第105話 女子高生は難しい

 7月11日土曜日、午前6時半。

 いよいよ今日は星見台と月見ヶ丘合同チームの世田谷商業との練習試合。

 窓から見える空には雲一つなく、絶好の試合日和だ。


 星見台俺たちの集合時間は月見ヶ丘高校に8時半。

 部員たちは昨日の練習後に伝えたから、集合は大丈夫だろう。集合は。


 問題はそこじゃない。

 火曜日よりはいくらかマシにはなったけど、うちのエース市原が大丈夫ではないのは変わってない。


 まぁもうここまできたらどうにもならんし。

 試合もダメダメだったら、腹くくってだいにも助けてもらおう。

 色々複雑な思いもあるが、赤城たちの引退の花道を考えると背に腹は代えられないのだ。


 開き直った俺は、とりあえずスマホでアプリを起動した。


北条倫>里見菜月『おはよ。今日はよろしくな』


 朝の準備中なのか、だいからの返信はなし。

 いや、まさかもう出勤してるなんてことは、さすがにないよな?

 

 そんなことを考えつつ、俺は別グループへのメッセージを作成する。


北条倫>Teachers『ゆきむら、試験頑張れよ!』


 そう、今日は東京都の教員採用試験の一次試験で、筆記試験の日だ。本人は余裕そうだったが、それでもやはり心配もある。

 未来の同僚かもしれないし、ここは頑張ってほしい。


神宮寺優姫>Teachers『ありがとうございます。頑張ります』


 ゆきむらの返信は早かった。

 うん、ほんと頑張れよ。

 俺がスマホに目を落としていると、もう1件通知がきた。


神宮寺優姫>北条倫『わざわざありがとうございました。嬉しかったです』


 おおう。全体へのメッセージからの、個別メッセージか。

 ゆきむらは素直にやってんだろうけど、こういうのはちょっと、くるな。

 

 心の中で改めてゆきむらにエールを送る俺。


 さてさて。じゃあ俺も準備するとしますかな。




 午前8時10分。

 俺は月見ヶ丘高校の校門前に到着した。

 予定より20分も早いので、部員たちの姿はまだないようだ。

 とりあえず、あいつら待つか。


 スマホをみると、通知がいくつか。


山村愛理>Teachers『ゆっきーがんばれよー。目指せあたしの後輩!』

里見菜月>Teachers『がんばってね』+頑張り大根スタンプ

神宮寺優姫>Teachers『ありがとうございます』+一刀両断って書いた刀のスタンプ

平沢夢華>Teachers『ふぁいと~!』

平沢夢華>Teachers『でも二人のスタンプのセンス笑』

里見菜月>Teachers『え?』

神宮寺優姫>Teachers『むむ?』


 朝から愉快なやり取りしてんなーこいつら。

 そしてもう1件。


里見菜月>北条倫『注意事項①呼び方②公私混同しない③甘えない』


 はぁ?

①、②はいいとして、③はそれ、お前の話じゃねーかよ……。

 

 俺がそうやってスマホを見ていると。


「お、おはよ」

「ん? おお、おはよ。今日は調子出せそうか?」

「う、うん。頑張る」

「頼むぞ市原」


 一番乗りでやってきたのは、俺の悩みの種市原だった。

 夏服姿の市原が校門前に立つ俺の隣にやってくる。

 これから試合なのだから普段の登校時と違って当然すっぴんなんだけど、やっぱりこいつは化粧云々関係なく可愛いと思う。


 【Teachers】のみんなも可愛かったり美人だったりだけど、やっぱ10代とは肌の感じ違うよなー……若さとはそれだけで武器というか……あ、これ言ったら殺されるから秘密ね。絶対な!


 俺はなんとか平静を装って話したが、会話が続かない。

 いつもなら市原の方からぐいぐい話しかけてくるのに、それがない。

 まるで同窓会の集まりに行ったら、一番最初に到着し、次に来たのが元カノだったような、そんな気まずさ。


 ちらちら時計を見るも、1分がめちゃくちゃ遅い。

 あー、早く誰かきてー!


「あ」

「え、どうした?」


 俺の隣に立ってだけの市原が、スマホを取り出して小さく声を発した。


「じゅりあちゃん、遅刻だって」

「はぁ?」

「寝坊しちゃったみたい」

「ったく、しょうがねぇな」

「オーダーって決まってるの?」

「いや、とりあえずだ――」

「とりあえずだ? 倫ちゃんまだ何も言ってないじゃん?」


 あっぶねええええ!!!


