第98話 大人ですから
7月4日日曜日、午前2時48分。
「とりあえず、ケーキ、食う?」
家に戻ってきた俺は買ってきたコンビニの袋をテーブルの上に起き、だいが所望したケーキを袋から取り出した。
歯ブラシは洗面台の方に既に置いてきたし、袋の中に残ってるのは、例の箱だけだ。
「……明日にする」
「え?」
「今は、もうそんな気分じゃない」
「あ、そうなの?」
「お風呂入りたい」
「お、おう。じゃあ、洗って沸かしてくるよ」
「うん、ありがと」
甘いものを食べたいと言ったのはだいだったはずだが、やはり女心とは変わりやすいのか。俺は買ってきたケーキを冷蔵庫にしまい浴室へと向かった。
俺一人だとシャワーばかりで基本的に浴槽につかることは少ないのだが、だいがお風呂に入りたいと言うからには出来ることはやってあげよう。
久々の出番となったブラシで浴槽というか風呂全体を念入りに洗ってから、風呂自動のボタンを久々に押して浴槽にお湯をはる。
とりあえずここまでくればあとは待つだけだ。
でもちょっとこの待ち時間も緊張するな。
てか、風呂とかも一緒に入るとか、するべきなのか!?
「あ、化粧落としてくるね」
「お、おう」
俺が部屋に戻るのと入れ違いで、リュックからメイク落としとかを取り出しただいが洗面台へ向かう。
すれ違いみたいなタイミングだが、正直ありがたい。
ってか、あいつメイク落としとかさっき買ってなかったけど……。
え、もしかして最初から泊まる気だったの!?
だいの用意のよさにちょっと驚きつつ、俺は改めて今の状況を見つめ直した。
洗面台では、だいが化粧を落としている。
もともとかなり薄いメイクだとは思うが、なんだろう、女性が
って、でもあれか。
ぴょんとかゆめとか、普通に昨日すっぴんなってたな。
うん、あれは別に生々しいとかなかったわ。
なんか、あいつらのすっぴん見たの、すげー前な気がするけど、まだたった24時間くらいしか経ってないのか。
24時間前を思い出せば、俺はだいを連れて帰り、6年前から好きな人がいると聞いてショックを受け、ぴょんに慰められてた頃だ。
そう考えると、今の状況はなんという怒涛の展開だろうか。
ちょっと前まで俺は絶賛彷徨える羊みたいだったのに、今や有頂天なんだもんな。
ほんと、人生ほど面白い物語はないな……。
「なぁ?」
「んー?」
部屋で待っていた俺はベッドの上の布団やらシーツを少し手直ししてから、あることを聞くために洗面台の方へと移動した。
もちろんそこでは、鏡を見ながらだいが化粧を落としている。
メイク落とし中でも、特に何か文句とか言われなくてよかった。
「そういえばさっき、ぴょんの言ってた通りって言ってたけど、あれどういうことだ?」
「え、今それ聞く?」
「え、ダ、ダメなの?」
「べ、べつにダメとかじゃないけど……」
「じゃあ教えてよ」
一瞬だけちらっと俺の顔に視線をやったと思ったら、再びだいは鏡の方へ視線を戻す。
なんだ、なんだったんだ?
「昨日の夜中、ぴょんから着信あったから、無視したままだと悪いと思って、昨日のお昼くらいに電話したの」
「あー、たしかに電話したって、ぴょん言ってた気もするな」
うん、俺が絶賛どん底状態だった時、俺とかだいを探すために電話したって言ってたはずだ。
あの時は俺ほんと弱ってて、ぴょんに励まされたけど……実はだいが好きな人俺でしたって、これ一生いじられるレベルのやつだよな……!
