オフ会から始まるワンダフルライフ 人生を彩るのはオンラインゲーム！？

第42話 女という生き物はわからない

「あれ、やまちゃんりんりんと話してたの？」

「もう～、すっかりお茶冷めちゃいましたよ～？」

「あはは、ごめんね～」

　た、助かった！

　いや助かったのかどうかわかんないけど、まるで蛇（山下さん）に睨まれた蛙のように動けなくなっていた俺は、ベランダから戻ってきた懐かしい声によって復活した。

　亜衣菜とだいの３人の時もいろいろ怖かったけど、山下さんは二人の比じゃないくらい怖かった。

　見た目はおとなしそうな女の子なのだが、なんだろう、下手をこけば殺されるのではないかと錯覚するくらい、怖かった。

　そして亜衣菜が戻ってくるやにこにこ顔にいきなり戻るのも、ちょっと怖い。

「菜月ちゃん、たい焼き食べよっ」

「うん、いただきます」

「へ？」

　戻ってきた二人は、なんというか、さっきまでと違った。

　何が違うかと言われれば説明しがたいが、何というか、少し打ち解けたような、穏やかな空気を漂わせていた。

　なんだ、この短時間で二人に何があったんだ？

　ってか、菜月ちゃん！？

　亜衣菜はどんな魔法使ったんだ！？

　そして二人は並んで座り、山下さんが温めてくれた、もう割と冷えてしまったたい焼きをほおばり始める。

　だいがカスタードで、亜衣菜がこしあんを手に取り、お互い半分に割って半分を渡しあっていた。

　両手で持ってもぐもぐとたい焼きを食べる姿は、二人ともそりゃ可愛らしいのだが……。

　え、ほんとどういう展開なんこれ？

　その光景に山下さんも、にこにこしてはいるが、少しだけ不思議そうな顔をしている、気がする。

「りんりんは食べないの？」

「え、あ、い、いただきます……」

「あ」

「ほら、言ったでしょ～？」

「むぅ……」

「な、何？」

　皿の上に置かれた二尾のたいやきは、カスタードと鳴門金時の二つだった。奇しくも山下さんが買ったたいやきが俺とだいの組み合わせと同じ。奇跡的なのだろうが、今はそんなことに驚く余裕もない。

　俺はこの部屋に来るまでに自分用に買ったこしあんを食べていたので、今度は鳴門金時を取ったのだが、え、ダメだったの？

　一体俺が鳴門金時を取ることで何が起きるというのだ？

　もはや色々理解を越えていて、こんなこともバタフライ効果で何かを引き起こすのではないかと疑心暗鬼が止まらなくなる。

「りんりんは、そっちを取ると思ってました～」

「カスタードを取らないとか、恥を知りなさいよ」

「あ、菜月ちゃんツンデレだ～」

「ち、違うわよっ！」

　え、何この状況！？

　これはこれで怖いんだけど！

　てか、だいのやつも敬語だったのに、どこいった！？

　亜衣菜の方が年上って知ってるよね！？

　まじで女ってなんなの！？

　さっきの時間で何が起きたの！？

　誰か、誰か教えてくれ！！

　だが、当然誰も答えてなどくれない。

　そして。

　もはや俺の理解力を上回る状況に、俺は考えるのをやめた。

「今日はりんりんたちに会えてよかったよー」

「俺はなんかすげー疲れたよ」

　たい焼きを食べ終え、再度山下さんが淹れてくれたお茶を味わった頃には時刻はもう21時半を回っていた。さすがに明日があるため、俺とだいは亜衣菜の事務所、というか家から帰り支度を始める。