 市原は「とりあえずだ」って聞きとってくれたからよかったけど、今完全に「だい」って言いかけたね!

 あー、一気に変な汗かいたわ……。


 でも、俺の冷や汗と引き換えに、久々に市原が笑ってくれた。


「さ、里見先生と相談するけど、市原は先発で決定だぞ」

「さすがにそれは私も分かってるよー」

「何番打ちたい?」

「えー、うーん……7番くらい?」

「控えめだなー」

「じゃあ1番!」

「それはない」

「倫ちゃんが言ったくせにー」

「足の速さが足りません」

「なにをー」


 頬を膨らませてくる市原に、俺も笑う。

 あれ? この感じ、久々なような。


 きっかけは分からないが、なぜか普段の様子に戻ったような、そんな気がする。

 プレーの方はどうかまだわかんないけど。


「うぃーっす。朝からイチャイチャしてんなよ倫ー」

「顧問の逮捕は避けたいなー」

「朝からなんてこと言うんだお前ら……」


 朝から顧問に無礼な3年生たち赤城と黒澤の登場。二人の後ろには柴田と木本もいた。

 集合10分前、遅刻連絡のあった萩原以外の部員たちが集合完了。

 しかしこいつら一緒に来るんだったら市原も誘ってやれよ。


「おはよーございまーす」

「おはよ、そら、倫。じゅりあは遅刻だし、いくかー」

「そだねー」

「外野3人でやりたかったのになー」

「あとで説教だね」

「いや、お前ら俺に挨拶は……?」


 そんな俺のつぶやきをガン無視して、赤城の仕切りで部員たちが校門を抜けていく。

 赤城に黒澤、柴田に木本がそれぞれリアクションしてるのにね!

 別に慣れてるけどさ……。


 たしかな足取りで5人は進んでいくから、きっと勝手に着替えにいくんだろう。ここ月見ヶ丘に来たのは初めてじゃないしな。

 さて、じゃあとりあえず俺も着替えますか。


 部員たちが更衣室へ向かっている間に、俺も校内のトイレに入りささっと試合用ユニフォームへと着替えを済ませる。

 インターハイ予選以来だから、これ着るのも1か月ちょっとぶりだなー。


 やはりユニフォームを着ると不思議と気合いが入るのは、俺が野球小僧だったさがなのだろうか。

 そんなことを考えつつ手早く着替えを終えた俺は、うだるような暑さの中、グラウンドに向かった。

 


 グラウンドでは既に月見ヶ丘の部員たちが揃って試合の準備をしているところだった。

 その様子をベンチに座ったユニフォーム姿のだいが見ている。

 迷うことなく俺はだいの方へ近づく。


 いやー、しかしユニフォーム姿も可愛いな! 髪を後ろで束ねてキャップかぶってるのも、普段と違ってVery Goodですぞ!

 アンダーシャツが長袖なのは、日焼け対策かなんかだろう。


 ちなみにうちのチームは上が紺のベースボールシャツタイプで、下が白地に黒ラインのハーフパンツスタイルだ。

 さすがに俺にハーフパンツはアウトなので、ズボンタイプだけど。

 

 で、月見ヶ丘は上下白を基本色としたシンプルなユニフォーム。ユニフォームの上には青のラインが入っていて、けっこうカッコいい。

 あと、うちとちがって、向こうは全員が俺と同じズボンタイプのユニフォームだな。

 正直ズボンタイプの方が、怪我のリスクは少ないのでは、と常々思ってるから、俺もそうしたいんだけど、部員たちはハーフパンツ派らしい。

 まぁ日本代表のユニフォームだって、ハーフパンツだしな、そこらへんなんだろうか。

 

 ちなみにキャップはうちも月見ヶ丘も紺色。

 この時期はほんと、キャップなしじゃ熱中症で死にかねないから、俺が異動してきた当時はサンバイザーだったのをキャップに変更したのだ。


 うーん、しかしチャイナもエプロン姿もよかったけど、ユニフォームも捨てがたい……。


 と、俺が邪な考えでだいのユニフォーム姿に見とれてたことなど微塵も出さずに、俺は少しだけ距離を置いて彼女の隣に腰かけた。


「おはよ」

「おはようございます、北条先生」

「あ、はい」

 

 恋人要素など微塵も感じさせずに、先生呼びをしてくるだい。

 一瞬にしてユニフォーム姿に浮かれていた自分が消し飛んでいく。


 くそ、さっき俺が「だい」って言いかけたの思い出しちまったじゃんか!