「ぴょん、言ってた」
「何を?」
「伝わってないぞ、って」
「え?」
「ほんとだった」
「いや、何がだよ?」
「ほんと鈍感」
「はぁ?」
「私は悪くないし」
「だから、何のことだよ?」
メイクを落とし終えただいがこちらへ振り返る。
だいは頬を膨らまして怒ってる雰囲気になっている。
すっぴん+頬を膨らませるにより、なんというか普段よりすごく幼く見えるだい。
ほんともう、意味もなく抱きしめたくなる。
怒ってるっぽいけど、いま抱きしめたらこいつどんな反応するのかな?
「あのさ」
俺の考えが分かるはずもなく、だいは怒ったような、少し拗ねたような声で切り出してきた。
さすがに今抱きしめにいくとか恐れ多いので、中止である。
「は、はい」
「私が6年前から好きな人がいるって言ったの、どう考えてもゼロやんのことでしょ!?」
「わ、わかるわけねーだろ!?」
「なんでよ! 馬鹿!」
「ば、馬鹿とはなんだコミュニケーション音痴のくせに!」
「いいえ! どう考えたってゼロやん以外ありえないし!」
「6年前って、俺ら会ってねーじゃん!?」
「7年前からずっと一緒にいました!」
「それは
「……私の部屋の中見たでしょ」
「え?」
み、見てたけど……え、バレてたの!?
「写真飾ってた」
「あ……」
ありましたね、俺とだいのツーショット(+にゃんこ)。
「0103」
「あ、やっぱり、そうなの……?」
あの暗証番号の意味は、やっぱり俺かーい!
「東京で働くつもりって、昔自分で言ってた」
「い、いつの話だよ……」
うん、たしかにだいに伝えたことあるね。
「いつも優しいし」
「はい?」
「すごく頼もしいし」
「そ、それは主観じゃないですかね?」
「周りに女の人がいっぱいいる」
「い、いっぱいの定義が……」
「これで私の好きな人がゼロやんじゃないって思う方がどうかしてる」
「え、えーっと……」
「ほんと、ほんと馬鹿」
ふっと笑って、だいが俺にもたれかかってくる。
あれ? 怒ってたんじゃ、ないのか。
その身体を抱き留めながら、俺は彼女の背中に腕を回す。
こうして抱きしめると、なんというか愛しくてたまらなくなる。
「どう考えたら、私に他に好きな人がいるって思えるのよ」
「え、ええと……」
「ほぼ毎日一緒にいたじゃない」
「男だと思ってたし?」
「私に友達少ないの、知ってるくせに」
「そ、そうですね……」
「馬鹿にすんなっ」
「じ、自分で言ったんだろ!?」
きっと睨むように、俺の顔を見上げるだい。
でもそれは睨むと言うより、上目遣いで見られてるに等しくて、可愛い。
「あんなにゼロやんといて、他の人といる時間なんてあるわけない」
「あー……」
たしかに、俺もこの7年、ほとんど毎日LAにログインしていた。
その期間俺はずっとだいと一緒なわけで。
働き出して、同僚と飲みに行ったりすることはあったけど、仕事以外の時間の割合で言えば、LAやってる時間が圧倒的だ。
その時間の大部分をだいと共有してる。
言われてみると、分からない話ではないような、そんな気にさえなってきた。
「でもさ、俺ら会ったことなかったんだぜ?」
「会ったことはなくても、好きになるくらい素敵な人だった」
「もし俺が嘘だらけの人だったらどうしたの?」
「あれが全部嘘だとしたら、私はもう一生人を信じられなくなってたわね」
「おーう……」
「でも、嘘かどうかくらいわかる」
「な、なんで?」
「わかるわよ。私がダメなときは、怒ってくれたし。厳しさもあったから、余計に優しさが伝わったもの」
「そ、そうなんだ」
嬉しそうというか、幸せそうというか、俺に抱きしめられたまま、こちらを見上げてくるだいはいい顔をしていた。
私の見る目は正しかったとか、そんなこと思ってそうな顔だ。
「むしろ、嘘ついてたのは私の方よね」
「え?」
「ずっと、「俺」って言ってたんだし」
「そ、そうじゃん! 俺それで男だと思ってたんだし」
「うん、そうよね」
「なんで、男のフリしてたの?」
「だって、私のこと男だと思ってたでしょ?」
「ん?」
どういうことだ? 俺は〈Daikon〉が「俺」っていうから男と思ってたわけで……あ、いや、違うな。〈Daikon〉が男キャラだから、男って先に思い込んでた?
