第77話 誰かといると安心するのは、人の弱さでしょうか?

「いいお湯でした~」

「さっぱりして気持ちいいです。ありがとうございました」

「おう、そりゃよかったぜー」

「ここ俺んちな!?」


 ゆきむらもドライヤーを終え、俺たちは今俺の部屋に揃っている。

 女性陣3人がベッドに並んで座り、俺はPCデスクの椅子に腰かけている状態だ。

 さすがにあの恰好はアウトだったので、ゆめにはTシャツと短パンを貸し、ゆきむらにはTシャツとチノパンを履かせた。

 でもなんというか、自分の服を女の子が着てるって状況はちょっといい。

 特にゆめなんか、普段はラフな恰好を見ていないので、ギャップがある。

 うん、可愛い。


「で、お前らいつ帰んの?」

「え~、恰好じゃ帰れないよ~」

「……確信犯だよな?」

「てへっ」

「最年長のくせにかわい子ぶんな!」

「おい、全てのアラサーに謝れ!」


 朝からハイテンションにツッコミをさせられる側の気持ちになってほしい。

 ちなみにゆめが言った「濡れた恰好」というのは、全員――俺は除く――がシャワーに入ったことで、ええい洗ってしまえとぴょんがし始めてしまったことにある。

 今まさに絶賛ごうんごうん、と洗濯機が回っている音がしているのだ。

 今日は天気がいいから、外に干せば昼までには乾くだろうが……サイズもタイプの違う女物の服と、同じく傾向が違う女性用下着を何着も干すのは、ご近所さんから何か思われないか、ちょっと不安だ。


「でもぴょんのおかげだよね~、ありがと~」

「お揃いの下着ですね」

「ま、こんなこともあろうかとねー」

「見せなくていい!」


 ぴょんの奴がコンビニで下着買ってたのは気づいてたけど、まさか全員分買ってたとか先が見えすぎてて怖いわ!

 え、まさかこれがだいの言っていた、気遣いってやつなの……!?

 そしてゆきむら! Tシャツまくんな! 恥じらえ!


「ところで」

「ん?」


 朝からふざけ倒す二人と異なり、変わらないテンションのゆきむらが話を切り出そうとする。

 昨日の切れ味鋭い天然を思い出し、俺は少しだけ警戒した。


「私とゆめさんが起きた時ゼロさんはいらっしゃいませんでしたが、どこに行かれてたんですか?」

「え?」

「それと、だいさんはどちらに?」


 話をしっているぴょんはもちろんニヤついているし、ゆめも何となく想像がついているような顔をしている。

 この二人は俺たちの家が近いこと知ってるしな。

 となると何も知らないのはゆきむらだけ、ってことになるんだが、まぁ普通に言っても問題はない、よな。


「あー、だいの家ってうちからけっこう近くてさ、自分ちで寝るって言うから、送ってきたんだよ」


 寝るとは言ってなかったが、家から近いの嘘じゃないし、送ってきたのも、嘘ではない。

 うん、過半数が合ってるからこれは嘘じゃない。

 あ、こんなこと生徒には教えないからな! 名誉を守るためだからな!

 なんたって俺は倫理教師なのだから!


「だいさんの家、近いんですか」

「すごいよね~、ほんと奇跡~」

「じゃあなんでだいさんは最初から帰らなかったのでしょうか……」

「え?」

「そりゃゆっきー、だいがさー」


 そこでなぜか不自然に言葉を切り、ぴょんが俺を一瞥する。

 おい待て、何を言うんだ!?


「寂しがり屋だからだろー」


 一瞬焦った俺だったが、ぴょんの言葉に露骨に安心した顔をすると、ぴょんはまたムカつくくらいにニヤニヤしていた。

 

 ああもうこいつは……って、俺も何を言われると思って焦ったんだ?

 ……だいの名前に反応しすぎだろ俺!!


「だいさんは寂しがり屋さんなんですか」

「ああ見えて可愛いとこあるからなー」

「たしかにだいさんは可愛いですね」

「ぴょんが言ってるのは中身のことだよ~? たしかに可愛くて美人だけどさ~」

「あ、そうなんですか」

「それだけあたしらと会えて嬉しかったんだろうよ」

「そう思って頂けたなら、嬉しいです」


 俺をさしおいて3人の会話が進む。

 色々焦ったが、ぴょんがうまく会話をリードしてくれてるのは、俺でもわかった。


 安心したせいか、急に色々疲れを感じる俺。

 俺もそろそろシャワー浴びて着替えたいな……。


「じゃ、あたしら3人で朝飯でも買ってくるから、その間にゼロやんはシャワーでも浴びて、すっきりしとけよ」

「え?」

でスッキリしててもいいけどなー」

「しねぇよ!?」

「どういう意味ですか?」

「ゆっきーにはまだ早いかー」

「朝からおっさんノリ全開だね~」


 エスパーかよ! とツッコむ間もなく、ゆめとゆきむらを立たせるぴょん。

 いや、でもこの提案はありがたい。

 俺の匂いうんたらを聞かされたせいで、ずっと着続けてる服が臭ってるんじゃないかと不安なってきてたしな。

 俺、今日はぴょんには借りできてばっかだなー。

 ほんと、いい奴だ。


「サンダル借りるぞー」

「おーう」

「ぴょんがぼがぼじゃ~ん」

「ゼロやん足でけーなー」


 玄関から聞こえる会話が徐々に小さくなり、ぴょんたちがうちを後にする。

 みんながいなくなり、部屋に一人残された俺。

これが普段は当たり前なのに、静けさを取り戻した我が家に俺は違和感を覚えてしまった。

 残されたのは、なんとなくいい匂いがするような気分だけ。

 

 べ、別に一人ぼっちが寂しいとか思ってるわけじゃないからな!


 あー、疲れた。とりあえずシャワー浴びよ。

 

 浴室に行き、ちょっと熱めの温度でシャワーを浴びる。

 夏とはいえ、疲れた身体に熱いシャワーが心地いい。


 だいの部屋での会話を思い出しつつ、俺は昨日から続いた疲れととか、汚れとか、自分の弱さとか、情けなさとか、そういうの全部まとめて、洗い流すのだ。

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