第49話 約束を守るのは人としての基本

 明日もがんばって、か。

 明日と明後日がんばれば、水曜日だいとの外食の日だしな……!


 ……ん、だい……あれ……明日? 

 あれ……昨日の夜……。


 あ……!!


 昨日の夜の明日とは、つまり今日のこと……。


 亜衣菜のことで頭がいっぱいになっていた俺だったが、不意に思い浮かんだ、昨日の【Teachers】の活動後に、だいが言っていた言葉。


 あいつ、昨日、「また明日」って、言ってなかったか……!?


 思い出した途端に、夜の街を走る総武線各駅停車が、恐ろしいほどゆっくりに感じる。

 今日の楽しかった気持ちと、早く家に帰りたいとはやる気持ちとの板挟みの中、俺はひたすら、この電車が少しでも早く高円寺に着いてくれることを願った。


 やばい、急げ。電車、急げ。

 どう考えても無茶な要望なのに、俺はそれを願ってしまう。

 一つ一つの駅が、もどかしい。


 どう考えてもだいはもう寝ていると思うのだが、あいつは昨日「また明日」って言っていた。

 もし、いなかったらいなかったでしょうがないが、今日という時間の中で、確認しなきゃいけない気がする。


 亜衣菜と過ごした時間は甘酸っぱいような、想い出に浸りたくなるような、そんなひと時だったけど、今はその考えを封じ込める。

 思い出すと、足が動かなくなりそうだから。

 約束を、まぁいいやとしてしまいそうだから。



 そして電車が、高円寺にたどり着く。

 人が少ないことに感謝しつつ、俺は急いで改札を出て、家までの道のりを走った。


 こんな時ばかり、あー普段からちゃんとランニングもしとけばよかったとか思うが、もう遅い。

 まばらな人たちを避けて走り、慣れ親しんだ道を通り抜け、我が家が目に入る。

 ちらっと時計を見れば23:52。

 

 なんとか、間に合うか……!


 脱ぎ散らかした靴もそのままに、俺は急いでPCの電源を入れる。

 ええい、早く立ち上がらんかい!


 放っておけば一瞬で起動しているように見えるPCも、立ち上がりを待つとなぜこれほどに遅く感じるのか。


 起動が終わる。

 俺は急いでLAへのログイン手順を踏む。


 ああもう、パスワード入力とかめんどくせーな!

 読み込みとか早くしてくれよ!


 時計を見れば23:55。

 帰宅した時間を考えれば十分に早いのだが、今はただひたすらにもどかしく感じる。


 そして、〈Zeroもう一人の俺〉がLAの世界に現れる。

 急いでギルドメンバーのリストを見ると……。


 いた!


〈Zero〉『遅くなった!』


 リストの中に一人だけ残っていた〈Daikon約束の相手〉の名前。

 俺は急いでギルドチャットにメッセージを打つ。


〈Daikon〉『・・・ゼロやんのまた明日って、こんな遅いのね』


 だいの言葉が胸にささるが、今ばかりはいてくれたことが、嬉しい。


〈Zero〉『ご、ごめん』

〈Daikon〉『別に』

〈Daikon〉『亜衣菜さんとでも会ってたの?』

〈Zero〉『え』


 え、なんで、知って、え!?

 その名前を見た瞬間に、なんだか悪いことをしていたような、罪悪感にも似た感情が俺の胸に押し寄せる。

 

 というか、亜衣菜の名前出すとか、誰もいない時でよかった!


〈Daikon〉『まさか図星?』

〈Zero〉『あ、えっと、うん・・・』

〈Zero〉『昼にちょっとパーティかぶって、そっから』

〈Daikon〉『ふーん』

〈Daikon〉『まぁ別にいいけど』


 いや、やっぱ、怒ってる、よな?

 「また明日」って言われて、俺も「おう」答えたのに。

 

 モニター越しに、俺が一人焦っていると。


「うお!?」 


 いきなり鳴り出す俺のスマホ。こんな時間に電話とか、誰だよ!

 って、え?


