第109話 笑った顔=可愛いは世界共通
だいのぶっこみに、数秒間市原はフリーズしていた。
文字通り、フリーズ。
LAでいうとこの硬直状態。
もちろん俺も硬直している。
市原がどう反応するのか、嫌な緊張感が俺の中を奔走する。
ああ、冷や汗が止まらない。
だが、硬直に解除される時がくるように、この恐怖の時にも終わりが告げられた。
市原の顔が、下を向いたのだ。
落ち込んでる……の、かな……いや!?
俯いてるから表情は分からないけど、ゴゴゴゴゴとなんか怒りのオーラが見えるような……。
暑いはずなのに、俺は寒気が止まらない。
しかし、だいよ。
さっきからのそのやり切った感の笑顔はやめろ!!
火に油! 煽ってるようにしか見えないから!!
「里見先生が……倫ちゃんの、彼女……?」
地獄の底から響くような、こんな市原の声は初めてです。
「そうよ」
ひいいいいい!!
だから!!
それ!!!
煽りにしかなってないから!!!
「……んで……な……で……」
戦慄すら覚える市原のオーラに、俺は完全に引いていた。
い、命だけはお助けください……!
そして顔を上げた市原は、涙を浮かべた顔でキッとだいを睨みつけた後。
ぐるっと方向転換!
なんだと!?
「なんで!?」
その目に浮かんだ涙は消え去り、その表情には憤怒の色。
まるで阿修羅。
背後に真っ赤な怒りのオーラが!?
え、てか、標的俺!?
「え、えっと――」
「どうして!?」
「そ、その――」
「いつから!?」
「い、いや――」
「どっちから!?」
「私から」
「「え」」
瀕死状態の市原が繰り出す怒涛の猛攻を止めたのは、またしてもだい。
そしてまたしても俺と市原の声がかぶった。
さすがにもう笑顔から普段の真顔に戻ってて、わずかに安堵。
「告白したのは、私から」
「なんで……なんでですか……!」
「私も彼のことが、好きだから」
その言葉を聞いた市原は、だいのことを睨むような、そんな表情を見せる。
しかしそれ、生徒の前で言われると、恥ずかしいです……。
「里見先生相手じゃ……勝てないじゃん……!」
その言葉とともに、再び市原の目に涙が浮かぶ。
そんな市原の視線を受け止めるだいの表情はブレない。
勝てる勝てないとか、そういう話じゃないんだけどなー、とか言えるわけはない。
いや、でも市原ももう少し大人になれば、相当な美人になると思うけど……。もう少し大人になればな!
「里見先生……そんなに美人だったら、もっとカッコいい人と付き合えるじゃん……!」
ぐさっ!
いや、俺だってそれ思う時あるけどさ!?
まがりなりにも好きな人に対して、それ言う!?
だいさん、彼女としてこいつに一言いってやってくれ!!
「見た目なんて飾りよ」
そうそう! って……な、なんだと……!?
フォローなし!?
だがその声音は、明らかに本音だった。……しゅん。
「え?」
「私は優しさが1番だと思うわ」
だがその言葉が響いたのか、淡々と語るだいに市原が怪訝な表情を見せる。
涙は止まっているようだった。
「見た目は、飾りだと……」
「そうよ」
「里見先生は、倫ちゃんの優しさを知ってると……」
「ええ」
だいの言葉をなぞった市原はしばし何かを考えるような仕草を見せる。
なんだ? どうしたんだ?
「里見先生……倫ちゃんの優しさを、いつ知ったんですか?」
「え?」
「会ってまだ数回なのに、そこまで分かるものですか……?」
そして崩れる、だいの真顔。
あーあ。墓穴掘ったな。
目、泳いでんぞー?
「そもそも里見先生と倫ちゃん、いつの間に会ってたんですか!?」
「あ、ええと」
「倫ちゃんって仕事とゲームだけの人間だし!?」
え、俺のイメージそれ!?
「そ、そうだけど」
「初めて会った日とか、あんなに怒ってたのに!!」
「そ、そんなこともあったわね……」
「里見先生はいつ倫ちゃんを好きになったんですか!?」
「あ、うん、その」
「私は1年の頃からずっと好きですよ!」
「そ、そうなのね」
形勢逆転。
市原の猛攻がだいにも襲い掛かる。
ぼかして伝えるとかそんなことは、だいには出来ない気がする。
でもこいつは自分がゲーマーだって生徒には言ってないから、それは守りたいんだろう。
でも、助け船は出せない。
俺空気だし。
さっきからもう、市原の視界にも入っておりませんよ。
遠くで見守る生徒たちも、市原の変化に首を傾げているように見えた。
「はぁ……」
これはもう、逃げられねーよな。
言わないと、市原は納得しないだろう。
俺が話してもいいけど、たぶんだいの言葉じゃないと、市原は納得しない気がする。
一度俺の顔を見てきたから、俺は小さく頷いて見せた。そして大きくため息をつくだい。
少しだけ間を置いてから、観念しただいはゆっくりと口を開き、俺との出会いから付き合うまでの経緯を、丁寧に説明し始めるのだった。
「7年前って……私まだ小学生です」
だいの話を、市原は驚きを混じえながら聞いていた。
MMOとかさっぱりだろう市原からすれば、正直信じられない話だろう。
でも年齢の話はやめてほしいね!
