第112話 戦場の後で

「なつ――」


ガラッ


「あっれー、菜月先生じゃん! 部活? おつかれさまーっ」


 うええええええええええええええええい!!!

 だ、誰だ!?!?!?


 俺とだいは揃ったように入り口の方へ視線を向ける。


「あ、り、理世りせ先生、お疲れさまです……!」

「あれ、そちらの先生って……?」

「あ、星見台の北条です。月見ヶ丘さんとは合同チームを組ませてもらっているので、お邪魔してます」

「あーあー、噂の!」

「り、理世先生ちょっと!?」


 噂の!? 噂のって何!?


 現れた女性の先生は、愛嬌のある恰幅のいい先生だった。

 左手の薬指にはシルバーリングがついているから、きっといつだかだいが言ってた既婚者の同世代の先生なんだろう。

 たぶん、俺と同じくらいの年な気はするけど。


 しかし、完全に名前を呼ぶタイミングを逸してしまった。

 せっかく覚悟決めたのに……!

 菜月って、俺じゃなくこの先生に呼ばれちゃったし……。


「あ、もしかしていいところ邪魔しちゃった? ごめんごめん、どっか行くよー」

「そ、そんなことないですよ!? わ、私たちもう帰るとこなので、お構いなく!」

「あら、そう?」


 終始焦っただいが、せかせかと俺からカップを奪って行って、流しで洗い出す。


 いや、俺ほとんど飲んでないんだけど……。

 しかしこんな焦るだいの姿、珍しいなー。


「北条先生」

「はい?」

「菜月先生のこと、よろしくね?」

「え、あっ……はい」


 だいがカップを洗っている間に、理世先生と呼ばれた女性が俺にそう言ってきた。


 この笑顔は……知ってる顔か。

 そっか、だいのやつ、話してるんだ。


 俺も、せめて大和にはちゃんと言うかなー。




 15時前、校門にて。


「じゃあ、向かう時連絡するわね」

「おう、何か買っとくものあるか?」

「うーん、一緒に買いに行きたいかも」

「ん、わかった」

「じゃあ、ゼロやんまたね」

「おう、きをつけてな」


 自転車にまたがっただいを見送り、俺は帰路に着くためにバス停へ向かう。


 しかし、ゼロやんに戻ってしまったか……。

 いや、さっきすぐ呼べなかった俺が悪いんだよなー。

 だいがきたら、呼んであげよう、うん。


 色々迷惑かけちまったから、今日はたくさん、甘やかしてあげようと思う。



 

 15時58分。我が家。

 俺が帰ろうとバス停についたら、運悪く丁度バスが行ってしまい、乗りたかったバスの1本後に乗った俺が帰宅したのはもう16時前だった。

 しかし炎天下の中で10分以上待つのはしんどかった……。


「エアコーンっ!!」


 とりあえず帰宅して即エアコンを起動。

 夏の夕方の暑さとか、ほんとやばいな。

 人が死ぬレベルだぞ。


「あー……あちい……」


 今シャワー浴びても、部屋が涼しくなる前ではまた汗をかくので、俺はエアコンの風を直に浴びながらしばしスマホをいじっていた。


 ん? そういやTalkに通知きてんな。

 誰だ?


神宮寺優姫>Teachers『試験終わりました。手応えは去年と同じですので、大丈夫かと思います』

山村愛理>Teachers『おめー!』

平沢夢華>Teachers『おめでと〜って、あれ?ぴょんにつられた!おつかれさま!笑』

平沢夢華>Teachers『ゆっきーなら受かってるよ!』


 あ、そっか。ゆきむらの試験だったんだ。

 でも手ごたえありか。さすがだなぁ。


北条倫>Teachers『おつかれさん!』


 みんなのメッセージを確認した後、俺も返信をする。

 だいはまだ返事してないみたいだけど、さすがにもう家には着いてる、よな?

 ま、帰宅して色々準備してるってとこなのかな?


神宮寺優姫>Teachers『ありがとうございます。今日はみなさんログインされますか?』


 俺が返信するや否や、間髪入れずゆきむらから返信が返ってきた。

 

 さすが、試験終わったばっかですぐゲームかぁ。

 ほんとゆきむらはLA大好きだなぁ……。


 ゆきむらとLAが脳内でタグ付けされた結果、この前の七夕の日を思い出し、ちょっとだけ恥ずかしくなったのは秘密な。


 っと、とりあえず俺は○だぞ、っと。


北条倫>Teachers『ログイン予定』


 でも、まだみんなは返信なしか。

 ま、そのうちくるだろ。


 室温がいい感じに下がったところで、俺は風呂場に行ってささっとシャワーを浴び、その後パンイチ姿で洗濯機を回し始める。

 回し始めちゃえばあとはやることないから、ベッドの上に転がって洗濯が終わるのを待つのみ。


 しかし今日はほんと色々疲れたな……。

 市原なんとかなってよかったけど……いや、マジで疲れた……。


 横になってしまった身体へ、一気に襲い掛かる疲労感。

 

 あ、寝落ちしそう……なんとか、タイマーだけでも……!


