第79話 オフ会の終わり

「おー、ゆっきー料理うまいなー」

「お味噌汁おいし~」

「こんなものしか作れませんが、お口にあったならよかったです」

「いやいや、こんな朝食とかめっちゃ嬉しいよ!」

「そ、そうですか。嬉しいです」


 ゆきむらが作ってくれた朝ごはんを4人で囲む。

 食器とかは足りなかったはずだが、どうやら駅前の24時間スーパーで紙皿とか紙コップを買ってきてくれたようで、俺だけ茶碗と汁椀で、他の3人は紙皿にご飯を盛って、紙コップに味噌汁をいれるというなんともまぁシュールな食卓だ。

 おかずには卵焼きと野菜炒め。濃すぎない味付けが、寝起きの胃にはありがたい。


 みんなに褒められたゆきむらは、少しだけ嬉しそうな顔をしている。

 うん、だんだんとこいつの表情読めるようになってきたぞ。


 ゆきむらが「ご飯ができました」と起こしてきた時、ゆめがわざとらしく抱き着いてくるというひと悶着はあったが、さすがに教師をやってるだけあり、ぴょんもゆめも寝起きは悪くなかった。

 そうしてふざけもそこそこにゆきむらにお礼を言って、俺らは揃って「いただきます」をしたのである。


「いいなぁ、俺朝はパンが多いけど、やっぱご飯と味噌汁はいいなぁ」

 

 ちょっと寝たことで俺も元気が復活したのか、昨夜落ち込んだ気持ちとか、疲れとか、そういうのは明らかに減っていた。

 自然と表情も柔らかくなっているはず、なのだが。


「な、なんだよ?」


 じろじろというか、ニヤニヤした表情でぴょんとゆめが俺の顔を見てくる。


「いやー、相変わらずなー」

「ゆっきーも天然だけど、ゼロやんもだよね~」

「な、何がだよ!?」

「人たらし~」

「すけこましー」

「はぁ!?」

「むむ?」


 きょとんとしたゆきむらをよそに、二人の言葉に俺は少し声を荒げる。

 俺の反応に満足したのか、今度は二人して笑ってから食事に戻るのだから性質たちが悪い。


 なんだよ朝から意味わかんねーよ!


「でもみんなで朝ごはんなんて不思議だね~」

「そうなー。まさかこんな長丁場のオフ会なるとは思わなかったぜー」

「すみません、私が終電を逃したばかりに」

「ううん~、わたしは逃すつもりだったから気にしなくていいよ~」

「え、そうなんですか?」

「えへへ~」

「相変わらずゆめはあざといなー」

「それほどでも~」

「……誉め言葉なのか、それ?」


 俺自身昨日の今日でこの状況は全く考えていなかった。

 ほんと、何があるか分からないな、人生ってのは。


 スマホで時間を確認すると、まだ午前8時くらい。

 まぁ普段の土曜でももう目を覚ましている時間ではあるが、いつもの朝なら当たり前のように一人のはずが、今は3人が一緒にいる。

 朝起きて誰かがいるってのもいいもんだなとか、ちょっとそんなことも思ってしまう。


 って、ん? なんか通知きてるな。


 時間だけを確認しようと思ったのだが、Talkに誰かから連絡がきていた。

 えっと、あ……。


里見菜月『おはようございます。昨夜は色々、ごめんなさい。なんであんな話をしちゃったのか、自分でも分からないけれど……夢じゃないのよね。でも、あの話は、嘘じゃないから』

里見菜月『それと、送ってくれてありがとう。抱えられたの、なんとなく覚えてる。思ったより頼もしいのね』


 うっわ、とか、追い打ちかよ……!

 他に好きな人いるならもっと突き放してくれてもいいのに……。

 あーもう、ずるいだろこれ!

 それなのに「頼もしい」とか、そんなの言われたら、嬉しくなるじゃねーか……!


「おいおいゼロやん、食事中にスマホいじんなー」

「しかもなんか変な顔してるよ~?」

「やっぱり、お口に合いませんでしたか?」

「ああいや! そんなことない! めっちゃうまいよ!」


 3人のツッコミを受けて俺は慌てて食事に戻る。

 うん、ぴょんの言う通りだ、食事中にスマホいじんなって、いつも生徒に言ってることだしな!


 とりあえずだいには後で返信しよう。

 うん、どうせだいとは来週からまた会うんだ。

 なるべく普通に、普通にしないとな。


「ゆ、ゆきむらは普段から料理すんのか?」

「作りますよ。うちは父が仕事の都合で海外支社務めで、母もそれについて行っているので、私が妹の食事を作ってますから」

「え!? じゃあ昨日の夜平気だったのか?」

「妹ももう高3ですので、平気ですよ?」

「おーおー、相変らずゼロやんはやさしいなー」


 そうか、ゆきむらはお姉ちゃんなのか。最年少だからなんか妹も小さいとか思っちゃったけど、そりゃゆきむらも今年で23って話だし、妹もそのくらいの年齢でおかしくないよな。


