第108話 立場と関係

 不安な顔をした市原が、俺のそばにやってくる。

 「いいわ、私が話す」とだいは言った。

 どんな風に声をかけたのか分からないが、市原は完全に顔がびびってるね!


 他の部員たちも気になるのかみんなしてこちらを見ているので、俺とだいはもう少し離れたところまで市原とともに移動した。


 確実に他の生徒たちに話を聞かれない距離まで移動したところで、だいが話を切り出す。


「今日はどうしたの?」

「え?」

「市原さん、調子悪かったみたいだけど」


 この二人が1対1で話すのは、初めてだろう。

 緊張した面持ちでだいの顔を伺う市原は、時折だいの横に立つ俺に助けを求めてくる。

 だが俺はあえて何も言わない。

 というか、言えない。


「そ、そんなことないですよ! 私が投げた試合は勝ちましたし?」

「4点も取られて?」

「う……」

「あの調子じゃ決勝トーナメントにいけてもすぐ負けるわよ」

「……ですよね」

「今日のピッチングじゃダメだって、市原さんが一番分かってるんじゃない?」

「……はい」


 み、認めた……!

 すごいなだい……。俺にその言い方はできないぞ……!

 結果としては勝ったんだし、調子悪いながらもなんとか試合をまとめたって言う風にも言える。俺なら、そう言ってた気がする。


 でも、やっぱり厳しくするのも、大事なんだろうな……。


 二人の会話を前に、俺の胸中に不甲斐なさが募る。


「何か悩みがあるなら、言って」

「え……」


 だいの言葉に、市原が俺を見る。

 たぶん離れて欲しいんだろうな。


 それを察した俺は少し下がろうとしたのだが。


「北条先生はあなたの顧問だから、あなたの悩みと向き合う必要があるわよ」

「え……うぅ……」


 だが、だいの言葉は市原を逃さない。

 真っすぐに市原の目をみて、彼女の心に語り掛けるようだった。

 市原はだいの視線を受けて、俯いちゃったけど。


 遠くからこちらを見つめる部員たちも、どこか心配そうな顔を浮かべている。


「逃げないで」

「え?」

「向き合いなさい」


 その言葉に市原は俯いていた顔を上げ、驚いた顔でだいの顔を見ていた。

 その市原に、だいがふっと優しく微笑む。


 それはまるで「私は知っているから大丈夫」と、そんなことを伝えるような笑みだった、ような気がする。


「……はい」


 そして一度俺の方を向いた市原が、再び俯きながらも話し出す。

 こうやって素直なとこは、こいつのいいとこだよな……。


「その……倫ちゃ……北条先生に、彼女が出来たって聞いてしまって……」


 始まる市原の悩みの告白。

 俺は平静を装って黙って聞いてるけど、正直気が気じゃない。

 というか、逃げたい。


 これ、拷問だよね?

 俺だけじゃなく、市原にとっても拷問だよね!?

 

「うん。それで?」


 だがだいは市原を甘やかさない。

 俺にはどうにもできなかった問題と、真っすぐに向き合う。

 

 これがだいの仕事モードなんだろうな。


「それがショックで……。でもなんとか今週の間に受け入れたはずだったんですけど……」

「けど?」

「さ、里見先生と仲良さそうなの見たら、また思い出しちゃって……」

「え?」


 その言葉に一瞬だいが怯んだ。

 もちろん俺も「え?」と思った。

 少なくとも、生徒たちの前では敬語で話してたつもりなんだが。


「試合前も、試合中も、この前より仲良くなってような気がして……」


 え、これが女の勘ってやつ!?

 それとも無意識に顔に出たりしてたのか!?


 俺がちらっとだいに視線をやるも、だいは持ち堪えたようで真顔に戻っていた。

 右往左往してるのは俺の視線だけで、だいは市原以外眼中にないようだ。


「北条先生に彼女ができるのとあなたの不調。どう関係あるのかしら?」


 だが切り替えただいはさらに追い打ちをかける。


「え、だ、だって……」


 顔を真っ赤にしながら、ちらっと俺の方を向いてくる市原。瞳が、うるうるしてる。

 やめろ、そんな顔しないでくれ!


