第100話 幸せな日曜日

 俺が目を覚ますと、腕の中にだいはいなかった。


「あ、あれ!?」


 え、昨日の幸せはまさか夢!?

 え、欲求不満からくる幻だったか!?


 俺は勢いよく身体を起こし、周囲へ視線を動かす。


「何寝起きから焦ってるのよ?」

「あ」


 だいは、普通にいた。

 俺が起きたのに気づいたから見に来てくれたのだと思うが、髪を後ろで結んだエプロン姿だ。

 朝からいきなり可愛いのである。


「おはよ」

「お、おはよう」

「もうお昼だけどね?」

「あ、そ、そんな寝てたの?」

「うん。私もさっき起きたところだけど」

「そ、そうなんだ」

「うん。とりあえず」

「うん?」

「起きて服着なさいよ」

「あっ!?」


 だいがいない!? と焦って起きたせいで気づかなかったけど。

 俺は昨夜の眠りについたときのまま。

 

 うん、姿ってのは、こういうことを言うんだな!




「いただきまーす」


 俺が起きて身支度を整えている間に、だいが朝食を用意してくれた。

 朝食とは言っても既に時刻は11時半過ぎ。

 ブランチってやつだな。


 ちなみに作るの手伝おうとしたら、再び「キッチンは戦場よ」と言われ追い出された。

 あれは本気の目だったね。

 恋人とて、食への探求心には勝てないらしい。

 なのであっさりと俺は退いたのは言うまでもない。


 昨日の夕飯と似たような食事だが、やはりこの味噌汁はうまい。

 これってあれか、もしプロポーズするとかなったら、「毎日お前の味噌汁が食べたい」ってのができるのか。


 って、気が早すぎるだろ俺!!


「おいしい?」

「う、うん」

「そっか、よかった」


 あーもう、変な妄想をしたせいで、顔が熱い。

 というか色々と、昨日のこと……あ、日付的には今日のことを考えると、なんか恥ずかしくなってきた。


 でも、そうか。

 俺たち付き合ったのか。

 ……付き合ったのか。


「どうしたの?」

「な、なにが!?」

「わっ、い、いきなり大きな声出さないでよ」

「ご、ごめん……」

「変なの」

「え?」

「顔、赤くなってるわよ? 具合悪い?」

「げ、元気! 超元気!」

「ふーん……」

「な、なんだよ」

「ううん」

「なんだよ?」

「別に」


 今までだったら、きっとだいは怪訝な顔になってそうな会話だったんだけど。

 今は、なんだか幸せそうというか、ご機嫌というか。

 

 なんとなく、楽しそうな顔をしている。


「朝ごはん、男の人と二人で食べるの、初めてだわ」

「え?」

「……昨日からたくさん、初めてがいっぱい」

「あ、そう、だよね」

「ゼロやんにとっては慣れたものだろうけど」

「そ、そんなこと! ねぇよ……」

「ふーん……」


 語尾を濁したせいで、今度こそだいは怪訝そうな顔になる。


 たしかに色々とだいにとっては初めてでも、俺にとっては初めてではなかったことは多いと思う。学生の頃亜衣菜とは、半同棲というか、ほぼ同棲だったからな……。

 こういう朝は、初めてじゃない。

 

 あ、でも。


「朝ごはんのは、初めてかも……」

「え、そうなの?」

「うん、俺が作ることが、多かったから……」


 って、こんな露骨に相手が誰か分かる話して大丈夫か!?

 付き合って翌日、だいも知ってる元カノの話とか、引かれたりしないか!?


「じゃあ、今度はゼロやんが作ってね?」

「お、おう!」


 よかった、大丈夫だったみたい、だな。


「あ、そうだ。次は俺がだいの家に行こうか?」

「ダメ」

「え?」

「ダメ」


 穏やかな雰囲気だったから、今度は俺が思いついたことを聞いてみたのだが、まさかの即答拒否!

 え、付き合ってるけど、俺を家に入れるのはダメなの!?


 露骨にしょんぼりした顔をしてしまったかもしれない。


「お泊りの日は、土曜日だから」

「だから?」

「ゼロやんノートパソコン持ってないでしょ」

「あ」

「うちじゃ、出来ないでしょ?」

「たしかに」


 俺は真剣な目つきで答えてくるだいに思わず笑ってしまった。

 なんというか、やっぱりだいはだいだな。

 俺はだいと付き合ったことばかり考えてしまっていたけど、そうじゃん。

 土曜は俺らの大切な場所で、大切な仲間と会う日だもんな。


 うん、土曜はうちじゃないとダメだな。


「分かった?」

「ご指摘ありがとうございました」

「ん、よろしい」


 やっぱ俺ら、根っこからゲーマーだなー。

 でも、だから出会えたんだ。


 いつまで続けられるか分からないけど、こいつとだったら、まだまだ冒険できる気がする。

 いや、もしかしたらリダと嫁キングみたいになったりも……ああだから!

 気が早いんだって俺!!!


 妄想のせいでコロコロ表情を変える俺を、だいは不思議そうに見ている。

 でもその表情も、ありのままの一つなんだろう。


 いつもは流れ作業的に食う朝飯も、恋人だいと二人で食べるとそれだけで何倍にも美味しく感じる。

 いや、だいが作ってくれた料理は、元からめちゃくちゃ美味いんだけどさ!



