第107話 VS世田谷商業
1回の裏、俺たちの攻撃。
相手の初球のボールに対して柴田はセーフティバントの構えから、バットを引いた。
やはりそれなりの強さがある学校だけあり、バントの構えからのサード・ファーストのダッシュは早い。
いいぞー、相手の動き知りたいし、こういうプレー引き出すのは大事だぞー。
「なつみー! ガンガンいけー!」
「がんばー!」
ベンチから飛ぶ声援。
こういう声はほんと試合でしか聞けないからなー。普段の練習でももっと声出してくれりゃいいのに。
まぁ試合で声だしてくれるだけ、出さないよりはいいんだけどさ。
そして1ボール2ストライクに追い込まれたところで、柴田は外角のボール球に対してこつんとバットを当て、サードとショートの前に弱い打球を転がした。
「なつみちゃんさすがだなー」
「これ狙ってたんだろうなー」
「足速っ……!」
打球としては打ち取ったように見えるものだったが、柴田はサードが捕球して一塁に送球が到達するより早く、一塁ベースを駆け抜けていた。
俺らは柴田の俊足は知ってるから、驚く光景でもないのだが、真田さんは目を見開いてびっくりしていた。
これでノーアウト1塁。いや、もうこれは事実上ノーアウト2塁だ。
何故かって?
2番バッターの佐々岡さんへの初球から、柴田は積極果敢に走り盗塁を決める。
ほらな。
「今、サイン出しましたか?」
「出してませんよ」
「じゃあ、単独で?」
「うちのチームはさ、倫が手抜きだから基本ノーサインなんすよ」
「おい、手抜きとかいうな!」
柴田の盗塁を記録しながら、だいが俺に問いかけてくる。
俺の答えにだいは少しだけ怪訝そうな声になった気がしたが、俺に代わって答えてくれたのは赤城だった。
ちなみに俺は座ってるけど、だいはベンチに座れる人数に限りがあるから、選手たちを座らせて俺の斜め後ろに立ってる状態な。
こういう気配り、さすがだな。
「どうしても行くなってときはサインでるけど、行けると思ったら行けが基本なんすよ」
「そう、なんだ」
「でもファウルとか打たれるときついから、行くときはバッターにアイコンタクトしますけどね」
「え、そうなんですか?」
「うっわ、どうりでそらは走った時に限ってファウル打つわけだ」
「え、えへへ~」
赤城の言葉に黒澤が補足したが、どうやらその理解は市原にはなかったらしい。
木本は黒澤の言葉に頷いてたんですけど市原さん……。
「とにかく攻めるソフトがうちらのモットーっす」
「なるほど」
「とりあえず今日は俺流で」
「わかったわ」
「え?」
「何聞き返してんだお前は。今日は俺が監督って言ってただろ?」
「あ、ああ、うん、そうだったね! あはは~」
「頼むぜ
「う、うん」
市原は俺の隣に座ってるから、だいと俺の会話も聞こえたのだろう。しかし、俺が監督って今週ずっと言ってたんだけどなー。
ほんと、見た目がいいのに頭が残念なのが玉に瑕だな……。
そんな話をベンチでしている間に、佐々岡さんがセカンドゴロを打ち柴田が三塁へ進んだ。
続いて3番の真田さんが、相手がスクイズを警戒してカウントを悪くしたのを活かし、ストライクを取りにきた甘い球を見逃さずに綺麗にライト前タイムリー。
柴田が生還して先制点がうちに入った。
「ナイス
「へへ~、ナイスオーダーっ」
みんなが柴田を褒める中、当然俺もハイタッチしながら柴田を褒める。
やっぱ褒められると嬉しいのは基本だからな。柴田も普段のちょっと生意気そうな目を細めてみんなに笑顔を振りまいていた。
1年らしからぬ実力だが、こういう顔見るとやっぱまだ子どもだなー。
「すずせんぱーい! 続けつづけー!」
ベンチに座った柴田が水分補給しながら赤城に声援を送る。
状況は1アウト1塁。
バッターは4番の赤城。たぶん、初球は盗塁警戒してくるよな。
予想通り初球は高めのボール。2球目も外角に外してボールだった。
よし。次をボール球にする勇気はあるまい。
3球目に俺は盗塁のサインを出し、真田さんが盗塁を決めて1アウト2塁へ状況が変わった。
カウントは2ボール1ストライク。絶好のバッティングカウント。
そして4球目。
カッキーン!! と甲高い音を上げ、赤城が捉えたボールはライト方向へ勢いよく飛んでいく。
