第50話 7月になりました

「はい、おつかれさーん。明日は俺のテストだからなー。ちゃんと勉強してこいよー」


 7月1日水曜日。午前11時。

 今日から我が星見台高校は期末考査期間に入った。

 試験監督は学校内で教務きょうむという、簡単にいえば学校の裏方を担当している教師たちが割り当てることになっている。そして星見台高校ではなるべく授業を担当している教師が試験監督に入るという暗黙のルールがあり、俺は2限の試験監督として、授業を受け持つ2年D組にやってきていた。

 俺が担任しているのは2年E組だから、隣のクラスだな。

 今日は現代文と物理の試験だったのだが、1限の現代文では自分のクラスの監督をしてきたところだぞ。


 試験は全部で4日間に渡り、今日の初日は現代文と物理、2日目は数学、倫理、保健、3日目は英語、化学、家庭科、4日目は世界史と古典の試験となっている。

 まぁどれが何日目とかは、年間を通してスケジュールが組まれているみたいだ。

 やっぱ4日目の試験科目だと、採点が急ぎだからな。

 特に今回みたいな月曜終わりだと、翌日に答案を返すことになるから、やっぱみんな最終日は嫌がるもんだよ。


 だが幸い今回俺の倫理は2日目。3年の政治・経済は最終日だが、3年は受け持ってるのが2クラスだけだから、まぁそこまで大変じゃないからいいのだ。


 しかしまぁ、全部で10科目もテスト受けるとか、高校生ってのは大変だよなぁ。


「倫ちゃん、明日のテストでるとこ教えてー」

「おいおい、授業で言っただろーが」

「おねがいっ。ちょっとでいいからっ」


 俺が下校の指示を出すと、普段から割と話しかけてくる生徒たちがやってくる。

 だいにはフランクすぎると怒られそうだが、こんなやりとりは前任校からすでに慣れっこだぞ。


 もちろんただではテスト問題など教えないが、既に勉強をしている生徒に、具体的にこの辺りって、どう答えるんですか? と聞かれると教えることはある。

 一夜漬けじゃない、こつこつやる人間の味方なんだよ。教師っての少なくとも俺は。


 練馬商業も割とそういう傾向があったが、星見台もまぁそんなに勉強をする学校じゃないので、男女問わずフランクに話しかけてくる生徒は多い。

 でもやっぱ、割合的には女子のほうがフランクかな。


 普段は勉強の話なんかまったく聞いてこないくせに、テスト前日ばかりはさすがに質問ラッシュだ。

 まぁ、少しでもいい点取ろうとする姿勢だけは、認めてやるとしよう。


「だからさ、イスラームっていうのは――」

「はい問題でーす、インドの宗教で――」


 そこかしこで聞こえてくる、放課後に残って倫理の勉強をしている奴ら。

 友達と教え合うのはいいことだからなー。

 いいぞー、がんばれよー。

 まぁ、今倫理やってるやつはテストに余裕があるか、数学捨ててるやつのいずれかだろうけどな!


 D組の生徒たちとある程度話した後、俺はE組の様子を伺ってから職員室に戻ろうとしたのだが、すれ違う奴らから立て続けに質問ラッシュを食らい、なかなか職員室へ戻れない。

 逃げる! しかし回り込まれた!

 逃げる! しかし逃げられない!

 リアルにこんな感じである。

 まぁほんとに逃げるわけじゃないけどね!


 あらかた質問ラッシュを終え、俺が答案を教務に提出するのは通常よりもかなり遅れてしまった。おかげでちょっと小言を言われたが、まだ戻ってきてないのは俺だけではないようで、まぁ大丈夫だろう。

 特に数学科の先生とか、今日はなかなか解放してもらえないのではないかと思うぞ。


「さて、と……」


 俺は出勤前に買ってきたコンビニ弁当を職員室の共用冷蔵庫から取り出し、レンジで温めて、自分の席へ向かった。

 基本的に昼食は買ってくることが多いが、気が向けば弁当も作ったりはするんだぞ、一応。


「北条先生今日もコンビニ弁当かい?」

「いやー、昨日ちょっと出かけてて、帰ってくるの遅くて米も炊けなかったんすよ」

「お、コレか?」

「違いますってー」

 