　あぁ、ようやくこの地獄から解放される……。

　ちなみに山下さんは食器を洗っているため、お見送りは亜衣菜だけだ。

　まぁ、最後に「私とした会話、亜衣菜さんにしたら、分かってますね？」って脅されたけどね。

　うん、絶対言わない。まじで殺されそう。

　触らぬ眼鏡に祟りなし。

　靴を履く俺に、亜衣菜が嬉しそうな笑顔を向けていた。

　あー、やっぱこいつの笑顔は可愛いな。

　あ、でも俺、さっきのほぼ告白みたいなのに何も言い返してないけど、いいのかな。

「私も亜衣菜さんに会えてよかったわ」

「菜月ちゃんも、また会おうねっ」

　おおう、だいも亜衣菜のこと名前で呼ぶのか！

　マジでさっき何があったんだろうか……。

「そだ、りんりん。さっき言った言葉は嘘じゃないからねー？」

　あ、やっぱり現実なのね。

　さて、何と返すか……。

「でも今は何も言わなくていいよ」

　エスパーかよ！！

　今完全に俺の心読んだよな！？

「今は、自分の心に従ってね」

「え？」

「りんりんの選ぶ幸せが、一番大事だから」

「お、おう……」

「また３人で遊ぼうねっ」

「うん、また会おうね」

　返事に困る俺の代わりに、だいが答える。

　俺としては３人というのは、やめていただきたい。

　亜衣菜がいたら、山下さんもきそうだし、俺もうあの子こえーよ……。

「菜月ちゃん、りんりんのことちゃんと送ってあげてね」

「いや逆だろふつう！」

「しょうがないから送られてあげるわ」

「お前もなんだそれ！」

「あはは、りんりんはやっぱり面白いなぁ」

「そうね、飽きない人ね」

「なんなんだよお前ら……」

　もう無理だ。三十六計逃げるに如かず。ここは退散あるのみだ。

「ばいばーい」

「うん、ばいばい」

「じゃあな」

　手を振る亜衣菜に別れを告げ、俺はだいと一緒に亜衣菜の家を出て、とりあえず最寄の秋葉原駅へ向かう。

　ちなみに忘れることなく、だいは俺が買ってあげたたい焼きの入った袋をちゃんと持ち帰って来てるのが、なんだか笑えるな。

「さっき、何話してたんだ？」

「秘密よ」

「えー」

「女には秘密がつきものでしょ？」

「さいでっか……」

　駅まで歩く道すがら、こんな会話をしたが、なんというか、だいはいつもより上機嫌に見えた。

　たい焼きやで亜衣菜に会った時の嫌そうな顔は、今ではもう想像もつかないくらいだ。

　あー、何話したんだこいつら。くそ、気になる……。

「亜衣菜さん、いい子なんだね」

「あー、まぁそうだな。いい意味でも悪い意味でも、素直な奴だよな」

「しかも可愛いし、嫉妬しちゃうかも」

「はぁ？」

「というかゼロやん、亜衣菜さんの胸見すぎよ」

「え！？」

　バレてた！？

　なるべく見ないようにしてたのに、やはり視線は理性では制御できないのか！？

　山手線で神田駅まで移動し、中央線に乗り換えた俺たちは幸い空いていた席に座れたのだが、だいの言葉に今すぐにでも別車両に逃げたい気持ちでいっぱいになっていた。

　でもなんだろう、いつもより、トゲは少ないような、気もする。

「私もあんな風に素直に生きてきたら、もっと違う人生だったのかしら」

「あー、どうだろな」

「２５にもなって、誰とも付き合ったこともないし、一緒にご飯にいく友達もいないし……」

　あ、こいつついに友達いないって認めやがった。

　自分でそう言っておきながら、勝手に落ち込んでいくだい。

　それを見てると、なんだか笑えてきた。

「でも、だいはだいだろ？」

「え？」

「だいが亜衣菜みたいなるとか、ちょっと想像できねぇし、そんなのだいじゃないだろ。別にいいんじゃねぇの？　今不幸ってわけでもないんだろ？」

　あれだけ食欲に忠実に生き、美味しいものを美味しそうに食べれるこいつは、不幸そうとは思えないよな。

「……ふーん」

　あれ？　「うるさいわね！」とか怒られるかと思ったけど、意外とそうでもないな。

「なんとなく、亜衣菜さんの言ってた言葉の意味が分かった気がするわ」

「え、なんつってたの？」

「教えません」

「え、そこまで言っといて！？」

「女の約束よ」

「なんだよそれ……」

　俺だけが蚊帳の外のような、取り残されたような、なんとも言えない感情が溢れるが……そう言ってだいが笑うから、まぁいいか。

　止まる駅ごとに、疲れた顔のサラリーマンたちが電車に増えていく。

　だがすまんな、今はなんか、こいつ（だい）の隣に座ってたい気分なんだ。

　夜遅くまで仕事していた彼らには悪いが、中央線は俺たちを乗せて、阿佐ヶ谷駅を目指してくれるのだった。

「今日はありがと。色々びっくりしたけど、いい日になったわ」

「おー、それは何よりだ」

「うん、亜衣菜さんにもお礼を言わなきゃね」

「ほんと、いつの間にか仲良くなってんなぁ」

　阿佐ヶ谷駅からもうすっかり慣れた道を歩き、俺はだいを家まで送り届けた。

　すでに時刻は22時半。さっさと帰って寝るのが社会人としてのベストだろうが、せっかくの上機嫌なだいをまだ見ていたくて、俺は話しかけてきた彼女に付き合っていた。

「あ、そうだ」

「ん？」

「また3人で遊ぼうとは言ったけど」

「うん」

「す、水曜日は、違うからね！」

「はい？」

「来週行きたいお店はもう決まってるから！」

「あー、はいはい。仕事終わりの飯の話ね」

「残業禁止よ！」

「了解しましたよっと」

　正直何が「違うからね！」なのかよくわからんが、まぁ来週も一緒に外食の日をしたいということなのだろう。ほんと、食欲に忠実なやつだなこいつ。

　だがそれはこちらとしても願ったり叶ったり。

　美人と食べる飯は、7割増しだし。

「じゃあ、おやすみなさい」

「おう、明日からもがんばろーぜ」

「うん、じゃあね」

　自動ドアの向こうに消えていくだいを、しっかりと見守る俺。

　そしていつものように、ドアが閉まった後振り返っただいが、笑って手を振ってくれる。

　うん、やっぱりこれは可愛い。

　だいに手を振り返した俺は、あくびまじりに一人自分の家へ向かい歩き始める。

　なんだかんだ、色々あったけど、今日も楽しい一日だったな。

　女って生き物はよくわかんねーけど、まぁ俺男だし、しょうがねぇか。

　明日も頑張れる、そんな気がするよ。