第41話 「働きたくないでござる」は一度は言ったことがある言葉だよな
亜衣菜の言葉を受け、だいの口がゆっくり開く。
果たしてどんな言葉が紡がれるのか、俺は傍観者のような気持ちでそれを見守った。
「……私だって、7年前からゼロやんのことを知ってるんです」
「へ?」
「そして私は、あなたと違って7年間、ずっとゼロやんと一緒にいました」
間の抜けた声を出してしまったが、ま、まぁたしかに亜衣菜と別れたあと、俺と一番時間を共にしたのはだいに間違いないだろう。
LAの中だけど。
俺は男だと思ってたけど。
「だから……その……」
だいが何を言うのか気になったが、亜衣菜と違ってだいの言葉が言いよどむ。
何を、何を言うんだ!?
俺がその言葉を待っていると。
「里見さん、ちょっとこっち来て話しませんか?」
「へ?」
「え?」
突然の提案をする亜衣菜。
そして彼女が示した方向には、カーテン。
立ち上がった亜衣菜がカーテンを開けると、窓越しにベランダがあるようだった。
「分かりました」
えええええ!? 行っちゃうの!?
俺を残し、だいが亜衣菜の方に移動する。
そして二人で、ベランダに出る。
残された俺に見えるのは、二人の背中と、マンションの隣のビルたちと、ビル同士の隙間から見えた半月だけだ。
続きの会話が気になりすぎて、俺は二人の背中の方を見続ける。
当然会話なんか、聞こえないんだけど。
「北条先生っ」
「うわっ!?」
二人の方ばかりに視線を送っていた俺は、不意に現れた声に情けない声を出してしまった。
気が付けば4つの湯飲みと、たい焼きを乗せたおぼんを持った山下さんがすぐそばに立っていた。
そうだ! この子もいたんだった!
あ、待って! 今の話、どこまで聞かれた!?
教え子の前で、元カノに告白されてたとか、ちょっと辛すぎる。
転移魔法が使えたら使いたいレベルだよ!
「せっかくいい感じにたい焼きあったまったのに、あの二人どうしちゃったんですか?」
「い、いやぁ、女同士の、話でもあるんじゃないかなぁ?」
「ふーん……」
完全に声が上ずってしまったが、今の俺にできるのはそれが精一杯だった。
眼鏡の奥の瞳が、俺を真っすぐにとらえている。
そしておぼんをテーブルに置いたあと、彼女の顔が、俺のそばにやってくる。
え、何!? どうしたのこの子!?
「亜衣菜さん泣かしたら、【
「は!?」
え、待てって!
いまなんつった!?
【Vinchitore】って、言ったよな!?
「びっくりしました?」
「え、いや、え?」
「この前向こうでも会ったじゃないですかー、ねぇゼロさん?」
「え!? な、なんで、知って、え?」
「私の名前は?」
「や、山下茜さん……」
「私、友達になんて呼ばれてたか覚えてます~?」
「え、なんだっけ……えっと、たしか……」
得体の知れない彼女のプレッシャーに、数年前の記憶を必死に辿る俺。
動け、動け動け! 動いてよ俺の脳!!
「そ、そうだ! たしか、やまちゃん?」
「せいかーいっ」
「え、それが何か……って、え、まさか!?」
「だから言ったじゃないですか、この前向こうでも会ったって」
「え、〈Yamachan〉なの……?」
「そうでぇ~す。【Vinchitore】ヒーラー統括の、やまちゃんですっ」
ピースにした手を横向きにしながら目元にあてる山下さん。
効果音をつけるなら、まさに「きゃぴっ☆」って感じだ。
こんな子だとは、知らなかった。
というかだ!
「うっそ、え、い、いつからLAやってたの?」
「あのギルドの幹部やってんですよ? 先生と同じ初期組に決まってるじゃないですか」
「そ、そりゃそうか」
「ええ、そうです」
嘘だろおい。8年前って、この子中学生とかだろ。
いや、今時MMOやってる中学生とか珍しくもないけど、え、うっそー。
「LAにハマりすぎて、全然勉強しなかったから、気づいたら私近場だと商業高校しか行けなかったんですよー」
「そ、そうだったんだ」
俺の前任校練馬商業は、決して偏差値は高くない。
中学時代勉強が苦手な子も多かった、そういう学校だ。
「でもその代わり本気でやってたんで、【Vinchitore】でもこの地位になれました」
「す、すごいね……」
「さらにです。私実は在学中も、高校卒業したあとも、趣味でコミケとかでコスプレしたり、コスプレしてる子を撮影したりとかしてSNSにあげたりしてたんですけど、それが高じてある人に声かけてもらったんですよ」
「え、も、もしかして」
「はい。ルチアーノさんです。本名は
「まじかよ……」
まさかのタイミングで知る、ルチアーノさんの本名。そりゃ、亜衣菜のお兄さんだから、武田さんってのは知ってたけど。
「あ、もしかして、亜衣菜さんと付き合ってたのに、ご実家のこと知らないんですか?」
「え?」
そう言われると、俺は亜衣菜から実家が北海道にあることしか聞いていなかった。
大学入学後は一緒にバイトしたりもしてたが、LAを始めてからは亜衣菜はバイトもやめてLAに熱中してたが、たしかに今考えると、亜衣菜の生活費などの出どころは、聞いたことがない。
コスプレとか金かかりそうな趣味だったのに、けちけちしてるとこも、見なかったような……。
あ、ちなみに俺の名誉のために言っとくが、デートはだいたい俺持ちだったからな!