 朝食を食べ終え、片付けは俺がやった。

 片付けを終えて部屋に戻ると、だいがLAにログインしてたのを見た時は、ちょっと笑った。


 うん、流石だよ、お前は。



 その後15時くらいまで俺が主催する形で5人パーティのスキル上げを募集して冒険を楽しんだ。

 どこかでかけたりするわけじゃないのが、俺ららしいな。


 パーティを解散した後は、昨日のケーキを食べたりとか、ちょっと休憩してから、二人で近くのスーパーに夕食の材料を買いに行って、二日連続だいの手作りご飯を味わった。

 当たり前だけど、絶品でした。


 そして21時くらいまでまた二人でスキル上げをした後、そろそろ、ということで俺はだいを家まで送っていくことになったのである。




「ご馳走様でした」

「また作ってあげるね」

「ん、楽しみにしてるよ」


 だいの家の前に辿り着き、いつもの立ち位置自動ドアの手前で俺はだいと話していた。

 歩いていた時から繋いだままの手は、まだ離してないけど。


「じゃあ、明日からも頑張ろうな」


 だいの手を離し、ぽんぽんと頭を撫でてから、だいを見送ろうとする。

 いや、見送ろうと


 だが。


「部屋の前まで、来てくれてもいいでしょ……」

「あ……」


 頬を赤く染めただいは、ちょっと拗ねたような顔で、斜め下に視線を逃げさせながら俺の裾を掴んできた。

 やばい、可愛い……!


 しかし、そうか、ちゃんと付き合ったから、ちゃんとあの自動ドア境界線の向こうに行ってもいいのか……!


 急に恥ずかしくなって、俺は顔を赤くしてしまったかもしれない。

 お互いに照れたまま、今度は俺からだいの手を取り、自動ドアの方へ向かう。


 だいが0103俺の誕生日を押し、今度はお互いの意思でドアの向こう側で進む。


 ほんと、昨日ここを越えた時との違いがすごいな。

 昨日は好きな人片想いだったのに、今は恋人両想いか。

 あ、でも昨日もお互い好きな人だったから、昨日から両想いではあったんだけど。


 階段を上がり、3階のだいの部屋まで進む。


「あ。ちょっと待っててね」

「ん?」


 俺の手を離しただいが鍵を開け、だいが先に部屋の中に入っていく。パタパタと動く音が聞こえるが、何か取りに行ったのかな?

 

 だいは1分もかからずに戻ってきた。


「これ、あげる」

「え?」


 だいが靴を脱いだままのため、俺はだいから何かを受け取るために彼女の玄関に入る。

 後ろ側から、バタンと音を立ててドアの閉まる音がする。


 だいから手渡されたのは、黒猫が丸まって眠っている姿を模したストラップだった。

 可愛いけど、どういうこと?


「一昨日、可愛いから買ったの」

「あ、先に新宿行った時?」

「うん。付けてね」

「え、男が付けるには、可愛すぎないか?」

「ダメ」

「ええ?」

「ほら」


 見せられたのは、だいが仕事で使ってるであろう鞄だった。

 鞄のファスナーに、今俺がもらったストラップと同じ物が付いている。


「お揃いよ?」

「あー……」


 何歳だよって言葉が出てこないほどに、幸せそうな顔で笑いかけてきた顔が可愛くて、俺は思わず顔を抑えてしまう。

 そして。


「えっ!?」

「ありがと」


 ドアも閉まり、二人だけの空間になったことで俺は我慢できなくなった。

 

 だいを強く抱きしめながら、ストラップのお礼を言う。


「ちゃんと付けるよ」

「うん、付けてね」

「うん、じゃあ、おやすみ」

「あ、待ってよ」

「ん?」

「まだ……してない……」

 

 恥じらうように俺から目をそらしつつも、唇にそっと手を当てるだい。


 ああああああ!!!

 可愛いなおい!!!!!


 どこまで冷静にできたか分からない。

 おやすみのキスにしては、激しかったかもしれない。


 キスおやすみの挨拶を交わしてから、俺はそっとだいの身体を離した。


「……馬鹿」

「だいが可愛いせいだし」

「……! 今言うのは、ずるい」

「好きだし」

「……もっといたくなっちゃうじゃない……」

「だーめ。明日からまた仕事だろ?」

「……うん」

「じゃあ、おやすみな」

「うん、おやすみ……」


 とろんとした目のままのだいに、俺は出来る限りの笑顔を浮かべ、小さく手を振る。

 そして扉を開け、振り返らずに扉を閉めた。



 ああ、やばかった!!!

 なんだよあいつ、ほんと可愛すぎるだろ!!!

 危うく襲いそうだったし!!!


 だいの部屋を出た瞬間、身体が暑くてしょうがない。

 いやもう、反応しちゃってるし!


 あー、マジで幸せだ。



 昨日と同じく、だいの家から一人で歩き始める。

 でも今日歩く道のりは、充実感に満ちていた。


 7年前に出会ったオンラインの知り合いと付き合うなんて、ちょっと前の俺なら想像もできていなかった。


 でも、あのオフ会から俺の日常は変わった。


 みんなと出会って、楽しい日々が増えた。


 だいと出会って、幸せが増えた。


 ポケットの中にしまっていた猫のストラップを取り出して眺めながら俺は夜道を歩く。


 うん、明日からもまた、頑張れそうだ。





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以下作者の声です。

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お知らせ

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉をお送りしています。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 そちらと合わせて、オフ会シリーズは現在は一日2話更新という形になってます!


追記 Twitterで更新予定や更新のお知らせを忘れなければしていきます。Twitter習慣が無さ過ぎてそのうち忘れる日もありそうですが……。



 ちなみに本編は第101話より展開が変わります。

 怒涛の期末編スタートです。

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