 ベッドに転がったまま、俺はテーブルの上に置いていたスマホに手を伸ばし、30分のタイマーをかける。


 だいから連絡来るかもしれないし、起きたらぱぱっと洗濯物干して、部屋の掃除……しな……。


 俺の記憶があるのはここまで。

 タイマーをかけ終えた直後に疲労感との戦いに敗れ、俺は意識を失った。






ピンポーン


 はっ!?

 チャイム!?

 あれ、外が……暗い?

 あれ!?


ピンポーン


 続けざまになるチャイム。

 連続で押すとか誰だ……?

 

 どうやらタイマーなんか聞き取れないレベルで眠ってしまったようで……とりあえずやたらとインターホンを鳴らしてくる相手を確認するため、俺は寝ぼけた頭のまま、床に転がしていた服を着つつ玄関へと向かう。


「はーい? うおっ!?」

「……寝てたでしょ」


 玄関を開けたところに立っていたのは、もちろんだい。

 その顔は、全力でご機嫌ななめ。

 恨めしそうに俺を睨みつつ、手にはスーパーの袋を持っていることから、彼女が買い物帰りであることは明白だった。


「え……?」

「何回電話したと思ってるの?」

「あ、ご、ごめん……」

「Tシャツ後ろ前だし……」

「し、しまった!」

「……連絡ないと、心配するじゃない……」


 慌てて服の向きを直しつつ、そう言って頬を膨らせただいの顔を見た俺の眠気は、一瞬で吹っ飛んでいった。

 ……可愛い。


 でもやっちまったなー。


「買い物、一緒に行けなくてごめんな」

「ほんとよ」

「明日、埋め合わせするからさ?」

「約束よ?」


 完全に覚醒した頭でだいの手から食材の入った袋を預かり、俺はだいを家の中へと招く。

 だいは今日も背中にリュックを背負っていた。

 中身がPCなんて、知らない人が見たら思わねぇよなあ。


「うわ、もう19時なの!?」

「そうよ」

「しかも電話5回も……すみません」

「はいはい」


 スマホの通知件数に自分の失態を改めて自覚し、へこへこする俺を適当にあしらいつつ、だいはリュックからエプロンを取り出して、ヘアゴムで髪をまとめだした。

 あ、今日もとても可愛いです。


「とりあえず、ご飯作っちゃうね」

「うん、ありがとう」

「ご飯炊いといてって伝えたかったけど、ゼロやんが起きなかったせいだからね。夕飯はうどんです」

「おお」


 そう言ってだいが手際よく料理をし出す。

 洗濯機の中で放置してしまった洗濯物を再び洗い直しながら、ちらちらとだいの後ろ姿を眺めていた。

 ああ、これもう奥さんって感じだよなぁ……。


 後ろから抱きしめたい欲求に駆られるが、キッチンは戦場だと言っていただいの言葉が脳裏をよぎる。


 なので、ここはひとまず我慢。

 俺は部屋へと退避し、今日はゆめもぴょんもログインするって連絡を確認したりしながら、だいの料理が終わるのを待つのであった。




「今日もうまかった! ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」


 だいお手製のサラダうどんと豚の生姜焼きを食べ終え、俺は今日も至福の気分。


「相変わらず料理うまいなぁ」

「褒めても何もでないわよ?」

「いやぁ、マジでもう胃袋は掴まれてるよ」

「あっ、ちょっ! ……恥ずかしいからやめて……」


 思い出される市原との修羅場。

 胃袋掴むって言ってたのはだいだったけど、どうやらその言葉を掘り返されて恥ずかしくなっているようだ。

 いやぁ、俺はけっこう嬉しかったんだけど……。


「……今思い返すと、あんなことよく言えたもんだなって思うわ」


 俺が食器を片付けている最中、何故か体育座りに態勢を変えただいからそんな言葉が放たれた。


「え?」

「大した恋愛経験もないくせに、すごく偉そうに話しちゃったし……」

「いや、でもいいこと言ってたよ」

「元はと言えばねぇ……!」

「はい、すみませんでした」

「……でもね」


 食器を洗ってしまおうかとも思ったが、さっきからだいの声がいつもより少し高くなっているのに気づいている俺は、水につけるだけに留め、だいの隣へと戻った。


「わ……私にとっては、ゼロやんが一番カッコいいからね……っ」

「え」


 そういってだいは膝の間に顔をうずめてしまう。

 顔は見えなくなったが、耳まで真っ赤なのはよくわかる。


 あーもう、こいつは……!


 愛おしさに悶えそうになる俺の中に、ある言葉が舞い降りる。

 すとんと降りてきたその言葉は、なぜか今はしっくりきた。


 今なら、言える。


「好きだよ、

「え?」


 そう言って俺は横から彼女を抱きしめる。

 だい、いや、菜月は、驚いたように、埋めていた顔を上げていた。




―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 MMOで出会った人たちとは今でもLINEグループで繋がってますが、ゲーム内の呼び方をします。

 その方がしっくりきます。

 でもオフで知り合いだった人は、オンだとゲームでも、オフだと本名ですよね。

 こういう文化、個人的に面白いと思います。

 独り言ですけどね!


お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る