『こんばんは』

「お、おう」


 着信の相手を示す、里見菜月の文字。


『何よ』

「え、いや、びっくりして」

『別に……文字打つの面倒なっただけだし』

「そ、そうか。ごめんな、遅くなって」

『もういいわよ、謝らなくて』

「そ、そうか」

『山脈集合ね』

「え?」

『LAの話に決まってるでしょ?』

「あ、ああ。わかった」


 だいから電話とか、初めてだな……。

 俺はスマホをスピーカー通話にして、言われるがままにプレイヤーハウスを出てあすぐ、山脈エリアへと転移した。

 転移先にいる、金髪ツンツンヘアーのイケメンキャラ。


『パーティ誘って』

「おう」


 ゲーム内だとイケメンのくせに、電話越しの声が女って、なんか、ちょっと笑えるな。


『そこらへんのモンスターもってきて』

「わ、わかった」


 それにしてもこの声……。

 そうか、ごめんな、いつもなら寝てる時間だもんな。


『いくわよ』


 俺が手近にいた四足歩行の草食恐竜型モンスターを引っ張り、だいのそばに持っていく。

 だいの言葉の直後、昨日だいが手に入れた短剣、アゾットの固有オリジナルスキルであるカラドリウスエッジ。

 放った瞬間、だいのキャラクターがまるで数人になったようにモンスターを囲んで、そのキャラたちが同時にモンスターに短剣を突き刺すように、交差した。

 一撃で、6万越えダメージを叩き出し、モンスターが消滅する。


「おー、かっけえな」

『ふふ、でしょ?』

「眠いのに、見せてくれてありがとな」

『べ、別にゼロやんのためじゃないし』

「そうかそうか」

『何よ……来るの、遅いのよ』


 あ、可愛い。

 やばい。眠気に負けそうなだい、可愛い。

 このちょっと甘い声……ギャップ……!


『水曜日は! 遅れたら、ダメだからね……』

「ああ、お詫びに水曜は俺が奢るな」

『うん……デザート付きね……』

「お安い御用だ」

『うん……』

「ちゃんと、ベッドまで行って寝ろよ~?」

『わかってるわよ……』

「ん、じゃあおやすみ」

『まだ』

「え?」

『まだ、話してなさいよ……』

「え?」

 

 えええええええええええ!?

 うっそ、なにこれ。

 え、もしや、甘えてきてる!?

 あのだいさんが、甘えてきてませんか!?


 電話越しに、ごそごそと移動する音が聞こえる。

 きっともうLAの中の〈Daikon〉は、今日はこのまま放置となるのだろう。

 とりあえず俺は〈Zero〉に転移魔法を使わせて、〈Daikon〉も一緒にヒュームのプレイヤータウンであるエスポーワ共和国に転移させる。


「あ、えーっと、今度の外食の日も、楽しみにしてるな」

『ん……すぅ……』

「って、もう寝てるか。……おやすみ、だい」


 言葉が返ってこないか、2、3分ほど電話越しにだいの寝息を聞いてから、俺は通話をオフにする。


 そして俺もあえて〈Zero〉を〈Daikon〉のそばにおいたまま、PCの前から移動し、シャワールームへ行く。


 手早くシャワーを浴びつつ、今日を振り返る。


 耳に残る、いつもよりも眠そうな、少しだけ甘えたような、だいの声。

 少し前まで聞いていた亜衣菜の甘い声も可愛かったが、今ばかりは聞いたばかりのだいの声が耳残る。


 そして無意識に唇に触れて、少し前のあの時間を思い出す。


 ぼーっとシャワーを浴びたまま、考えるのは二人の女性。


 あー。やべぇな。

 俺、どっちが好きなんだろ……。


 どっちも、とかクズなことを言えたらどれだけ楽だろうか。

 だが、そんなこと言えるわけがない。

 そもそもだいは、俺のことどう思ってんだろうか。


 シャワーを浴び終えた俺は、髪も乾かさないままベッドに倒れこみ、結論を出す方法がわからぬ問題を抱えたまま、眠りにつくのだった。

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