第102話 気まずい距離感

Prrrr.Prrrr.

「おう」

『こんばんは』

「おつかれー」


 あの後なんとも気まずい空気の中、俺と田村は無言で採点に取り組み、先に採点を終わらせた俺は残業2時間程度で学校を後にした。


 家に着いたのは20時前。

 夕飯を作る気力もなく、適当に買ってきた夕飯を食べた。

 昨日一昨日とだいの美味しすぎる手料理を食べていたせいで、なんとも寂しい夕飯だったがしょうがない。


 その後は風呂に入って、少しだけログイン。分かっていたけど、だいはいなかった。

 加えて月曜は元々ログインするギルドメンバーも少ないため、募集されていたスキル上げに応募し、90分銃スキルを上げて、今がだいたい23時。


 そしてログアウト直後に、寝る前に電話してもいいかとだいから可愛いお願いが来て、今に至るってわけだ。


 しかし、付き合ってから別人のように可愛いなあいつ。

 いや、付き合う前から可愛かったんだけど。


「採点進んだ?」

『うん、とりあえず明日返す分は』

「よく頑張ったねー」

『馬鹿にしてるの?』

「あ、す、すみません……」

 

 あれ? 電話してもいいって言っといて、それ!?

 甘えたモードは!?


『でも、採点よりも部活が疲れたわ』

「あーそうなー。明日は俺も筋肉痛かも」

『ちゃんとストレッチした?』

「あ」

『ダメよ。もう若くないのよ?』

「お互い様にな」

『何か言った?』

「い、いえ、なんでもありません」

『よろしい』


 あれー!? 『もうっ』とかそういう反応じゃないの!?

 甘々な会話を期待してたんだけど、違うんか!?


『今日はどんな日だった?』

「え、あー、いつも通り、かな?」

『そっか。私は、ちょっといつもより上機嫌だったかもしれない』

「え?」

『優子に言われちゃった。「先生何かありましたか?」って』


 おお、それは俺のせいおかげかな!?

 少しずつ、俺のイメージ甘々電話に近づいてきたぞ!


『いつもより優しい気がするって』

「あー」

『失礼しちゃうわよね』

「なんかちょっと想像ついたわ」

『なんでよ』

「だい、けっこう顔に出るもんな」

『は?』

「昨日一昨日と、めっちゃ可愛かったし」

『え、ちょ、ちょっと! やめてよもう……』


 はい甘えたモードなりましたー。

 こいつ、チョロいな。


『だって、幸せだったんだもん……』


 がはっ

 これは諸刃の剣だったか……!


「次に会うのは明後日か」

『……今だって会いたいし』

「頑張ろうぜ?」

『……うん』


 ああ俺も幸せだなぁ。


「明日もがんばろーな」

『うん、おやすみなさい』

「おう、おやすみ」


 結局は甘え声になっただい。

 しかし、寝る前になんと幸せな時間か。

 彼女が出来ただけで、こんなにも日々の色が変わるとは、驚くばかり。


 明日も頑張れそうと思ってベッドに横になる。


 でも、電気を消して部屋を暗くした時、市原のあの顔が浮かんできた。


 目下の問題は、消えたわけではない。

 明日、あいつとどんな顔して話せばいいのだろうか?

 いや俺が気にすることじゃないんだけどさ!

 

 市原がいくら可愛いからって、俺に好意を示してくれてるからって、教え子に手を出すわけないし、そもそも俺には彼女だいがいる。

 教師と生徒。顧問と部員。


 それだけの関係で、それ以上でも以下でもない。


 だが、1年の頃からまとわりついてきた市原が可愛かったのも事実。

 俺だって教師である前に男だし。

 って、それじゃダメだろ!


 本当なら、はっきりとダメだぞって言ってあげるべきだったんだ。

 だから、このもやもやの責任は、俺にある。


 俺のせいだから、『どんな日だった?』と聞かれても、だいに相談できなかった。


 どうしたものかと悩んだまま、眠りにつくまでは、けっこう時間が、かかった気がする。




「おはよーっす」


 翌日の朝のSHR。俺は平常運転で2年E組へとやってきた。

 ちらほらと遅刻している奴はいるみたいだが、市原はふつうにいた。


 ちなみに市原の席は教卓の目の前。席替えで希望してきてから、ずっとそこ。

 なので嫌でも目に入る。


 ちらっと市原に視線を送ったら、笑顔が返ってきた。

 でも、なんというか、目が虚ろなんですけど!?


「おはよ、倫ちゃん」

「お、おう」


 交わした言葉は、これだけ。


 その後はいつも通りの連絡をして、生徒たちは授業に入る。

 俺も、別クラスへ授業に行く。


 なんとなくしこりが残ったまま、俺は部活の時間までもやもやしたまま、業務を行うのだった。




 幸い今日が晴天のおかげで、昨日の雨の影響はなく練習はできた。

 俺がグラウンドに着いた時、今日も今日とて部員たちはマイペースに練習中だ。


「市原、今日はちょっと投げよう」

「う、うん」


 アップを終えたのを確認し、俺はなんとか普通に接することを意識しながら、市原にボールを渡してマウンドに行かせる。

 ああもう、なんで大人がまるで元カノと接するみたいに気を付けなきゃいけないんだ!?


「どうしたそらー、元気ねーぞー?」

「そ、そんなことないですよ!」

「そうねぇ、なんか変ね」

「そら先輩が元気ないとか、また雨降りそう」


 赤城の言葉を否定した市原に、黒澤と柴田が追い打ちをかける。


「あ、もしや倫ちゃんそら先輩に何かしたんじゃ?」

「な、何かって何だ何かって」


 にやにやした顔で萩原が言ってきた言葉に、一瞬びくっとしながら俺は努めて平静を装う。

 ちらっと市原に視線をやると、なんとも言えない顔をしていた。

 市原の顔は元がいいだけに、そういう顔をされるとなぜか罪悪感が募る。


 ああもう、やりづれーな!


「一人3打席な」

「あいよー」


 とりあえず何とか投球練習をさせて、俺はマスクだけつけてキャッチャーに入る。

 練習試合に響くとかなると、だいにも申し訳立たねぇからな、なんとかしないとな……!


 だが。


 カキーン カキーン カキーン カキーン カキーン カキーン……


「あ、あれー?」


 ある意味、予想通りではあった。


 どうにも力のないボールばかりの市原は、赤城、黒澤、柴田と滅多打ちを食らう。木本と萩原は、なんとか抑えてたけど。


「おいそら、どうした?」

「2週間のブランク~?」

「う、うーん、そうかもしれないです」


 練習を終えて、赤城と黒澤が市原に心配の声をかける。


 しかしこれは重症だな……。

 原因はたぶんというか、昨日のせいなんだろうけど、俺がどうこうするべきなのか、なんというか気まずくて何を言えばいいか分からない。


 本調子の市原なら、赤城以外は容易く抑えられるのだ。

 それほどまでに市原はうちの絶対的エースであり、彼女の実力をもってすれば、公立校の相手なら簡単には打たれないと、思う。

 だがこの調子だと、まずい。


 まずいんだが、原因が原因だけに、余計にどうしようもなさが募る。

 あーもう! どうしろっつーんだよ!!


 でも、こんな感情を、生徒たちに当てられるわけもなく。


 チーム全体が不安な空気に包まれたまま、その日は練習を終えるのだった。



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以下作者の声です。

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お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!

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