第78話 こんな朝も悪くない

「じゃ……け……ん」

 

 俺の耳に、ぼんやりと音が響く。


 誰だ?

 てか、俺寝てたのか……?

 今何時……?


 寝ぼけた頭が動かないので、とりあえず気合をいれて目を開ける。


「あ、起きちゃった~」

「なんだよー、あと1分寝てろよー」

「……あ?」


 目を開けて上体を起こすと、部屋の真ん中で3人が立っていた。

 食事用のテーブルの上にはビニール袋が置いてあり、俺はようやく動き出した頭で状況を思い出していた。


 そうか、朝飯買いにいくって言ってたしな。


「何してたんだ?」


 目をこすりながら俺は3人に尋ねる。


「目覚めのキスじゃんけんだよ~」

「ゼロさんが寝ていたので、誰が起こすかと決めていました」

「もうちょっと寝てたらいい思いできたのにー、もったいないやつめ」

「……寝起きでツッコミはきつい」


 いやでも起きてよかった。目覚めのキスとか、俺はお姫様かよ。

 キス、キスね……それならだいがいいなぁ……って!


「朝からやめい!!」

「何顔赤くしてんだよー」

「え~、じゃあ全員する?」

「ゆめさんそれではじゃんけんの意味が」

「ゆっきーは面白いなぁ~」

「むむ?」


 変な単語からだいのキス顔を妄想してしまった俺は、一気に覚醒した。

 ああ、くそ、顔赤くなってのか、あーもう!

 

「ま、ゼロやん起きたみたいだし、朝飯でもつくろーぜ」

「手伝います」

「わたしは洗濯物干すね~」

「ゼロやんはまだ寝てていいぞー?」

「え?」

「お疲れでしょ~、泊めてもらったお礼もあるし、休んでてね~」

「お、おう」

「ぴょんさんも、休まれては?」

「あ、そうじゃん。あたしも寝てないじゃん」

「気づいてなかったの~?」

「じゃ、ゼロやん一緒に寝ようぜ!」

「お、おい!?」


 ベッドの上で身体を起こしていた俺を再び横にするように、ぴょんがベッドへと飛び掛かってくる。

 そのまま俺の首に腕を当てたぴょんの勢いに押され、俺は再度ベッドに寝ころぶ形になる。

 というか、押し倒された、だな!


 真横にうつぶせになっているぴょん。

 まさかこのベッドで最初に一緒に寝るのがぴょんとか予想外すぎたが、身体は正直なようで、横になると再び睡魔が襲いかかってきた。

 ゆめとゆきむらが洗濯物干したりご飯作ってくれるっていうし、ああもう、甘えてしまうか……。

 あ、ってそういう意味じゃないからな……!


 なんとなく、目をつぶる直前、ゆめとゆきむらが優しく微笑んでいたような、そんな気がした。




 ……ん? 腕が重い。

 なんだ?


 どれくらい眠ってしまったのか分からないが、再び俺は目を覚ます。

 さっきよりはすっきりしたような、そんな気分。

 だからこそ自分の腕にかかる違和感にもすぐに気づいた。

 自分の右側を見れば……。


 なんて顔してんだよ……!


 そこには、俺の腕を枕にして、穏やかな寝顔を浮かべるぴょん。

 普段の活発な様子とか、今日の未明に見せた真剣な顔つきからは想像もつかない、こんなことを言うのも何だが、想像以上に寝顔だった。

 すっぴんだとしても、肌はきめ細かく見えるし、Tシャツの内側に見えてしまった、小麦色に焼けていない白い肌とのギャップが、予期せぬ興奮を俺に与えてくる。


 普段からのギャップに、寝起きなのにいきなり自分の顔が赤くなりそうで、俺は慌ててぴょんから視線を離し反対側へと向き直った。


 が!


「えっ!?」


 ぴょんのせいで気づいていなかったが、たしかに俺の左腕ものは事実。

 俺の左側は壁になっていて、シングルベッドにはあまりスペースもなかったのだが、その狭いスペースにぴたっと収まるように眠るゆめ。

 その姿はまるで子犬のように可愛らしく、穏やかな表情を浮かべて眠っている。

 ぴょん同様Tシャツの内側に見える谷間の柔らかそうなことったらこの上なく……これはこれで反応を示しそうで……。


 やめろ俺! 静まり給え!!


 両腕を枕にされるとか、当たり前だが生まれて初めて。

 この二人には何回も抱き着かれてきてはいるが、今の緊張感はその比じゃない。

 しかも場所が自分の家のベッドだぜ?

 

 なんというか、背徳感がすさまじい。

 まるで二人をした朝のような……ああもう! 想像すんな俺!!


 耳をすませばキッチンの方から独特な鼻歌と、何かを炒めるような音も聞こえてくる。

 最年少学生のゆきむらだけが起きてて、年長者社会人が寝てるって、さすがにどうなんだ……?


 そう思って身体を起こそうと思ったのだが。


 左右で穏やかな表情をする二人を目にしてしまうと。


 ……起こしていいものだろうか。


 特にぴょんは俺と同じで完徹だったのだ。色々借りもできたし……なんとなく、起こすのは悪い気もする。


 ええい、ままよ!

 意を決して俺は再び目を閉じる。


 だがやはり緊張感になかなか寝付けない……などということはなく。



 朝ごはんが出来たとゆきむらが躊躇なく俺らを起こすまで、俺は再び眠りへといざなわれたのだった。

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