第69話 帰るまでがオフ会だと思ってました

「おまたせ~」


 今度は着替えるだけだったからか、10分も待たずにみんなが戻ってきた。

 だがなんか、ちょっとだけゆきむらの様子がおかしい。


「ゆきむら、どうかしたのか?」

「あ、いえ、その、ちょっと困った事態になりまして」

「ん? どういうこと?」


 ゆきむらとは対照的に、ぴょんとゆめは何だか悪戯を思いついたような、嫌な予感をさせる笑み。

 だいは……あ、なんかため息ついた。


「我々公務員はー」

「全体の奉仕者ほうししゃでありま~す」

「いや、何の話だよ?」

「ゆっきー、正直に言ってあげて~」


 なんだなんだ? 意味がわからん。

 全体の奉仕者は憲法第15条のフレーズだが……なんで今それを言う?

 しかも色々ズバズバ言ってたゆきむらが言いにくそうにしてるのは、なんでだ?


「ひ、非常に申し訳ないのですが……」

「うん」

「今夜泊めていただけませんか?」

「はい?」

「おお、ゆっきー大胆だな!」

「いや待て! 理由! 理由がない!」


 なんだいきなり今夜泊めてって!

 え、何!? 争奪戦意識しすぎてぶっ壊れたか!?


「あ、ええとですね」

「うん」

「お恥ずかしながら……終電を……逃してしまいました」

「……え?」

「あ、いえ、正確に言えば0時29分の電車に乗れば帰れるとは思うのですが……」

「0時29分……」


 時計を見ると、今は0時23分。

 ダッシュすれば間に合うかもしれないが、俺らがいるカラオケ店はビルの7階だったし、エレベーターにすぐ乗れなければ、間に合わないだろう。

 今から急がせるには、ちょっと厳しい。


 たしかにコスプレ大会は知らぬ間に時間を経過させていた。結果発表が終わって写真を撮るときに時間を見たとき、たしかに0時を回ってたような……。


 あぁ、大人として言ってあげればよかった……!


「このままゆきむらを一人でどっかに泊めるのも可哀想だしなー」

「誰か助けてあげてくれないかな~」

「どっかに優しい公務員はいないかなー」


 こ、こいつら……!

 ゆきむらはほんとにうっかりだろうけど、人の不幸で楽しんでやがる……!


「ゆ、ゆめとかぴょんは、終電は?」

「あたしは最年長としてゆきむらの無事を見届ける義務がある!」

「わたしもうないよ~」

「お前もないのかよ!」


 ゆきむらの肩を抱くぴょんがふざけてるのはいつも通りだとして、ゆめなんかこれ、確信犯だろ!!


「ゼロさん、一晩だけ泊めていただけませんか?」

「ゼロやんちでオフ会続行だー!」

「お~!」

「はぁ!?」


 待て待て待て!!

 なんでだ!? なんでそうなる!?

 さっきの口ぶり的に、ぴょんはまだ帰れそうだったよな!?


「ぴょんちは?」

「町田とか遠いとこまでつれてけねーだろ」

「いや、俺男なんだけど!?」

「だから?」

「それがどうかしたの~?」

「男の家の方が危ないってか? おいおい、狼気取りかよー」

「ゼロさんはヒュームでは?」

「いいかゆっきー、男はみんな皮かぶってんだよ」

「せめて羊のってつけろ!!」

「え~、ゼロやんかぶってるの~?」

「深掘りすんな!!」

「というか、自分で皮かぶりって自己申告すんのかよ。変態!」

「ああもううるせえ!」


 ああもう、何なのこいつら。

 思考回路どうなってんの?

 カラオケ来てからあんまり酒のんでねーし、顔色的にもうほぼ素面しらふだよな!?


「黙って泊めてやれよー」

「いや、マジ、お前らの倫理観ぶっ壊れてんの……?」

「おお、倫理の先生っぽいです……」

「いや、ゆきむら今それは関係ない!」


 何こいつら、倫理観ぶっ壊れ女と天然しかいないの!?

 助けてだいさん!!

 

 俺がだいに助けを請うように視線を送ると、だいはため息をついて、小さく俺に首を振った。

 え、それどういう意味!?


「だ、だいの家は? うちと同じで近いじゃん!」

「用意もしてないのに、人を招くのはちょっと」

「いや、それ俺も同じなんだけど!?」

「お前いきなり女性の家は行けないだろー。非常識かよ」

お前ぴょんが言うなあああああ!!!」


 おいおいおいおい、え? いきなり女性3人も家にあげるの!?

 え、大丈夫だっけ!? 変なものとか……ない、よな……!?


「ま、家で女待ってるとかなら行かないけどー」

「いねぇよ!!」

「え、ゴミ屋敷とかじゃないよね~?」

「ちげぇし!」

「エロ本くらいあっても平気だぞー」

「ねぇよ!?」

「ブラウザの履歴もみないからさ~」

「やめろ!!」

「ゴミ箱から変な臭いするのはやだなー」

「しません!!」

「あ、でも元カノとの思い出とか残されてたらちょっと~」

「ありません!!」


 はぁはぁはぁ……。

 怒涛のツッコミに俺は息を切らす。

 マジで、こいつら、ほんとに教師なのか!?


「ゼロさん」

「何!?」


 今度はゆきむらか!

 何だ天然、言ってみろ!


「私が行くのは、ご迷惑ですか?」


 やかましいのぴょんとゆめとは対照的に、ちょっと困り顔になっている――気がする――ぽーっとした表情で、首をかしげながらお願いしてくるゆきむら。

 その顔を見た瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、先ほど心奪われた、ゆきむらの喜びを伝えてきた笑顔。


 あー、くそ。そんな顔すんなよ……断れねーだろうが……。



 結局、ゆきむらのお願いに負けるという形で、俺たちは新宿を離れ、5人揃って高円寺へと向かうことになったのは、言うまでもない。

 

 というか、だいも来るのかよ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る