「「「
「はしれー!」
「まわれまわれー!」
ライトの頭上を大きく超えた打球は、そのままグラウンドを転々とする。
特にボールデッドラインも決めていなかったため、赤城は悠々とダイヤモンドを1周し、ホームベースに返ってきた。
「みたかー!」
「さっすがー!」
見事なランニングホームランにご機嫌顔の赤城をチームメイトが迎える。
これで3点目。打者4人で3得点は、初回にしてはいい滑り出しだろう。
打ち込まれた世田谷商業のピッチャーの子は悔しそうな顔をしていたが、チームメイトたちの声をかけでどうやら切り替えたようだ。
その証拠に5番飯田さん、6番黒澤と打ち取られ、1回の裏の攻撃が終わる。
「いい攻撃力ですね」
「でしょ? っても、柴田も赤城も入学の時からうまかったんすけどね」
「彩香もあんな風に打てるように練習しましょうね」
「は、はいっ」
きっとだいはだいで攻め方の哲学を持ってるのだろうが、それを聞くのは今度にしておこう。いつでも会えるし。
とりあえず今日は俺のやり方で勝ちに行くだけだ。
「2回! しまってこー!」
赤城の激が飛び、先制点を取った選手たちはいい声で返事を返す。
うん、流れもいい。
そう思ったんだけど。
カキーン!
2回の先頭バッター、相手の4番バッターに市原は左中間へのクリーンヒットを打たれた。柴田が回り込んで止めたからツーベースヒットで済んだけど、止めれなかったらホームランだったね。
ナイスだぞ。柴田!
そして5番にバントを決められ1アウト3塁。
「指示とかは出さないんですか?」
「そっすね。逐一は指示出さないで、フィールドの感覚を信頼かな」
「ふーん……」
隣に座るだいからの質問。
ちなみに守備の時はベンチが空くから、だいも俺の隣に座ってるぞ。
この辺の会話から、俺とは監督としての感覚がかなり違いそうな空気は感じる。
この辺も二人でゆっくり話し合わないとな。
まぁでも市原なら大丈夫だろう、得点圏にランナー進められると、ギアが上がるし。
いつも通りなら。
だが。
1ボール1ストライクからの3球目。
「走った!」
黒澤の声が響くが、時すでに遅し。
いや、本調子だったらそこから対応したかもしれないが、虚を突かれた形となった市原は3塁ランナーがホームへ向けて走る中そのまま投球を続け、低めのストレートを見事にセカンドへ転がされた。
そして3塁ランナーが生還。
見事なヒットエンドラン。これは打った側が上手かった。
ピッチャーが取りに行くには遠く、セカンドが取ってからではスタートを切っていた3塁ランナーをアウトにするには間に合わない。お手本のようにいい打球だった。
これで3対1。
でもまぁ、まだ2点勝ってるし。
取られたら取り返す、倍返しだ! ってな!
2アウトランナーなしとなった後、市原が後続を断ち切り2回表の攻撃を凌ぐ。
まー、本調子ではなさそうだけど、もう少し投げて行けば調子も戻る、だろう。
ぱっと見はいつも通りに見える市原の顔色を確認しつつ、俺はそんな風に考えていた。
そして試合は進み。
「ゲームッ!」
「「ありがとうございました!」」
「「ありがとうございました!」」
楽観的に考えた俺の予測通り、とはいかなかったが、結局そのまま市原は微妙な調子ながらも大量失点は許さず、味方は細かく追加点を重ね、最終的に7対4で俺たちは第1試合をものにした。
スコアボードには
世 :0101101 4
星・月:301102 × 7
色々課題はあったけど、とりあえず初陣は勝ててよかった。
でもやっぱこの暑さで7回を投げぬくのは厳しそうかなー。
あとで体力的にどうだったか確認しよう。
市原、あんまし表情よくないし。
そして30分後に行われた第2試合。
ピッチャーは真田さん、キャッチャーに佐々岡さん、ショートに赤城、セカンドに柴田、センターに木本、レフトに南川さん、ライトに遅刻してきた萩原を入れて俺たちはゲームに臨んだ。
市原も出したかったけど、予想以上に疲れてたからこの試合は温存。
試合開始後は序盤から点を取られる展開で、3回からピッチャーを柴田に入れ替えるも、やはり流れは変わらず。第2試合は5対11で敗戦となるのだった。
1勝1敗か。
……やむなし!
