第101話 激動の始まり
7月5日月曜日。
だいと交際2日目。あ、この情報はいらない?
でも、朝スマホにきていた「おはよう」という通知で俺ニヤけちゃったし、今日くらいいいよね?
「うぃーっす」
「おせーぞ倫! あたしたちの部活あとちょっとなのに!」
「泣いても笑ってもあと1か月だもんねー」
「そのやる気を勉強にも向けろよ?」
期末考査の最終日も終わり、午前で放課となったため午後からは部活が始まる。
本当は残った倫理1クラスの採点と、今日終わった政治・経済2クラス分の採点の時間を取りたいところだが、久々の練習で怪我をされたりしても困るので、俺は残業上等でグラウンドにやってきた。
グラウンドでは既に部員たちが練習の準備を終えていて、キャッチボールが始まっていた。
今週末は練習試合だしな。まずは感覚取り戻してもらわないと。
「キャッチボールは長めにやれよー」
赤城は偉そうなこと言ってたくせに、俺が指示を出すと全員が気のない返事を返してきた。
まぁ、むしろ変に気合い入ってないあたり、いつも通りで安心なんだけど。
しかし、空を見上げると午前中はよかった天気が曇ってきている。
遅くなれば一雨くるかもしれない。
久々だし、16時くらいまでには終わらせるかなー。
「おつかれーい」
「おつかれっしたー」
「「「「おつかれさまでーす」」」」
15時48分。
なんだかんだもう少し練習したいところではあったが、遠くで稲光が見えたこともあり、いよいよ雨が降りそうだということで俺はメニューを切り上げた。
「雨やだなー」
「ですねー。明日グラウンド使えなかったらどうしよう」
「お前らほんと部活脳だな」
赤城と市原の会話に呆れる俺。
ちなみに雨を警戒して今日の練習後ミーティングは部室でやった。
基本的に更衣室も兼ねてるので、俺が部室に来ることはないのだが、久々に入った部室は意外にも整理整頓がされているようだ。
ちょっとだけ、女の子部屋に入ってしまったような、そんな錯覚さえ覚える。
「しかし、綺麗に使ってんなー」
「すごいよなー」
「理央ちゃん綺麗好きで助かったー」
「そ、そんなことないですよっ。普通です。普通」
そうか、木本が片付けてくれてたのか。いい奴だな!
赤城と黒澤の先輩二人に褒められた木本は照れたように顔の前で手を振っている。
……俺が褒めても、そんなことしないよね君?
「私の引退まで安心だー」
「そらは片付け下手だもんなっ」
「そ、そんなことないですよ!? 倫ちゃん違うからね!?」
「お前のロッカーの中ぐちゃぐちゃじゃねーか」
「え、何で知ってんの!?」
「テスト前は机の中空にしてから帰れっていつも言ってんだろ」
「あ、だからいつも片付けられてたのか!」
安心した顔から一転、市原は赤城と俺によって責められ恥ずかしそうな顔をする。
こいつらと集まるのは久々だが、なんというかまぁ懐かしい。
金土日と大人の女性陣と一緒にいて、色々と気が休まらないことも多かったが、こいつらの子供らしさを見ていると、これはこれで安心する。
どうか
「とりあえず土曜の試合に向けて、テスト前と同じ感じでやって、試合通して足りない部分は来週から対処してくべ」
「うぃーっす」
「じゃあ、雨強くなる前に帰れよー」
「「「「「「はーい」」」」」」
部員たちを帰し、部室の鍵を閉め、着替えに戻る。
その後社会科準備室に戻り、採点開始。
定時まではまだ数十分あるため、俺以外の先生方も採点に精を出しているようで、シャッシャッと丸を付ける音が静かな室内に響き渡る。
テスト期間は部活なしで楽させてもらった分、こっからは本当に忙しくなるんだよなぁ。
この職業について学期末を迎えるのはこれで16回目だが、ほんとこの時期は忙しい。
乗り切れば夏休みが訪れるが、月末には大会も控えているのだ。
考えると、ちょっと萎える。
でも、だいは今日が自分の試験で、採点今日からって言ってたしなー。あいつが頑張ってるなら、俺も頑張るしかないよな。
机の脇に置いている鞄へちらっと視線を送る。
鞄のファスナーには、アラサーのおっさんが付けるには少し恥ずかしい猫のストラップ。
うん、頑張ろっと。
キーンコーンカーンコーン
そして17時のチャイムが鳴る。
「じゃ、おつかれさまー」
「お先にー」
「おつかれっすー」
「おつかれさまでしたー」
定時になった瞬間、採点を切り上げて帰っていくベテラン二人。
もう採点終わったのかなー、すげぇよな、ベテランは。
ちなみに出て行った声が2つで、見送った声が2つ。
俺以外にもまだ一人室内には残っている状況だ。
「いやー、やっと会話できる空気だわー」
「切り替えはやっ!」
俺の机と向き合う席に座る男はずっと黙って採点を続けていたのだが、俺と二人になった瞬間に話しかけてきた。
俺とそいつの席との間には横向きに置いたカラーボックスがあるため、視界には入らないんだけどね。
「いやー、やっぱ話しづらいじゃん?」
「気持ちはわかるけど」
俺の向かいに座る男、田村も部活指導を終えてから採点に来たので、きっとまだ採点は終わってないのだろう。
俺とこいつ、どっちが先に採点が終わるか勝負だな。
「でさ、俺朝から聞きたいことあったんだよねー」
「ん?」
こっからは気楽に採点と思って赤ペンを持った俺に、続けざまに声がかけられる。
「何?」
「倫さ」
「うん」
「金曜の夜、新宿にいた?」
「え?」
え、嘘、なんで?
