第104話 中華そばとラーメンはほぼ同義だと思う

「お待たせ! ごめんね、遅くなっちゃった」

「ううん、おつかれさん」


 7月8日水曜日の定時17時後、からさらに3時間後。

 俺はだいの家の最寄り駅である阿佐ヶ谷駅近くのコンビニ前で、チャリで現れただいと合流した。

 遅くなったとは言うが、採点が終わっても成績をつけなきゃいけないし、この時期の残業はしょうがない。

 部活もあるしな。


 でも俺はだいに会えるのならば、何だっていいのだ。

 仕事終わりのフォーマルな姿も可愛いなぁ!


 ちらっと鞄に目をやると、俺の鞄と同じ猫のストラップ。

 高校生みたいだけど、それを見るだけでちょっと嬉しくなるのだから、恋人という存在はほんと不思議なものだ。


「今日は行くとこ決まってるのか?」

「うーん、さすがに暑いから、何か冷たいものがいいわよね」

「そうだなー」


 珍しく候補ががなかったのか、気温の変化で気が変わったのか。

 たしかに今日は暑い。もう20時近いというのに、まだ30度近く気温がある気がするし。

 冷たいものが食べたい気持ちはわかる。

 でも、なんていうか冷たいものだと、夕飯って感じはしないんだよなー。


「ゼロやん何か食べたいものある?」


 そう考えていると、珍しくだいが俺に意見を求めてきた。

 ぱっと浮かんだものは、あんまり女子ウケしなそうなんだけど。

 ま、恋人だし言ってみるか。


「あー……ラーメン、かな」

「全然冷たいものじゃないじゃない」


 即答のツッコミ。

 だが、だいは笑っていた。

 うん、笑顔も可愛い。


「そ、そうなんだけど」

「ラーメンかぁ。ゼロやんどこかオススメはあるの?」

「え、逆に?」

「うん」

「そうだなぁ、うちの近くの中華屋の中華そばは、けっこう美味いと、思う」

「ほほう」

「行ってみるか?」

「うん、いきましょ」


 意外にもだいは乗り気。

 でも、俺の味覚は果たしてだいを満足させてくれるだろうか?

 

 だいの代わりにチャリを押しながら並んで歩く俺の内心は、ちょっとだけ不安なのだった。




「どうだった?」

「……油断してたわ」

「へ?」

「奥が深いわね……」

「ど、どういう意味で?」

「冷たくてさっぱりしたものが食べたいって思ったけど、ここの中華そばはあっさりしていて、暑いのにすんなり食べれちゃった」

「美味かったのか?」

「うん。なんというか食べ終えての満足感が高いわね。……ゼロやんちから近いってことはうちからも近いのに、こんなお店があったなんて知らなかったわ」

「まー、女の子が来る店ではないわな」


 俺が連れてきたのは、うちの近所の個人経営の中華屋。感じのいいおっちゃん夫婦がやってる、お世辞にも綺麗とは言えない店だ。

 俺はもう顔見知りで気楽に来れるが、女性が来るにはなかなかハードルが高いだろう。

 俺ら以外にいるのは、中年のサラリーマンばっかだしな。


 場違いなほどの美人が入ってきたことで、めっちゃだい見られてたし。


 なんというか、優越感がすごかった。


「ゼロやんのおかげで、新しい発見だったわ」

「そ、そいつはよかった」


 向かい合う席に座り、いい笑顔を浮かべるだいに、俺は思わず照れてしまう。

 見せつけてんじゃねーよっていう周囲の気配を感じなくもないような……。


「ラーメンも奥が深いわね」

「ラーメンだったら、割と詳しいぞ」

「ほんと? じゃあ今度は別なとこも行ってみたい!」

「おう」


 いつもより声を少し大きくしただいに食に対する貪欲な探求心を感じる。

 これは責任重大だな!



 時間も時間だから、食事を終えた俺は長居せずに店を後にした。

 しかし会計のときのおばさんのにやにやした顔、ちょっと次回から行くのが恥ずかしくなりそうである。


 21時過ぎの夜道を、だいと二人で歩く。

 チャリを押してるから手を繋げないのがちょっと残念だ。


「もうちょっと長くいたかったな」

「え?」

「会ってすぐバイバイは、やっぱり寂しい」


 俺にしか聞こえないくらいの小さな声で、だいの甘えた声が聞こえる。


 なにこいつ可愛いんですけど!?


 今すぐ抱きしめたい想いが溢れるも、それができないのが悲しい。

 だいの家についたら、せめてぎゅっとしてあげよう、うん、そうしよう!