「亜衣菜さんのご実家、札幌にけっこうな土地持ってるお家柄みたいで、ご実家すごい資産家みたいですよ」
「そ、そうなんだ」
「不労所得っていうんですか? ほとんど働かなくてもいいくらい、収入あるみたいです」
「わぁお、それは夢があるなぁ」
もはや現実感のない言葉に、俺の反応も壊れていく。
不労所得でMMO生活? おいおい、なんだそれ。人生の勝ち組かよ。
全ゲーマーが夢見るやつだろそれ!
「で、私のSNSを見たルチアーノさんが、私にコンタクトを取ったら、まさかのギルドリーダーじゃないですか、いやぁ、あれは私もびっくりしました」
「そ、そりゃそうだね」
「そんな縁もあったので、私は趣味のカメラをやりたい、ルチアーノさんは亜衣菜さんにやりたいことをやってほしい。お互いwin-winの関係になれそうだったので、ルチアーノさんから亜衣菜さんのお世話を頼まれたわけです」
「なんとまぁ」
嘘みたいな話だなおい。
「ちなみに『月間MMO』に亜衣菜さんがコラム持てたのも、ルチアーノさんのおかげですよ。もちろん本人には秘密ですけど」
「そりゃ、言えないわな」
「人気記事になったのは亜衣菜さんの力ですけどね」
はぁ、世界はすごいな。もうなんか、びっくりだらけだよ。
事実は小説よりも奇なり、って言うけど、その通りだわ。
「そんなわけで、私は今でも亜衣菜さんの写真を撮ってますし、雑誌の編集者との連絡とか、そういうのを私がマネジメントしてるんです」
「なるほど、亜衣菜そういうのは苦手そうだし、そういう意味での個人契約なのか」
信じがたい話だが、この淡々と語る口調が嘘だとしたら、この子の将来が心配すぎる。
うん、これはきっと真実なのだろう。
「はい。ですので、亜衣菜さんのことは、だいたい知ってます」
「え?」
「亜衣菜さん、ルチアーノさんと仲良いのでこの前も電話してましたけど、先生と電話しちゃったって喜んでましたよ?」
「そ、そうなんだー……ははは」
「だからルチアーノさんから私にも連絡がきました。ルチアーノさんは北海道にいるので、東京にいる私が、亜衣菜さんの願いが叶うように手伝ってほしい、って」
「……は?」
「亜衣菜さん、先生のことずっとりんりんって言うからずっと気づきませんでしたけど、いやぁ、この前ようやく本名聞けた時は、ああこれはもう運命だな、って思ったもんです。サプライズしたかったから、私が先生のこと知ってるのは亜衣菜さんに黙ってましたけど」
「せ、世間は狭いね……」
「いえ、これはきっと運命です」
「そ、そうか……」
何だその運命。俺が亜衣菜と別れて何年引きずったと思ってんだ!
ここ数年でようやくあんまり思い出さなくなってたのに、なんだってんだ!
そこでふと思い出す、リダの言葉。
〈Gen〉『出会いは大切にしたほうがいいぞw昔の出会いも、今にいつ繋がるかわからんからなw』
いや、こういうことなの!? こんな繋がり方する!?
「だから、亜衣菜さんのこと、幸せにしてあげてくださいね?」
山下さんが俺を見る目は、本気の目だった。
あれね、本気で応援とかじゃなく、言うこと守らなかったら殺すぞ的な、本気ね。
最初から色々分かってて、この状況を作ろうとしてたのね……!
この子、亜衣菜のことどういう風に思ってんだ……!?
振り返れば、亜衣菜との思い出は、楽しい記憶ばかり残っている。
しかも亜衣菜は今でも可愛い。
俺と趣味も同じだし、胸の膨らみも俺の大好物だ。
さらに実家が不労所得で生きていけるレベルとか、玉の輿も夢じゃない。
だが、なんだろう。
この提案は、俺にとって何も悪い話はないように思えるのに。
何かが、俺の胸に押し寄せる亜衣菜への気持ちを、止めているのだ。
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