「いやー、綺麗で料理もできて、ゆきむらはライバルとしてレベル高いなー」

「むむ、わたしは~?」

「やっぱ胃袋掴める奴が強敵だなー」

「わ、わたしも料理やろうかな……」

「けっこう楽しいですよ?」

「ま、作ってもらえる環境にいるとやんねーよなー」

「そうだなぁ……」


 ぴょんも一人暮らしだから料理はするのだろうが、やはり実家暮らしだとな、親が作ってくれたら、そりゃ作る機会ないよな。

 俺も実家にいた18年は料理なんか調理実習以外でしたことなかったし、そんなもんだろ。


「ごちそーさまでした!」

「片付けくらいやるよ~」

「おー、働け働けー」

「洗い物くらいしますよ?」

「いんだよー、働かざる者食うべからずだからなー」

「むしろ社会人じゃないのは私ですが……」


 相変わらずゆきむらは天然で。

 

 朝ごはんを食べて終えた俺たちは、洗濯物が乾くまでその後も他愛もない会話を続けた。


 そして洗濯物が乾いた午前11時頃。昨日会った時に着ていた恰好に戻ったみんなを見送るために、俺たちは4人揃って我が家を出発したのだった。




「なげーオフ会だったなー」

「それは俺のセリフだからな?」

「でも、楽しかったね~」

「はい、皆さんに会えてよかったです」


 もうすでに慣れ切ったぴょんのボケにツッコミつつ、俺たちは並んで歩く。

 さすがに素面しらふの明るい時間では気を遣ってか、ぴょんもゆめもくっついてくることはない。

 うん、さすがにこのへんの常識はあってよかった。


 そういや家から駅までを誰かと歩くのは初めてだな。

 なんていうか、やっと終わるけど、もういなくなっちゃうのか。

 女々しいけど、なんかちょっとだけ寂しい。


「今日は活動日かー。あたしいなかったら察してくれよ?」

「え~、ダメだよ。リダにハッピーバースデー言わないと~」

「あ、そっか! あぶね、忘れてた!」

「でも、あれですね」

「ん?」

「オフ会後の方が、LAゲームが楽しみになりました」


 ゆきむらの言葉に、全員が笑う。

 たしかに、言われてみればその通り。

 第1回のオフ会でだい、ぴょん、ゆめと会って、オンラインでの関わり方が変わった。面倒だなと思うこともそりゃ増えたが、なんというか素で付き合えるというか、気を遣わないで話せるようになった気もする。


「次いつ集まろっか~?」

「おいおい、気がはえーな……」

「うっせーな、お前は毎週だいに会えるからって、もっとあたしらにもかまえよ!」

お前ぴょん何歳だよ……」

「私もかまってほしいです」

「ゆきむら、そういうのは言葉の意味を分かった上で言うんだよ?」

「むむ?」

「ゆっきーには優しいなぁゼロやんは~」

「ロリコン!」

「おい、街中でそういうこと言うな!」


 そしてまた俺らは笑い合う。

 あー、やっぱこいつら楽しいな。

 たしかにだいとは土曜に……いや、水曜も会えるけど、みんなとは予定組まないとなかなか会えないもんな。

 次回か、次回はいつだろうなぁ。


「ゼロやんたちの大会、月末だっけ?」

「ん? ああ、そうだよ。7月最後の土日」

「じゃあ応援オフだな!」

「え?」

「炎天下か~、でも二人のためなら行くよ~」

「私も行きます」

「おいおい、生徒じゃなくて顧問の応援ってなんだそれ」

「いいじゃん、ユニフォーム姿の二人見たいしー」

「そうだそうだ~」


 あ、そうか、普段は練習着だけど、試合となったらだいもユニフォームか……。

 おおう、ちょっと楽しみ。


「おい、エロい顔してるぞ」

「ひわ~い」

「どうせまたおっぱいのこと考えてたんだろー?」

「またってなんだまたって!」


 やっぱぴょんってエスパーなの!? こわ!!


「じゃ、次回は今月末ってことで!」

「きっまり~」

「予定にいれておきますね」

「ああもう、好きにしてくれ……」


 場当たり的に決まる次回の予定。

 でも、俺ららしいったら俺ららしいか。


「ゆっきーは、来週の試験がんばれよー」

「はい、ぴょんさんの後輩になれるように頑張ります」

「ぴょんの後輩はやめたほうがよさそ~」

「ゆーめー!?」

「お前らほんと仲良いな」


 人通りも増えてきた商店街を抜けて、改札を通る3人を見送る。

 生まれも育ちも性格も違う3人が、揃って俺に手を振ってくる。


「じゃーなー!」

「またね~」

「ありがとうございました」

「おう、また夜にLAで


 3人に向かって、俺も手を振り返す。

 ゆめが何回か振り返り手を振って、ゆきむらもその度に振り返ってお辞儀していたのが、らしくて笑えた。

 

 そして3人の姿が見えなくなってから、俺は再び帰路に着く。


 あー疲れた。

 でも、楽しかった。

 今回も色々あったけど、やっぱりオフ会はいいものだ。


 その確かな思いを胸に、俺は我が安息の地へ、誰も待たない安息の地みんなが帰った我が家へ戻るのだった。

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