 隣の席の学年主任の三竹先生が俺に話しかけてくるが、この人はまぁ典型的ないい親父キャラで、コレか? なんていう時はもちろん小指を立ててくれた。

 違いますってー、とは言ったものの、まぁ女絡みであるのも間違いではないから、あながち違うくもない、と言いたいところだ。

 まぁソレじゃないんだけどさ。


 学年主任と適当な会話を終えた俺は、温めた幕の内弁当を頬張りつつ、机上に放置していたスマホをチェックする。

 だいからなんか来てるかな、と期待するも通知はなし。

 既にテストの印刷も終わったので、残りの時間は何しようかなぁとパソコンを開き、授業で使えそうなニュースを漁ったりしながら、俺が弁当を食べていると。


 ブブッ、と机の上でスマホが動いた。


里見菜月『午後は休暇取って帰ろうと思うんだけど』

里見菜月『ゼロやんは?』


 お、きた。でも午後休かー。うーん、帰れるかな……。

 いや、ここは帰ってみせる……!


 密かに待っていた相手からの連絡に、俺の心拍数が少しだけ上がる。

 俺のテストは明日で、もしかしたらこの後質問があるかもしれないけど、うーん、ここは帰りたい。


北条倫『ちょっと確認してくる』


 だいにそうメッセージを返し、俺はぱっぱと弁当をかきこんで、再び2年の教室があるフロアへと向かった。


 教室に行って何するかって?

 そりゃもちろん、質問がないかの確認だ。

 もし試験のことで聞きたいことがあるやつが、職員室に俺を探しに来て、俺がいなかったら可哀想だろ?

 俺、ゲーマーだけど、その前にまず教師だからね。

 生徒のためになることくらいは、ちゃんとやるくらいのやる気はあるんだぞ。

 まぁ今はプライベートのためだけど。


「明日の試験、何か聞きたいことあるかー。なきゃ俺帰るぞー」


 A組から順に、教室を回る。A組はなし。

 B組は一人だけ。

 C組でも、数人の質問に答えた。

 D組はなし。さっき聞いたしな。

 E組は……うは、もう誰もいねえ。担任にて早く帰りたがりかよあいつら。市原とか、ちゃんと勉強してんだろうな……?

 F組でも数人の質問に答え。


 よし、任務完了だ!!

 うん、みんな数学に必死なんだろうな!!


 現在時刻は12:47。

 今帰れば、けっこう時間取れるよな。


 しかし午後休誘って、だいのやつどうしたいんだろ?

 夕飯には、まだまだ早すぎるし……。

 ま、とりあえず返信するか。


北条倫『俺ももう出れる』


 送信、と。

 しかし、すぐに返ってくるかと期待したメッセージはなかなか返ってこない。

 えー、連絡待ってくれてなかったんかい。

 少しだけ俺はしょんぼりした気持ちになるが、まぁだいも生徒に質問されてるのかもしれないからな。

 もう少し待ってみるか。


 俺が再びPCでニュースを漁り出し、10分ちょっとが経過した、13:01


里見菜月『私もう学校でた』

里見菜月『吉祥寺、行かない?』


 吉祥寺、か。学生の頃はよく行った街だなぁ。ちょっと雑多な感じはするけど、それがまたいい味を出しているし、商店街の反対には井の頭公園が広がり、ザ・デートスポットの定番だよな。


 え、というかだいさん! 休暇出して二人で吉祥寺とか、もうそれ、完全にデートじゃね!?


 ……いや、変な期待をするのはやめておこう。

 ……でも、日曜の夜の電話、可愛かったな……。


北条倫『いいよ』

北条倫『休暇出して、駅いくわ』


里見菜月『吉祥寺駅の南口改札で合流ね』

北条倫『了解』


 すまんな生徒諸君! 先生は君らが大変な分、この時期ばかりは楽しませてもらうよ!

 ワーク・ライフ・バランス、大事だからな!!


 まぁ、期末が終われば怒涛の成績付け、通知表作成、大会前という残業ラッシュが始まるし……。


 うん、今日ばかりは。


「おっさきにしつれいしまーす」


 俺は意気揚々と、退勤するのだった。

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