第34話 0と1は違うのだよ
木曜夜に受けた衝撃はあまりにもでかかったのだが、それを誰かに打ち明けることもできず、ギルドハウスでの会談の後、俺は【Teachers】の誰とも話すことなくログアウトをした。
あ、だいだけはメッセきたから挨拶くらいしたけど。
そして金曜の仕事を終え、ログインしたら誰かに話してしまいそうだった俺は金曜の夜だというのにログインをせずに、悶々とした感情を抱いたままそのまま寝て、土曜日を迎えた。
今週の土曜日といえばそう。
月見ヶ丘との、2回目の合同練習である。
今回は俺らが月見ヶ丘を迎える番。多少早く行って、用意しとかないとな。
ということで、午前8時、俺は職場にやってきた。
吹奏楽部や男バスの顧問の先生はもう来ていたようで、まばらながらに職員室にも人影がある。
部員の集合はいつもより少し早く。8時半にしたのだが。
「倫ちゃーん! おはよー!」
職員室に勢いよく入ってきた市原が、今日も元気に不必要な大声で挨拶をしてくれる。
職員室内にいた先生たちにとっても見慣れた光景ではあるため、今さら先生方も驚いたりはしないが、まぁ流石に俺は恥ずかしいわな。
「せめて失礼しますくらいは言えっつってんだろー」
「あ、そうだった! 失礼します!」
「もうおせーよ!」
このやりとりに、他の先生たちは笑っていた。
このまま職員室内にいられても迷惑だから、さっさとグラウンド行きますか。
「今日のフリーバッティングの時さ、倫ちゃん私と勝負しようよっ」
「は?」
「今日はなんか打ち取れる気がする!」
「ほー。まぁいいだろう」
グラウンドへ移動する途中、市原が不遜にも俺に勝負を申し込んできた。
実際たまに勝負はするんだが、既に現役を離れて久しくとも、まだまだこいつに手玉に取られるほど俺も衰えてはいない。
だいたい6,7割は俺がヒット打って勝つ。大人げないとかは言うなよ!
「お、倫とそらおはよー」
「おはよー」
「お、来てたのか」
「おはよーございまーす」
グラウンドに着くと、まだ8時15分だったが赤城と黒澤が待っていた。
まぁこいつらは意識高いからな、いつもだいたい早い。
俺が1年だったら先輩たちが早く来るとか、もっと早く来いよって言われてるみたいで嫌な気がするが、うちの1年ズは別にそんなの気にしないので、最近のJKは強心臓だよ。
4人で道具を出して練習の準備をしていると、8時25分、1年ズが揃ってグラウンドに登場した。
「「「おはよーございまーす」」」
先輩たちが準備していたため、少しだけ小走りになったのは褒めてやるべきか。
そんなことを考えていると。
「月見ヶ丘の人たち校門のところにいたから、更衣室に案内しといたよー」
「お、気が利くな。さんきゅ」
木本の機転に感謝するも、月見ヶ丘さんちょっと来るのはえーよとか思ったのは秘密である。
だいのやつ、何時集合にさせてんだよ。
そんなこんなでグラウンドにラインを引くなど、普段よりも念入りな準備を終える頃には、月見ヶ丘のメンバーもグラウンドに現れた。
やっぱ、ジャージ姿もこれはこれでいいなぁ。
練習着姿の部員たちに対して、だいは上下白地のジャージを着ていた。身体のラインがはっきりしていて、ええ、ご馳走様です。
しかしグラウンドで白とか汚れそうな気がして俺はいつも黒地のジャージなのだが、よく着れるもんだなぁ。
「気を付け! 礼!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
今日も今日とて、グラウンドに入る前に一糸乱れぬ礼を見せてくれる月見ヶ丘の子たち。
さぁ、うちはどうするのかなと思ってら。
「きょーつけ! れっ!」
「「「「「「よろしくおねがいします!」」」」」」
うっそ。
赤城の指示で、うちの奴らも見事に礼をしてみせた。
俺が驚いた顔をしているのに気づいた部員たちが全員笑っていたが、こいつら、影で練習でもしたのか!?
「おはようございます、北条先生」
「あ、おはよう……ございます」
「いい礼でしたね」
「いやー、俺もびっくり……」
よほど俺がびっくりしていたのが面白かったのか、くすくす笑いながら、だいが俺の隣に立ち並ぶ。
朝からこれはサプライズだぞほんと。
「アップすんぞー」
そして俺が指示するまでもなく、赤城の指示で部員たちがグラウンドの外周を走りに出発する。
なんだこいつら、急成長か?
「あの子たちでグループTalk作って、色々話し合ってるみたいよ」
「え、そうなの?」
「ええ。優子が言ってたわ」
「いやー、大人の知らないところで、考えてるなぁ」
「そうね、子どもの成長は、あまりに早くてびっくりするわね」
「ほんとだよなぁ」
グラウンドを走るあいつらを見ながら、だいと言葉を交わす。
やはり初対面と2回目では、生徒たちもだいぶ雰囲気が違うようだな。
今日は少し雲が多いが、おかげで直射日光が弱くてありがたい。
いい練習日になりそうだ。
「そういえば昨日いなかったけど、何かあったの?」
「あ、うーん、一昨日ちょっとね」
「ふーん?」
「あ、俺がいなくて寂しかった?」
「は? 休みすぎて脳が死んだ?」
「す、すみません……」
まるでゴミを見るような目で俺を見るだい。
だいぶ打ち解けたと思ったから、ちょっとボケてみただけだい!
今日で会うのは3回目だが、うーん、やっぱこいつ難しいな……。
「と、とりあえず! 俺らもストレッチしてキャッチボールでもするか?」
「そうね。そうしましょ」
気まずい空気を払拭するため、俺は話題を変える。
ちなみにランニングは、面倒だからやらない。
決して走るのが嫌いだからではないぞ。決してな。
「うわ、だい身体やわらけーな」
「だいはやめて」
「あ、すまん」
「というか、あなたが身体固すぎるのよ」
「えー、現役引退したらこんなもんだろ」
「私は毎日しっかりストレッチしてるもの」
「マジか」
「柔軟性はケガ防止の基本よ」
「精進します……」
生徒たちがランニングを終え、元気よくストレッチを始めたのを見つつ、俺とだいは近距離からキャッチボールを始める。
やっぱりこいつ、ちゃんと経験者だなー。
ボールの回転もいいし、綺麗に胸元にコントロールされてる。
だがそれ以上に、あれだな。
ボール投げる時、胸を張る形になると、自然と目が……。
「今、どこを見ていたのかしら?」
「え!?」
嘘! バレた!?
「最低」
「す、すみません……」
その後生徒たちがダッシュ、キャッチボール、トスバッティングを終えるまで無言のキャッチボールが続くという、地獄のような30分を、俺は心で泣きながら耐えるのだった。|
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