第30話 余計なお世話

 しっかりと完食した俺たちはそれぞれに会計を済ませ20時頃、店を後にした。

 紹介してくれたお礼として俺が奢ろうとしたのをばっさりと断られたのは秘密だぞ。


「いやー、しかしうまかったわ」

「通っちゃうでしょ?」

「たしかに、毎日来れそう」

「そんなに気に入ってくれたらなら、紹介した甲斐があったわ」

「ほんと、さんきゅーな」


 既にすっかり暗くなった夜道を歩き出す。

 幸い6月でも雨の気配はなく、夜の気温はそこまで暑すぎずちょうどいい。


「家まで送ろうか?」

「え? い、いいわよそこまでしなくて」

「はは、そっか」

「……どうしてもって言うなら別にいいけど」

「ん?」

「なんでもないわよ!」


 だいが小さな声でぼそぼそ何か言ったようだが、あまりの小ささに俺はそれを聞き取れなかった。

 聞き返しただけなのに急に怒られた俺がびっくりしたのは言うまでもない。

 情緒不安定かよこいつ。


「ゼロやんの家、こっからどのくらいなの?」

「こっち側はうちとは反対側だったから、駅の方戻って、そっから10分くらいだから20分かからないくらいかな?」

「え、北口出て、西なの?」

「そうだよ」

「え、じゃあ……」

「いやー、この前送った時、俺もびびったよ」


 だいも気づいたようだが、俺の住んでるアパートとだいの住んでるとこはかなり近い。自転車だったら、5分もかからないだろう。


「だから、別に送っても問題ないのは分かったかな?」

「そ、そういうことなら送ってもらってあげてもいいわよ」

「なんだそりゃ」


 だいの言い方に俺は思わず笑ってしまったが、それだけ近いならということで、俺は結局だいを送ることが決定する。

 いやー、なんか、ほんとデートみたいで、いいなぁ。


「も、もし時間合いそうなら、来週も違うお店紹介してもいいわよ」

「え、まじ?」

「ええ。一人で食べるより、誰かと食べる方が楽しいし……」

「あー、それはわかるなー」

「それに、ゼロやんといたら声をかけてくる人もいなくなるだろうし」

「あ、やっぱナンパとかされるのか」

「ええ、ほんと不愉快」


 まぁナンパする奴の気持ちは分かる。

 仕事終わりっぽい女性が一人で外食してたら、フリーかなと思って声かけたくなるよなー、こんな美人なんだし。


「じゃあ、ナンパ防止要員にまた誘ってくれよ」

「ええ、仕事終わったら連絡するわ」


 なんというラッキー。

 歓喜を顔に出さなかった俺を褒めてほしいくらいだ。

 仕事終わりの華のない生活に、まるで一輪の花が咲いたような、そんな喜びが俺を包んでいた。

 このままうまくいけば……とか、期待しちゃうなぁ……。


「じゃあ、送ってくれてありがと」

「こちらこそ、いいお店紹介してくれさんきゅ」

「ううん、じゃあ、またLAで」

「ああ、またあとで」


 この前同様、自動ドアの向こうにいっただいが振り返って、笑顔で手を振ってくる。

 その可愛さに悶絶しそうになりながら、俺は幸福感に包まれつつ、来た道を戻るように家に帰るのだった。




 思わぬ出会いに予定より帰宅が2時間弱遅くなった21時前、とりあえず手早く着替えとシャワーを済ませた俺は、LAへとログインするためいつも通りの椅子座り、PCを起動させた。

 起動するまでの間、買ってきた『月間MMO』を改めて眺める。

 先ほどまで美人といたせいで、最初に見つけた時よりも亜衣菜の可愛さに食らわなくなった、気がする。


 表紙をめくると、最初の数ページは、亜衣菜のコスプレ写真特集で……あ、うん、やっぱ可愛いわ。

 雑誌の中で笑顔を振りまく、猫耳をつけた、ゲーム内衣装を模した服を着た巨乳美女に俺は改めて亜衣菜の可愛さを実感する。


 童顔なのに巨乳とか、いやぁ、けしからんなぁ!