たしかにオフ会とは教えたけど、場所言ってないんだけど!?
「あれ倫だと思ったんだけどなー」
「ど、どこで見たの?」
「西口の方」
「おおう」
「女の子に囲まれたの倫だと思ったんだけど」
「そ、それはどうかなー?」
「嘘下手かよ!」
別に逃げも隠れもしてたわけじゃないけど、あんなに人がいた新宿で、まさか見られるとかちょっと思ってなかったわ。
「やっぱ倫だったかー。いいなー、女の子に囲まれてさー」
「女がいないなんて、俺は言ってないし」
「くそう! 俺もゲームやろうかな!」
「短絡的すぎんだろ!」
俺だと確信を得た瞬間、水を得た魚のように饒舌になる田村。
やばい、これはちょっとめんどくさいモードだ。
早く採点終わらせて帰りたいのに!
手を止めて、こいつをどう黙らせたものかと考え出した時。
ガチャ、と俺の席の後方にある部屋の扉が開いた音が聞こえた気がした。
俺はそちらへ振り向こうとしたが。
「あの中に彼女とかいんの!?」
「おい!? やめろ!」
テンションが上がっていた田村は扉が開いたことに気づいていないのか、とんでもない爆弾を投下しやがった。
なんともタイムリーな「彼女」という単語が急に出てきたことで、俺は余計に焦った。
プライベートな話は他の先生に聞かれたくないし、なんとかこいつを止めねばと田村の方に視線を戻して、制止の声を出す。
マジで誰かに聞かれたらいじられちゃうからやめろ!
「え……」
だが。
慌てる俺の背後から聞こえたのは、どう考えても若い、女の子の声だった。
しかも、聞きなれた声のような気がした。
「え!?」
予想外の声に対して咄嗟に振り向いた俺は、その姿を捉え硬直する。
「その反応はいるな!?」
「ちょ、田村! 待て!」
「なんだよ!? 俺とお前の仲だろ!? って、あ……」
畳みかける田村に再び制止をかけるもさらにテンションを上げた田村が立ち上がる。
そのおかげで、俺の席を越えて田村の視界にも、入口に立つ人物が見えたのだろう。
濁る語尾が、顕著に「見えた」と告げていた。
「……ごめんね、部室に財布忘れちゃったみたいで取りに来たんだけど、職員室に鍵なかったから、聞いたら倫ちゃんこっちだって言われて」
「あ、うん、鍵、持ってる」
「貸してください」
「お、おう」
近づいてきた声の主に、鍵を手渡す。
「ありがと。財布取ったら職員室に返しとくから」
「お、おう」
「うん、じゃあね」
「き、気を付けて帰れよ」
パタン、と扉が閉められて、予想外だった来訪者が去っていく。
「……な、なんかごめん」
「いや、謝る話ではないけど……」
気持ち悪いほど元気のないトーンで謝る田村。
だがその声に何か反応できるほど、今俺にも余裕がない。
あいつのあんな顔は、初めてだった。
いや、いつも通りの、にこやかな表情には変わりなかったのだが、なんというかその表情の奥は、まるで無のような笑顔に見えた。
何故俺がここまで焦っているのか、自分でも分からない。
だが、ほんとにあいつのあんな顔は、初めてだったのだ。
「あいつ、お前のこと、ガチだったんだな……」
俺もどうせ普段の言葉は表面上の言葉とずっと思っていたのだが。
あんな市原の顔は、初めてだった。
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以下
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お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!
Twitterで更新予定や更新のお知らせを忘れなければしていきたいとか思ってます。
補足
星見台高校女子ソフトボール部のメンバーをお忘れの方も多いと思いますので……。
部員
・
右投左打 キャッチャー・ショート
ベリーショートの男勝り系女子、後輩に人気
・
右投左打 サード・外野
ソフトは高校スタートの努力家。成績優秀、大人っぽい
・市原そら《いちはらそら》2年 153cm
右投右打 ピッチャー
公立校屈指のピッチャー、見た目はアイドル級だが頭が悪い。倫のクラスの生徒
・
右投右打 セカンド・外野
真面目な性格だが、自己主張が薄いとも。流されやすい。綺麗好き
・
右投左打 ショート・ピッチャー
目立ちたがりの自信家だが、一人はちょっときらい。ソフトは上手い
・
左投左打 ファースト・外野
オタク。LAは〈Juria〉でプレイ中。
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