試合後、選手たちを日陰に移動させてから。
「いやー、いい攻撃力だ。これは出来れば本戦は当たりたくないなぁ」
「いえいえ、そんな」
俺とだいは挨拶に来てくれた河合先生と、今日の試合についていくつか言葉を交わしていた。
河合先生は俺たちと当たりたくないというが、確実に点を取りに行く河合先生の采配も、正直本番一発勝負の公式戦では怖いものがある。
俺らも出来れば、当たりたい相手ではない。
「星見台の選手は、珍しい選手が多いなしかし」
「え?」
「男子と違って女子は、指示をもらうことで安心して実力を発揮できる子が多いが、星見台の選手たちは任されることでやる気になってるように見えたが、違うか?」
「あー……それはあるかもしれませんね。普段からそういう指導をしていますので」
「なるほど。でも、高校生は繊細だからな、迷う時もある。そういう顔をしたときは、必ず声をかけてあげるといい。それが監督の役目だぞ」
「ご教授ありがとうございます」
「では、お互い公立校大会、頑張ろうな」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
そう言い残して河合先生が世田谷商業の選手たちが待つ方へ移動していく。
高校生は繊細、か……。
うーん、やはり市原に声をかけるのが、俺の役目だよな……。
日陰でぐったりと休憩してる選手たちは、それぞれに今日の試合の反省を話し合っている。
河合先生の言葉に後押しをもらった俺が、その中から市原を呼び出そうとした時だった。
「市原さん、調子悪いわよね?」
「え、そ、そうか?」
俺の隣に立つだいの、鋭い声が耳に入る。
声の方へ視線を動かすと、真剣な眼差しで俺を見てくるだい。
いやー、やっぱ気づいてしまいましたか……。
思わず否定しちゃったけど、俺だってそれは分かってるよ……。
「あなた、生徒の何を見てるの?」
「え?」
誤魔化そうとした俺に対するその言葉は、予想以上に強い語気だった。
「あのくらいの年齢の子は、気持ち一つですぐダメになるわよ」
「あー……」
「この前言ってた失恋した子って、あの子じゃないの?」
畳みかけるようにだいから追撃が放たれる。
いやな、それも俺だってわかってるけどさ。
というか今から話そうと思ったところだったし!?
「心当たりあるのね?」
「あると言えば、あるけど……」
「何?」
「ええと……」
こうなってはもう逃げきれまい。
たぶん、試合中からずっと市原の様子にだいは気づいていたみたいだし。
意を決して俺はだいに今週起きた話を伝えるのだった。
手短にまとめた俺の話を聞き終えただいは、じとーっとした目で俺を睨んでいた。
なんというか、浮気の疑いを持たれてるような、そんなだいからの不信感がひしひしと募る。
お、おかしいな。暑いのになんか寒気が……。
「ふーん……」
「な、なんでしょうか?」
「デレデレしてたからでしょ」
「う……」
「だからヘラヘラしないでって言ってたのに」
「返す言葉もございません」
「もう今さら遅いでしょ」
「はい」
「でも、このままにはしておけないし」
「だよな。だから――」
「いいわ、私が話す」
「え?」
「ゼロやんが話せないなら、私が話す」
「はい?」
「市原さんを呼んでくる」
「はいいい!?」
ええええええええ!?
「だから俺が話す」と言おうとした俺を遮り、俺が止める間もなくだいが市原の方に行ってしまう。
え、俺に彼女が出来たって話を聞いてショックを受けてるやつに、俺の彼女から話す内容って何!?
ちょっと不安しかないんですけど!?
だがだいは止まらない。
そしてみんなと話す市原に声をかけただいが、市原を連れて戻って来る。
怯えた子犬のように不安そうな目で俺を見てくる市原。
うんうん、不安だよね。分かるよ。
安心しろ、不安なのは俺も一緒だから!!
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以下
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本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。
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