第70話 領域侵犯第1・2・3・4号

 午前1時前、俺たちを乗せた各駅停車が高円寺に到着した。

 こんな時間に女性4人と一緒に、住んでる街を歩くとか、何この状況!?


「おいゼロやん、コンビニ寄ろうぜ」

「は?」

「オフ会の続きだし、適当に酒買うぞー」

「まだ飲むの……?」

「ぴょんは元気だね~」

「元気が取り得だからな!」


 おそらく高円寺初上陸であろうゆきむらはしきりに周囲を伺っている。

 大丈夫だよ、何も出てこないよ。

 というかこの時間歩いてる人なんて、酔っ払いくらいだぞー。


 各々がコンビニで欲しいものを購入し、俺の家へ向かう。

 あー、なんか緊張してきたな……この家に住んでもう5年目だけど、女の人が入るなんて初めてじゃん!


 ていうか、ぴょんとか普通に下着とか化粧落としとか買ってたけど、それ、持って帰るんだよな!?

 みんなが帰ったあと、置いていかれたら、なんかちょっと、生々しくてどうするか困るやつだろ……!


「静かなとこだね~」

「新宿と比べたら、どこも静かだろー」

「ちょっとしか離れてないのに、こんなに違うんですね」


 杉並区民以外が各々の感想を言い合っているが、夜の住宅街なんてだいたいこんなもんだろう。

 夜の静けさの中、街灯の灯りがやたらと明るく感じられる道を5人で進む。

 

 ああ、もうすぐ着いてしまうな……!


「玄関でちょっと待ったりした方がいいか?」

「別に、何もないから大丈夫だよ」

「おー、さすがイケメン。お持ち帰りの準備はいつでもできてるってわけねー」

「ちげーし!?」

「4名様お持ち帰り~」

「お持ち帰られました」

「たぶん、ゆっきーが思ってる意味と違うと思うわよ……」


 だいの苦笑いに、ツッコミが俺だけではないことに少しだけほっとする。

 俺一人だとぴょんとゆめで精一杯だからな、ゆきむらはだいに任せたい……って、あれ、今さらだけど。


「だいも、うちくるのか?」

「わ、私だけ仲間外れにする気?」

「あ、いやそういうわけじゃないんだけど」


 仲間外れて、JKかよこいつ。

 家近いんだから、帰ったほうが色々楽だと思うんだが……まぁ名残惜しい気持ちは、分からなくはないけど。

 すぐ近くにまだみんなが残ってるのに、自分だけ帰るとかね、なんか寂しんだろうね。


 まぁ、もしみんながだいの家に行くって場合なら、俺は間違いなく一人でも家帰ったけどね! 女ばかりの女性の家に行くとか、俺には無理!!

 

 とまぁたかだが10分ほどの距離なので、そんなこんな話したり考えてる間に、ついに俺は自身の安息の地に戻ってきた。

 しかし、これからしばしここは戦場と化すのだろう……。


 覚悟決めろ、俺!

 あ、変な意味の覚悟じゃないからね。あしからず。

 

「ここだよ。ここの203号室」

「おー、普通だな!」

「そだね~、普通だ~」

「お前らどんなのイメージしてたんだよ……?」


 俺が先頭で階段を上がり、部屋の扉を開く。

 こいつらがどんなイメージしてたか分からないが、俺が住んでるのはいたって普通の1K。

 玄関入ったらすぐキッチンで、キッチンの反対側には風呂、洗濯機、洗面台、トイレがある。奥にあるワンルームは8畳で、備え付けのクローゼット、シングルベッド、テレビ、PCと専用の机、食事用の正方形の机、本棚があるくらいだ。

 な。普通過ぎるくらいだろ?


「なんもないけど、適当に入ってくれ」

「おっじゃましまーす」


 ああ、ついに我が家に女性が入ってきた! 

まさか我が家に来る女性第1号がギルドメンバーとはな……しかも一気に第4号までカウントか。

 人生何があるかわかんねーなー。


「あ~、なんかゼロやんの匂いがする~」

「そうね」

「私、男性の家に来るの初めてです」


 え、なんだ俺の匂いって? え、俺って匂うの!? え、まだ加齢臭とかには早くない!?

 思わず自分の匂いを確認してしまう俺。

 しかしゆきむらよ、初めてが俺の家なんかでいいのか、ほんとに?


「荷物とか、てきとーに置いてくれ」

「あ、手伝うぞー」

「ああ、さんきゅ」


 みんなをワンルームの方に入れてから、俺が買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れたりしていると、ぴょんが俺の方を手伝いに来てくれた。

 おお、こいつ意外と家庭的、なのか?

