第51話 「外食の日=夕飯のみ」だといつから錯覚していた?

 吉祥寺か、なら快速で行った方が早いな。

 ちらほらと下校する生徒たちに声をかけられつつも、俺はそいつらと適当な挨拶を交わし中野駅へと向かう。

 7月の陽気は暑く、速足で歩けばけっこう汗をかく。

 クールビズスタイルで今日はノーネクタイだが、汗で身体にはりつくYシャツの感じは、あまりいいものではない。


 あー、駅ついたら汗拭きシートとか買わないとな。 

 ほら、汗臭いとかさ、やっぱ失礼じゃん?


 駅に到着し、サンデイズで汗拭きシートを購入してから俺は中央線に乗りこんだ。

 

北条倫『13:39着予定』

里見菜月『わかった』


 昨日とは違う気持ちで、電車が早く着かないかなとそわそわする俺。

 いやぁ、平日の昼からだい美人と会うとか、贅沢ですなぁ!

 どうせあまる年休だし、たまにはこうして使ってもばちは当たらないだろう!


 汗拭きシートで身体をふきつつ、はやる気持ちの俺を乗せた電車が、吉祥寺駅に到着する。

 平日の昼間だが、同じく定期考査だったであろう高校生たちもちらほらと電車を降りて行った。

 すまんな諸君。君らの代わりに、今日は大人が遊ばせてもらうよ!


 南口改札、って言ってたよな。

 

 えーっと、お、あれかな。

 って、あいつ……え、今日あれで仕事行ったのか?


 改札を挟んだ柱のそばに立つ、ブラウン寄りのオレンジ色をしたティアードワンピース姿が、真っすぐに下ろしたセミロングとよく似合っている女性。

 これまではずっとパンツスタイルだったはずだが、今日はふわっとした雰囲気のワンピース。

 

 今までとのギャップが……可愛すぎるだろ。


 え、なんでいきなりワンピースなんだ?

 俺、好きとか、言ったことないよな!? え、まさかの心の声が漏れた……!?

 いや待て待て! そもそも俺が好きな恰好してくれたとか思うほうが自意識過剰だ。

 うん、きっとたまたま。たまたまだろ!


 改札をくぐる前、遠目にだいを発見した俺は、思わずその姿に見とれたまま足を止めていたのだが、なんということでしょうか。

 明らかにチャラチャラしたグラサン姿のにーちゃんが、だいに声をかけに行くではありませんか。絵に描いたような、アロハシャツも着ている。

 まだいたんだな、ああいうの……。


 だがそんな希少種の接近に、明らかに困った顔を見せるだい。

 その姿は、俺の中の男心に火をつけるには、十分だった。

 

 俺はつかつかと、改札の方へ向かって歩き出す。

 もちろん、俺は争いは好まない。なんたって公務員だからな!

 だが、見た目がいかつい奴にビビったりもしない。

 喧嘩腰に食って掛かるヤンキー系の生徒にも、俺らは普通に話しかける仕事だからな。まぁそういう生徒たちも、ほんとはいいやつばっかなんだけど。

 とにかく、慣れってすごいよね!

 知ってるかい? 距離を詰めればパンチもキックもそこまで怖くないんだぜ。


 教師、なめんじゃねぇ!


「ごめんねー。俺の連れになんか用かな?」

「あっ……」

 

 話しかけてくるグラサン相手に必死に首を振ったり、手で制止したりしていただいだったが、こういう奴には効果ないと思うよ、それ。

 だから、俺は背後からグラサンの肩に手を置いて、穏やかな口調でそう言ったんだ。


 俺に気付いただいの表情と小さな声に、安心が浮かんだ気がした。


「あ? んだよ、男待ちかよっ」

「そうだけど、まだ何か用かな?」


 さらに一歩、グラサンに近づく。

 もちろん表情は笑顔だよ?


「ちっ、なんでもねぇよ!」


 捨て台詞吐くとは、なかなか見所のあるナンパくんだな。

 粋ってるのがカッコいいと思えるのは、若いうちだからな。

 自分がダサいと思えるその日まで、頑張れよ……!


 グラサンの姿が見えなくなったくらいで、俺は改めてだいへ振り返った。

 全体的にふわっとしたワンピース姿は細見なシルエットを隠してしまっているが、それでも胸にある二つの山は、ちゃんと存在感を示していた。

 うん、こういう恰好も、ありだな!