あれ、どうだったんだっけ?
「私が「俺」って言い出す前から、明らかに私を男だと思ってること言ってきたし」
「え!? そ、そうだっけ?」
「スーツの話とか、ネクタイの話とかもあったし、意外とトイレ長いんだなとかも言われた」
「あ、あー……あはは」
俺としてはもう覚えてないが、だいは記憶力がいい。
うん、言ったんだろうな!
「でも、もし私を男だと思ってるから気軽に話してくれてるのかなって思ったら、女ですって、言い出しづらかったし」
「べ、別に言ってくれてもよかったのに……」
いや、そう言われてたら、ちょっと距離置いてたかも。
特にフレンドなりたての頃だと、かも、じゃなく距離置いてただろうな。
「私は初めてのフレンドで、嬉しかったから、いなくなってほしくなかったから……勘違いでも、一緒にいてくれるならいいやって思ったの!」
「そ、そうだったんだ」
「そうよ!」
「あ、ありがとな」
「もっと褒めなさいよ!」
「ええ!? ええと、偉いな、ありがとなー」
「……ふふん」
なにこいつ。褒めろとか、そんなこと言うの?
ちょっと何言ってるかわかんない理屈だけど、でも。
頭撫でたらめっちゃ嬉しそうだし……もうだめだ。可愛すぎる。
「でも、7年前じゃなくて、6年前っていうのは、さっきも話した森林攻略の時が、決め手だったから」
「え?」
「私が凹んで、ギルド抜けたいって言った時、本気で止めてくれて」
「うん」
「私の足りない部分、補ってくれるって言われた」
「い、言ったね」
「あれはずるい」
「えー?」
「好きになる」
「そ、そっか」
「好き!」
「わ、わかったって」
怒ってんのか喜んでのかお前どっちだよ、とか言いたいけど、言えない。
ていうかちょっともう、その可愛い顔でこっち見んな。
照れる。照れて爆発する。
リア充すぎて爆発しちゃうって!
「ぴょんに電話したとき、相談したの。私、好きってこと伝えちゃったって」
「え?」
「でも、何も言ってもらえなかったって話した」
「あ、あー……」
「そしたらぴょん、「伝わってないと思うぞ」って言ってた」
「お、仰る通りです」
「信じられないって思ったけど」
「す、すみません……」
「ほんとだったし」
「返す言葉もございません……」
「だから、ちゃんと伝えたくて、会いに来たの」
「……ありがとな」
「ううん。ゼロやんは優しいから、誰にでも優しいから、そこが好きなんだけど、不安だった」
「え?」
「亜衣菜さん可愛いし、ゆめとかゆっきーにも優しいし」
「あー……」
「嫉妬する自分に嫌気が差すくらい、やきもきしてた」
「そっか」
「そうよ」
「好きだよ」
「っ!?」
嬉しそうになったり、不安そうになったり、コロコロ変わる表情は見ていて楽しかった。
だいの言葉が俺に届けられる度に、俺の好きも増していった。
だから、俺はもう抑えられなかった。
「好きだよ」って言って、そのままだいに、キスをした。
たぶん、けっこう長い。
大人のやつ。
すぐそばからお風呂が沸いたことを示すあのメロディーが流れる。
だがそんなことおかまいなしに、俺はだいとの愛を、確かめ合っていた。
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以下
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本編とSide Storiesを別の章としてUPしていくと、更新の度にSide Storiesの最新が位置的に最新ではなく、非常に読みづらくなることに気づきましたので、別作品として展開していくことにしました。
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