「わ、私は北条先生のこと……す……好き……だから……」


 語尾が濁ったが、俺のことが好きってのはちゃんと聞こえた。

 聞き取れてしまった。


 まぁ、分かってたことではある。

 冗談の「好き」ではありえないほど、今週の市原はおかしかったから。


「だって」

 

 市原の告白を受け、だいが出会った頃のようなクールな目で俺に顔を向けてくる。


 え、ここで俺に振るの!?

 俺はここで、なんて言えばいいの!?


 冷静を装いつつも、冷や汗が止まらない俺。

 完全にテンパってるのに、きっとだいは気づいてくれたのだろう。


 一度大きくため息をついて、だいは市原の肩に手を置いた。


「いい? 市原さん。誰を好きになるもあなたの自由だし、人を好きになるのは決して悪いことじゃないわ」


 だいに手を置かれ一瞬びくっとした市原だったが、だいの真剣な眼差しを受けた市原は、涙目になりながらも、しっかりとだいの目を見つめ返していた。

 美人と美少女、絵になる光景だろうが、今の俺はそれどころはない。

 

 俺、完全に空気だけどね!


「たしかに世の中には未成年と付き合ってる二十歳以上おとなもいる」

「はい……」

「でもね、先生と生徒は、そうなることはできないの。先生と生徒は、そういう立場であり関係なの」

「はい……わかってます……」

「卒業してからならまだしも、学生のうちは絶対にダメ。そんなのは少女漫画だけの世界なの」

「はい……」

「万一あなたたちがそういう関係になったら、あなたは幸せかもしれない。でも、市原さんのご両親はどう思うかな?」

「…………」

「それに、あなたはずっとそれを黙っていられるかな? バレたら北条先生は捕まって、先生をクビになって、あなたは二度と会えなくなるわよ」

「……それは嫌です」

「うん、そうだよね」

「はい……」

「人を好きになるのはすごく素敵なことだし、恋をするのはあなたの人生を豊かにするわ。でも、人を不幸にする恋はダメだと思う」

「……はい」

「北条先生には、どうなってほしい?」

「幸せになってほしいです」


 既に涙腺は決壊し、涙が頬を伝っているにも関わらず、はっきりと答えた市原。

 その市原に、だいが優しく微笑む。


 だいの笑顔に、俺の鼓動は高鳴った。


「うん、そうだよね。好きな人の幸せは願いたいよね」

「はい」

「北条先生を好きでいるのは自由だけど、それで北条先生を困らせちゃダメよ?」

「……はい。……やっぱり、倫ちゃんには彼女がいるんですよね……?」


 涙を流したまま、俺の方を見る市原。


 その顔でそんなこと聞かれたら、何も言えねぇよ!

 いるって認めたら、お前市原どうなっちゃうの!?


 言葉が彷徨さまよう。


「え、ええと――」

「いるわよ」

「「え?」」


 なんと返したものか口ごもった俺の言葉をさえぎって、だいがぶっこんだ。

 その言葉「いるわよ」に、俺と市原は声を揃えて聞き返す。


 俺と市原の思ってることは違うだろうけど!


 俺と市原の視線が、だいを向いて固まる。

 変わらずだいの表情は、優しく微笑んでいる。


 ま、待て!?

 お前、何を言うつもりだ!?

 必ずしも正直に話すのが正しいとは限らんぞ!?

 やばい、変な汗が止まらない。


 だが、こいつも止まらない。


「私だもの」

 

 い、言ったあああああああ!!!!!


 おい、お前笑顔になってる場合じゃないって!?

 何いい仕事したわー、みたいな顔してんの!?


 市原、石化してますけど!?




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以下作者の声です。

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お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!

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