 ちょっと驚きだ。


「皿とかコップとか、あるもん出していいか?」

「おう、そこらへん適当に開けたらなんかしら入ってるぞ」

「りょーかい」


 うちのキッチン収納を適当に開けたりしながら、ぴょんが必要なものを出していく。

 こういう姿見ると、なんというか給食指導もしてる義務教育の先生なんだなー、というのが分かるな。

 うん、ちょっとぴょんを見直した。


「ベッドもゼロやんの匂いだ~」

「おいおい、いきなり寝ころぶかね……」

「だいも来る~?」

「い、いかないわよ!」

「じゃあゆっきーおいで~」

「では、お言葉に甘えて」


 会話だけはなんとなく聞こえていたが、俺が部屋の中へ適当に飲み物を持って移動すると、すでにベッドで横になっているゆめとゆきむらの姿が目に入る。

 ああ、うちのベッドで横になった女性第一号はゆめなのね。

 第二号のゆきむらも控えめに横になってるし。


 人の家んちとかいくと、こういうとこ、性格がでるよなー。


 というかだいさんは、しれっと拒否してましたね……。


 いや、別にショックとかじゃないけどさ!


「若いもんはお疲れかー?」

「わたしはちょっと、眠くなってきてるよ~」

「私も、この匂いかいだら、なんだか安心して眠くなってきました……」


 うとうと顔のゆめとゆきむらを眺めるアラサー25歳以上3人組。

 つか、俺の匂いで安心するってどういうことだいゆきむらよ!


「まぁ、今日仕事終わり集合だったわけだしな、おこちゃまたちはお疲れかー」

「そうみたいね」

「なんだかんだ1週間働いた後だしな。疲れ気づいちまったら一瞬だろ」

「じゃー、チームアダルトで飲み直そうぜー」


 ゆきむらが仕事だったかどうか知らないけどな。

 しかしベッドの上で横になった二人の反応がなくなったから、もうすでに眠ってしまっているのかもしれない。まぁもう1時過ぎだし、しょうがないだろう。

 ゆめとゆきむらは互いに向かい合う形で横向きになっているが、なんというか、あまりに穏やかな寝顔に俺はちょっとだけ実家の妹を思い出していた。

 なんとなく懐かしい気持ちになり、俺はPCデスクの椅子にかけていたタオルケットを二人にかけてやることにする。


「ひゅー、やっさしー」

「やっぱり女慣れ……?」

「ちげーよ! 妹がいたからだよ!」

「あ、ゼロやん妹いたんだ」

「ああ、4つ下だから、ゆめとゆきむらの間の学年だな」


 さっき買ってきた缶ビールやら缶酎ハイを飲み始めた二人が俺を冷やかしてくる。

 さすがに家飲みだとそこまではっちゃけないのか、それとも寝ている二人に気を遣っているのか、ぴょんも今ばかりは割と穏やかだな。

 うん、家飲みの方が、悪くない気がしてきた。


 ちなみに実家の妹は、一言で言えば泣き虫だった。

 ケンカになろうものならすぐ泣くから、ほとんどケンカした記憶はないし、むしろ学校で何かあって泣いてる妹を慰めるのが俺の役割だったからな。

 泣き疲れた妹をベッドまで運んで毛布かけるとか、日常茶飯事だったんだよ。


「ぴょんは兄弟とかいない?」

「あたし? あたしは一人っ子なんだよねー」

「え、意外だな。年下の弟妹いるのかと思ってたわ」

「ははは、よく言われるぜー」


 テーブルを挟んで向かい合って座る二人の間に入るように俺も腰を下ろし、缶ビールを開けて二人に加わる。

 ああ、やっぱ家はいいな。落ち着くわ。

 しかも可愛い子や美人やらもいるとか、色々思ったけど、これ贅沢だわ。


 しかしなんとなくお姉ちゃん育ちっぽいぴょんなのに、一人っ子とは意外だな。

 だいもお姉ちゃんっぽいのに末っ子だし、この二人は意外コンビだ。


「兄弟もいないのに、あたし一人上京しちゃってさー。いやー、こっちで結婚できなかったらいつかは実家愛知戻るのかなー」

「あー、そうなー。俺も独り身でこっちいるくらいなら、実家秋田戻ってこいって言われそうだわ」

「え、そう、なんだ」

「じゃあ、あたしと結婚して一緒に東京に家買おうぜ!」

「え!?」

「まさかのいきなりプロポーズかよ……」

「善は急げってな!」


 びしっとサムズアップして屈託なく笑うぴょんだが、まぁこいつの気持ちは分かる。

 進学して都会に住み始めたら、正直もう実家に戻る気持ちにはなれない。

 実家の家族は大事だが、東京でしか出来ないことが、ありすぎるのだ。

 こっちでできた大切な仲間とか、思い出もあるし、両親には悪いが、やっぱり実家に帰りたくはない。

 最悪のケースとして、ぴょんと結婚か……うーん、お互い何も縁がないまま年取ったらの選択肢くらいに考えておくか……。

 ってこれめっちゃキープの考えじゃん、さすが俺、クズだな!


「だいは、結婚とかなんか考えてるのかー?」

「え、わ、私?」


 家飲み特有の、なんとなくゆったりした雰囲気が俺たちを包む。

 耳をすませばゆめとゆきむらの寝息が聞こえるという不思議な状況の中で、ぴょんの言葉を借りればチームアダルトアラサーメンバーは、まだ終わらないオフ会を続けるのだった。

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