 近くを歩く男性も、ちらほらとだいの方に視線やっている。

 声かけたくなるさっきのグラサンの気持ちも、分からなくないぜ。


「大丈夫だったか?」

「う、うん。……あ、ありがとね」

「おう」

「……ちょっと、怖かったから、助かった」

「うちにはああいう生徒もいるし、慣れてんだ」

「あ、そうなんだ」

「ああ。でも女の子からすりゃ怖いよな」

「女の子ってほどの、年齢でもないけど……」


 この姿で恥じらう姿は、ちょっとたまらない。

 普段の強気とのギャップが、すごく良いです。


「つーか、今日はその恰好で仕事行ったのか?」

「え、ま、まさか! そんなわけないでしょ!」

「あ、じゃあ着替えて来たのか?」

「そ、そうよ……変、かしら……?」

「へ?」

「ふ、普段こういうのは、あんまり着ないから……」

「あ、あー。いや、めっちゃ似合ってるよ。うん、俺は好きだなぁ」


 って、何が「俺は好きだなぁ」だ俺!!!

 心の声もらしてんじゃねぇえええええ!!!

 

 やばい、これは流石に殴られるっ!?


「……そ、そっか。よかった」


……あれ? 右ストレートが飛んでくることを予想していた俺だったが、予想外にその攻撃はなかった。

 だいの声が小さかったせいで何と言ったかは分からなかったが、とりあえず、セーフだったのだろうか。


 しかし、1回着替えて来たのか。

 ってそうか、今日暑いしな。通勤はチャリって話だし、汗もかくか。


「それで、今日はどっかカフェでも行きたいのか?」

「べ、別に常に何か食べてるわけじゃないわよっ」

「え、だって外食の日じゃ? じゃあ、午後休とって、どっか行きたいのか?」

「夜は行きたいとこあるけど……私だって普通のお出かけくらいするわよっ」

「じゃあどこだよ?」

「と、とりあえず、こっち行きましょ」

「え、あ、ああ」


 どこに行きたいのか要領を得ないが、とりあえずだいが駅から見て南側に向かって歩き出したので、俺はそれについていく。


 こっちって、方向的には……あれだよな?


「そういや、だいは採点とかまだなの?」

「ええ、私は最終日だから」

「おっと、それはご苦労様です」

「月曜日のログインを諦めれば、終わるわよ」

「いやー、期末はそうなるよなぁ」

「今学期もまた、活動休止週間とか作るんじゃないかしら」

「そういやそうか。それに俺らは、大会前かぁ」

「そうね。そう考えると、今週が激務前最後の休息かもしれないわね」

「あー。言わないでくれ」

「来年は、高3の担任だし……今年以上よね……」

「んー、推薦とかAO多いと、けっこうしんどそうだなぁ」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「俺は前のとこほとんど就職だったから、そりゃもう夏休みは休みじゃなかった」

「そっか、ゼロやんは一回卒業生だしてるのものね」

「おう。まぁでも進路決まった時の喜んでる顔とか、卒業式の顔とか、3年間苦労させられても、全部忘れちまうくらいいいものだよ」

「ふーん……」

「ま、頑張りたまえ。……いてっ! なんだよ!?」

「ちょっと、先輩面がむかついただけ」

「えええええ!?」


 このタイミングは殴るんかい!

 わからん、先輩としての言葉のつもりだったのに、この女……わからん!


「でも明後日のオフ会、楽しみね」

「あ、そっか。もう明後日か。うーん……しかしゆきむらとジャックが、もし……って考えると、ちょっと気が重いよ……」

「どうなのかしらね?」

「……俺はなんとなく、お前らの反応で覚悟はしてるけど」

「ゆめとぴょんも、またきっと賑やかでしょうね」

「……憂鬱だ」


 いやー、しかしもう第2回オフかー。

 時間経つのははえーなー。

 

 思い返せば、あのオフ会前後から、オンでもオフでも、なんというか俺の生活は一変した気がする。

 あの銃を手に入れて、亜衣菜との関わりがみんなにバレて、バレたと思ったら、まさか会ったりするようにもなるし。

 ゆめの失恋から始まったオフ会でだいと会って、まさか毎週一緒に飯食ったりするようになるとは。

 って、だいと初めて会ったのは、オフ会前日の合同練習か。


 ほんと、人生って何が起きるかわかんねーなー。


 俺が少しだけ最近の日々を思い返しながら歩いていると、予想通りに、俺たちの視界に緑豊かな場所が見えてきた。


「井の頭公園行くの?」

「ええ。動物は嫌い?」

「あ、動物園行きたいのか」

「な、なによ。悪い?」

「いや、意外だなーと思って」

「失礼ね!」

「いてっ」


 再びだいの右ストレートが炸裂する。

 まぁ、今のはちょっと予想してたけどな!


「土日だと家族連ればかりだし、一人で行くのは……気が引けるもの」

「あー。まぁたしかにソロだと敷居高いか」


 そこで俺に白羽の矢か。

 まぁさっきみたいなナンパ防止要員だとしても、動物園デート気分を味わえるのは願ったり叶ったりだ。


 動物たちの前で、だいがどんな顔するんだろうとか、そんなことを楽しみに思ったのは、秘密だぞ。

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