「馴れ馴れしくしすぎないで」

「き、きをつけます」


 俺が軽く挨拶をしたことを、小声で注意してくるだい。

 注意事項を受けた時は余裕だと思ったけど、本人を前にするとやはり油断してしまいそうになる。

 

 ほんと、気を付けないとな。

 せっかく市原も復活しかけたかもしんないんだし……!

 変な姿見せたらまた振り出しになりかねん……!


「私も、我慢してるんだから」

「え?」


 ぼそっと恥ずかしそうに言われた言葉に、俺は顔を赤くせずにいられただろうか?

 

 ちょっと今のは可愛すぎやしませんかね!?


 そしてしばしの沈黙。

 ええと、でも黙ってるのも変だよな!


「と、とりあえず、オーダー考えますか!」

「そうですね」


 うわ、切り替え早!?


 俺がなんとか敬語に切り替え話題を作ったのに対し、だいはあっさり対応してみせた。

 さっきの恥ずかしそうな声の欠片もない。

 なんていう演技派だろうか……!


「うちは萩原が遅刻って連絡きたので、スタートは10人っすね」

「あ、そうなんですか? うちの初心者はベンチスタートを考えてたんですけど……奈央をスタメンで使うしかないですね」


 あー、なんだろ。今さら敬語で話すの、違和感がやばいな。

 これまじでどっかでボロだしそうで怖い。


「打順はどうしますか?」

「俺が考えてもいいんすか?」

「北条先生の方がキャリアは長いですし」

「あー。分かりました」

「うちでバッティングがいいのは、経験者の優子と愛花とみなみですね」

「えーっと、ごめんなさい、名字で言ってもらってもいいですか?」

「あ、真田と佐々岡と飯田です」

「なるほど……と」


 前回の合同練習を思い出し、俺は彼女たちのプレーをイメージしていく。


 しかし、女の先生って生徒のこと下の名前で呼びがちだよなー。

 下の名前で言われてもわかんねーよ……。

 さっき言ってたなおって子も、初心者のどっちかってのしか分かってないからね、俺。


 少し迷って、俺の脳内でオーダーが決まった。


「じゃあ、一番センター柴田、二番セカンド佐々岡、三番ショート真田、四番キャッチャー赤城、五番ファースト飯田、六番サード黒澤、七番ピッチャー市原、八番レフト……なんでしたっけ、スタメンに出す子?」

「戸倉です」

「ああ、はい。八番レフト戸倉、九番ライト木本で」


 3・7・9番が右バッターで、他が左バッター。うん、割といい感じにバラけさせられたんじゃないかな。

 朝の話がなかったら、九番市原もなくはなかったんだけど。

 プロ野球と違って、下位打線を文字通り下位と見るか、循環をイメージして上位打線に繋がる位置と取るかは監督の判断の分かれるところだよな。


「とりあえずこれでいってみましょう」

「分かりました」


 俺の言ったことを見事に記憶しただいが、オーダーシートにメンバーを書いていく。

 すごいな、よく一発で覚えてるな……。


 真面目な顔つきでメンバーを書いていくだいの横顔に、しばし見とれる。

 てか、あれだよな。

 いくら世界広しといえど、彼氏彼女の関係で合同チームの顧問やってる先生なんて、俺らくらいなんじゃね!?



 そうやってだいがオーダーを書き、俺が一人ベンチに座ったまま脳内で盛り上がってる間に、うちの部員たちもグラウンドに現れた。

 ちょうど月見ヶ丘のメンバーも試合の準備を終えたようで、挨拶もそこそこに、俺たちは選手たちへアップ開始の指示を出す。

 なんとなく、俺とだいが並んでる姿を見ていた市原の表情は気になったけど、まぁ考えすぎだろ。



 しかし、今日はどんな試合になるのかな。

 彼女の前だし、できれば初陣は勝利で決めたい。


 照りつける日差しの下、ちょうど現れた世田谷商業の姿を見て、俺の心は久々の試合に、少しだけ高ぶるのだった。



 ま、俺が出るわけじゃないけどね!




―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!


記憶の呼び戻し用に補足

都立月見ヶ丘高校女子ソフトボール部


部員 

真田優子さなだゆうこ3年・主将 162cm 

右投右打 ショート・ピッチャー

 真面目さん。頑張れ!


佐々岡愛花ささおかまなか3年・副主将168cm 

右投左打 キャッチャーセカンド


・飯田みなみ《いいだみなみ》2年 165cm 

左投左打 ファースト・サード


戸倉奈央とくらなお2年 158cm 

右投左打 外野

 

南川彩香みなみかわあやか2年 149cm 

右投左打 外野

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る