは?』

〈Jack〉『又聞きの又聞きって感じだけどーーーーw』

〈Zero〉『くもんから?』

〈Jack〉『そそーーーー』

〈Pyonkichi〉『【Vinchitore】経由ならガチっぽいじゃーん』

〈Zero〉『それで?どんな話?』

〈Jack〉『なんとびっくりーーーー』

〈Jack〉『PvPだってーーーー』

〈Gen〉『なんだと?』

〈Soulking〉『うえーーーー』

〈Zero〉『マジかよ』

〈Pyonkichi〉『え、待ってw説明してw』

〈Jack〉『PvPは、Player vs Playerのことだよーーーーw』

〈Pyonkichi〉『え、マジ?』

〈Jack〉『詳細はわかんないけどねーーーーw』


 ジャックの言葉を聞いた俺たちは黙り込む。

 PvPの実装されたMMOはやったことないが、正直どうなんだろう? って気がしなくもない。

 これまでプレイヤー同士は協力する存在だったのが、これで一気に情勢が変わる可能性がでてくるし、下手したら今までの友情とかそういう仲が壊れるんじゃないかという気すらしてくる。


〈Pyonkichi〉『面白そうじゃん!』

〈Jack〉『さっすがぴょんだねーーーーw』

〈Pyonkichi〉『コツコツ装備取るだけじゃ飽きちゃうしw』

〈Soulking〉『ぴょんは前向きだなーw』

〈Gen〉『らしいっちゃらしいかw』

〈Zero〉『たしかに、なるようにしかならないかw』


「変な顔してどうしたの?」

「あ、早いな」

「ドライヤーはまだだし」

「あ、そっか」


 ぴょんの言葉を受けて、俺はモニター前で笑ってたのかもしれない。

 シャワーを終えて戻ってきただいは、キッチン側へと向かうドアからひょこっと顔を出していた。半袖シャツの可愛らしいパジャマ姿で、すっぴんに濡れた髪というのがいつもより幼く見えて可愛い。


「……乾かしてくれてもいいのよ?」


 あ、甘えてきた。


「仰せのままに」


 みんなに一言『離席する』と告げて、俺はだいの方へ向かうのだった。


 


「秋の拡張、PvP実装かもだって」

「え、そうなの?」


 洗面台の前に折り畳み式の椅子を置いてだいを座らせ、ごーっという音を立てながら俺はだいの髪を乾かしていた。

 乾かしながら、さっきジャックから聞いた話を伝えると、だいはそこまで驚いた様子を見せなかった。


「色んなバランス一気に崩れるかもなー」

「そうね。でも」

「ん?」

「一緒に戦おうね」

「お、おう」

 

 淡々と言ってきた言葉は、色っぽいものでもなんでもなかったのだけれど、逆にその当たり前に言ってきた感じに思わず照れてしまう。

 そりゃ、これまでも一緒だったんだから、何がきたってこいつは一緒にいるつもりだよな。


「それまでに、色々できるようにしとかないとね」

「そうなー」

「あ、そろそろ大丈夫」

「おう」

「ありがとね」


 笑顔でお礼を言ってきただいの頭を撫でて、満足そうなだいの顔を見てから俺はPC前の席に戻り、だいもLAへログインを開始する。


〈Zero〉『もどりー』

〈Jack〉『おかえりーーーーw』

〈Yume〉『やっほー』

Senkanせんかん〉『よっす!!』

〈Zero〉『え?』

〈Gen〉『俺らもびびった!』

〈Jack〉『復帰するんだってーーーーw』

〈Soulking〉『懐かしいねぇ』


 見慣れぬ名前に俺は思わず椅子を反転させ、だいの方へ振り返った。

 それは見慣れぬ名前だが、見知らぬ名前ではない、懐かしい名前。


「ちょ、だい! せんかんがいる!」

「え?」


〈Daikon〉『こんばんは』

〈Senkan〉『おひさ!!』


「ほんとだ……」


〈Daikon〉『久しぶり』

〈Senkan〉『いやー、相変らずお前らいて安心したわw』

〈Senkan〉『知らない名前も多いけど、かもめとちょんはやめちゃったの?』

〈Gen〉『ちょんはせんかんの半年後くらいに、かもめは一昨年の年末に引退したぞー』

〈Senkan〉『あ、そうなんだ』

〈Zero〉『キャラは消してなかったのかw』

〈Senkan〉『まぁなwやっぱほら、4年くらい育てたキャラだったからなー、課金停止だけにしといたんだw』

〈Gen〉『正解だなw』


 離席していた間の過去ログを辿ると、せんかんの復帰挨拶と、みんなへの自己紹介が書かれていた。

 いつぞやのオフ会でも話に出たが、〈Senkan〉は【Teachers】の旗揚げメンバーで、俺のフレンドでもある。部活が忙しくなるからって、引退したのはたしか3年前だったかな。

 イケメンダークエルフキャラのメイングラップラー格闘使いで、貴重な俺の男仲間だ。

 うん、ほんと今になって、男仲間の大事さを痛感するね!


 既にぴょんとかゆめからの質問攻めは終わったみたいだから、みんなけっこう静かなんだろう。


〈Senkan〉『さすがにいきなりみんなとは冒険できないから、しばらくリハビリするわー』

〈Senkan〉『とりあえず、知った顔に会えてよかったw』

〈Zero〉『そっかーwまた来いよ!』

〈Senkan〉『おうwとりあえずリダから聞いた動画見てみるわw』

〈Gen〉『もうすぐ夏休みだろうし、そうなったら色々遊ぼうぜw』

〈Senkan〉『おう!』

〈Senkan〉『じゃあまたな!w』

〈Jack〉『じゃあねーーーーw』

〈Soulking〉『ばいばーいw』


 久々の再会だったが、あっという間にせんかんはいなくなってしまった。

 もうちょっと話したかったけど……。


 でも、ギルドに男仲間が増えたのが、一番嬉しい。


〈Pyonkichi〉『さすがにあれはリアル男だな!』

〈Yume〉『そだね~w』

〈Yukimura〉『だいさんも、お知り合いなんですよね?』

〈Daikon〉『え、あ、うん。そうよ?』

〈Pyonkichi〉『知り合いだったらもうちょっと喋ってやれよw』

〈Yume〉『久しぶり、だけだったね~w』

〈Jack〉『だいは昔からあんな感じだったよねーーーーw』


 みんなのだいへの反応に、俺は思わずモニター前で笑ってしまった。

 間髪いれず「ちょっと」と声が届き、俺は姿勢を正すことになったには言うまでもない。


 しかし、ほんとこういう節目の日は絶対あーすいねぇんだよなー。


〈Gen〉『じゃ、今日も今日とて行きますかー』

〈Jack〉『おーーーーw』



 そして10月に実装されるかもしれないPvPの話とか、せんかんについての話をしながら、その日も俺たちはいつものボス討伐を無事に果たし、安定の武器ノードロップに少しがっかりしながらも、その日の活動を終えたのである。





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以下作者の声です。

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お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

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