 そして。

 だいの家への帰路をいつもよりかなりゆっくり歩いてしまったため、家についたのはもう21時半近くなっていた。

 この前と同じく、俺は境界線自動ドアを越えて、だいの部屋までやってきている。

 でもそれは、玄関まで。

 明日も仕事だから、流石に遅くまでは一緒にいれないからな。


「早く土曜日になって欲しいな」

「そうだな」

「土曜日は、朝から一緒にいれるもんね」

「まぁ、仕事だけどな」

「そうだけど……。部活は変わりない?」


 ここで長居するつもりもなかったけど、まだ話したい一緒にいたいオーラぷんぷんのだいを見ると、俺も帰りたくなくなる。

 だから、せっかくの話題に少しだけ乗ることにした。


「うーん、だいってさ、俺と付き合う前、好きな人とかいたことある?」

「え?」

「あ、いや、変な意味じゃなくて」

「それ、部活絡みの話なの?」

「うーん、一応?」

「そっか。でも、恋人と話すような話じゃないと思うけど……」

「あー、そうだよな。ごめん、なんでもない」

「ゼロやんは聞きたいの?」

「聞きたいのって、それいたってことじゃん」

「あっ」


 顔を赤くしただいに、俺は笑った。

 だいが俺を好きになったのは6年前って言ってたし、それより前に交際までいかなくても、好きになった人がいてもおかしくはない。

 俺だって亜衣菜元カノより前、高校時代に彼女いたことあるしね。


「お前が俺のこと好きってのは分かってるから、気にしないよ」

「うん、そっか」

「そういうこと」


 俺の顔に安心を覚えたのか、だいはほっとした表情で俺の目を見つめ返す。

 そして記憶を辿るように、ゆっくりと口を開いた。


「私は、中学生の時好きかなって人はいたよ」

「ほうほう」

「話したりはしてたんだけど、ただそれだけ」

「実らなかった、ってことか」

「そ、その結果は知ってるでしょ?」

「たしかに。付き合うのは俺が初めてだもんな」

「そ、そうよっ」


 俺のからかいでだいは少し拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

 そんな姿も可愛かったので、俺は無意識にだいの頭を撫でてしまう。

 

 でもこれだけで嬉しそうな顔に変わるから、ほんと可愛いもんだ。

 尻尾ぴーんってなってますよー?


「そいつは、彼女とかできたの?」

「うん。中2の時に、その人には彼女が出来て」

「ほうほう」

「中2の終わりには県外に転校しちゃった」

「あ、そうなんだ」

「うん」

「そいつに彼女できた時って、どう思った?」

「え? ええと、そりゃ寂しいというか、悲しいというか、何でもっと近づこうとしなかったんだろうって、後悔、かな?」

「なるほど」

「うん……こんなこと聞いて、どうしたの?」

「いや、まぁうちの部員がちょっとな」

「失恋?」

「いやー、そんな感じ、なのかな」

「そっか。高校生だし、色々あるよね。さすがに生徒のプライベートまでは踏み込めないし」

「そうそう、JKは難しいよ」

「でもが信頼されてるなら、向こうが話したくなったら、話してくるんじゃない?」

「うわ、その呼び方すげー違和感」

「ダメよ? 土曜日はちゃんとしないと」

「やっちまいそうだなー」

「ちゃんと気を付けてね?」

「おう、気を付ける」


 くすくす笑うだいが、俺にくっついてくる。

 きっともう限界だったんだろうな。俺もだけど。

 なんでこんなに、好きな人とはくっついていたいんだろう?


 俺は感情のままに、くっついてきただいを抱きしめた。

 俺に寄り添ってくるだいは、めちゃくちゃ可愛くてしょうがない。


「あと2日、頑張ろうね」

「ん、お互い様にな」


 バイバイのキスをして、俺はだいの家を出る。


 あ、ちなみに今日は軽めだったからね!




 蒸し暑い夏の夜道を、一人歩く。

 空はどんより雲。

 明日は雨とか降るのかなぁ。

 そんな空模様のように、俺の心にももやもやがある。


「市原、なんか言ってくるかなぁ……」


 だいには言えなかったけど、今日も市原は変だった。

 だからだいに意見を聞いたが、まさか失恋相手が俺かもしれないとは言えないよなぁ……。


 だいといたときは幸せで考えないでいれたけど、一人になるとやはり、考えてしまう。


 俺はどうすればいいのだろうか?

 何も浮かばないけど、明日はどうにかなりますように。


 そんな期待を込めて、俺は一人、帰路につくのだった。




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以下作者の声です。

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お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!



 ちなみに作者は中華そば好きです。

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