差が広すぎるって!
「でも、会ったこともなかったのに……そんな長い片想い……」
やはり飲み込めないのか、複雑な顔を浮かべる市原。
吐き出す言葉は、だいの話を受け入れるためのものか。
だが――
「ちょっと引きました。先生たち、私たちに知らない人について行っちゃいけないとかって言うのに」
「う……」
だいが恥ずかしそうな顔を浮かべるも、そう言った市原は、笑ってた。
「でもやっぱり、昔から倫ちゃんは素敵な人だったんですね。でも、会えるかどうかも分かんないのに、顔も知らないのに、そんな長い片想い。私にできる自信あったかなって、考えさせられます」
普段通りのこいつの笑顔はなんだか久々な気がして、ドキッとするくらい可愛かった。
今週1度も見れなかった、市原のいい笑顔。
今朝の笑顔より自然な、いい笑顔。
その顔を見て、だいも少しほっとした顔をしていた。
いや、でもそんな長く片想いする自信持たれても困るからな!?
「あー、負けちゃったなー……。完敗だー……」
すっと俺とだいの方から視線を外し、俺らに横顔を見せる形で天を仰ぐ市原。
その視線が見上げる空は、雲一つない清々しさ。
市原の横顔は、ただただ綺麗だった。
「でも、こういうことですよね」
「うん?」
「今の私じゃ里見先生には勝てないけど……とりあえず二十歳になるまで、この想いを熟成させろってことですよね!」
「……は?」
どういうことだよ!?
いくらおバカさんとはいえ、どういう思考回路してんの!?
市原のとんでも理論に俺は呆れ顔、だいは苦笑い。
「その時もし二人が別れてて、私の気持ちもちゃんと熟成されてたら、その時は私がもらいます!」
「その時は北条先生もう30歳よ?」
「倫ちゃん見た目若いから、きっと大丈夫です! それに、好きの想いがありますから!!」
「そう。ふふ……いい顔になったわね」
俺の気持ちは……? と口を挟む空気ではないが、俺の内心はこの思いばかりだからな!
しかしほんと、俺に対する話のはずなのに、二人は俺を空気扱い。
市原の宣戦布告(?)を受けただいは、笑ってた。
それは今まで見たことのないような、慈愛に満ちた笑み。
市原も、最初の怯えた様子や阿修羅のような怒りは消え去り、今まで見たことがないようないい顔をしている。
一体全体、何がどうしてこうなったのやら。
女の感覚って、わかんねーな!
「ありがとうございました! 里見先生から直接聞けてスッキリというか……進む道が見えました」
「ん、よかったわ」
「倫ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
「もちろん」
「でも油断してたら、その時は私がいただきますよ?」
「私が油断するとでも?」
「私の方が若いですし」
「大丈夫。私は胃袋を掴むから」
笑顔を浮かべたまま、二人が見つめあう。
聞こえないけど、マジでバチバチって音がしてそう。
しかしだいさん、胃袋掴むって……いやもう掴まれてる気しかしないけど、それって……いや、恥ずかしいからこれ以上考えるのはやめとこう!
でもなんか、最初とは違う、いい雰囲気というか……ひと段落したような気配にも思える。
少なくとも市原に、話す前までのどんよりした感じはない。
そろそろ脱空気のタイミングか……!?
「まぁ、俺が言うのもなんだけど、お前は笑ってる顔が似合うよ」
そう言って俺は市原の頭にぽんと手を置く。
相変わらず、小さい頭だなぁ。
「あっ! えへへー……って、ダメ! そういうのダメ! 今はまだダメ!」
「へ?」
「……無自覚なの?」
「え?」
バチバチしていた笑顔から一転、頬を赤く染めつつ膨らませた市原と、心から呆れたような顔でじとーっと俺に視線を送るだい。
え、俺? 俺がダメ? え?
「ですよね! こういうの、ひどいですよね!?」
「ええ、ダメ男ね」
「里見先生、ビシビシ鍛えてやってください!」
「ん、わかったわ」
そして二人が何故か和解したように頷き合う。
ええええええええええ!?
わからん! 全然わからんぞ!?
でも、焦る俺を
何なんだこの状況は……。
「大会、頑張りましょうね」
「はい! 任せてください!」
だが、明らかに市原の様子は変わった。
俺一人じゃ何もできなかっただろうが、だいがいてくれたから、こうなったんだと思う。
色々ハラハラさせられるというか、心臓がキュッとなる話だったけど。
後で感謝しないとな。
笑い合いながら、みんなの方へ並んで移動する二人から、一歩下がったところを歩きつつ、俺はそんなことを思うのだった。
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以下
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市原の乱はこれにてひと段落。
数話挟んだら、一気に夏の大会まで進める予定、です。
お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!
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