 けっこう露出が多いような際どい写真も多いが、学生時代の俺はもっと……おっと、なんでもない。うん、なんでもないぞ。


 PCの起動が終わったので、LAへのログインを行いつつ、亜衣菜の特集ページを眺めてから、噂のコラムページへとページをめくる。

 雑誌の中の見開き2ページが亜衣菜のコラムページ。右ページに亜衣菜の全身写真が載っており、左側には彼女の話し言葉でコラムや攻略情報、装備情報が書いてある。


 ほうほう、防御力カット、攻撃力1000倍、闇属性ダメージだったのか。

 雑誌の中では俺がこの前手に入れた銃、フラガラッハのオリジナルスキル、サドンリーデスについて、セシルの恰好をした亜衣菜が説明していた。


「って、マジか!!」


 コラムの中に書かれた内容に、俺は我が目を疑った。


『【Teachersティーチャーズ】の動画はもう見たかなー?あの動画で最後で分かる通り、〈Zeroゼロ〉さんがこの銃を手に入れたみたいだぞ☆実は〈Zero〉さんはセシルも一目置くガンナーさんなのだ☆何度か一緒に冒険したことあるけど、すっごく強くて優しかったし、もしこの技が見たい場合は見せてくれるかも!?』


 発言内容の後半に、こんな内容が載っていた。


 おいおいおいおい、そんな許可出したことねぇよ!!

 え、マジあいつ何言ってんの!?

 ……ああもう!

 こんなことしたらどうなるか、予想がついた俺は即座にTalkを起動させ、連絡一覧からた行を探す。


北条倫『おい、何人の名前出してんだ』


 LA内にキャラクターを読み込む手前でログイン作業を止め、俺は亜衣菜に文句を言うためにメッセージを送信する。

 送るや否や、メッセージが返ってきた。


里見菜月『記事読んだけど、こんな許可出したの?』


 っと、亜衣菜じゃなかった。だいか。


北条倫『出してねぇよ』

里見菜月『そう、よね。とりあえずリダのとこに色々問い合わせきて大変そうだから、ログインできる?』

北条倫『マジか。わかった』


 くそ、亜衣菜のやつめ……。


「うおっ!?」


 俺がLA内にログインするや否や、話したことも会ったこともない奴らから、大量のメッセージが届いた。

『技見せてください!』というのは可愛いもので、7,8割は『セシルとどういう関係?』だの『セシルに名指しされるとか何様』とかに、俺への誹謗中傷だった。

 ひどいものなんか『【Teachers】とか職業詐称しやがって』とか『税金泥棒』とか、こんなのまである。


 あー、どうすっかなこれ。

 これあれだよな、炎上ってやつだよな!


 どこか目の前のメッセージラッシュが他人事に見えてきた俺は、とりあえずそのメッセージたちを手持ちのスマホで写真に撮り、亜衣菜に文句を言うために保存する。


〈Daikon〉『あ、ゼロやん』

〈Gen〉『おいおいw大変だぞこれはw』

〈Jack〉『いやーーーーゼロやん何許可してんのーーーーw』

〈Yukimura〉『動画のコメント、荒れてる』


 どうやら嫁キング以外はログインしていたようだが、みんながみんな俺が来たのに気づくと、明らかに困惑したようなことを言っていた。

 いや、俺自身も困惑してるけどね!


〈Zero〉『とりあえず、俺のせいでごめん』

〈Zero〉『セシルにはメッセージ送ったんだけど、返ってこないな』

〈Gen〉『当の本人が今はログインしてないみたいだしなー』

〈Daikon〉『これはちょっと、ひどいわね』

〈Pyonkichi〉『ゼロやん自身はなんか言われてないのかー』

〈Zero〉『あー、さっきからずっとメッセージ止まらないよ』

〈Zero〉『俺へのディスが大半だな』

〈Yume〉『セシルちゃん人気だもんね~』

〈Daikon〉『ゼロやん大丈夫?』

〈Zero〉『俺は別に何言われても気にしないけど』

〈Zero〉『動画荒れてんのは申し訳ないな』

〈Gen〉『でも逆に再生数爆増してるぞw』

〈Jack〉『リダはメンタル強いなーーーーw』


 しかしまぁこれ、どうしたもんかな。

 ホームタウンのプレイヤーハウスから出るや、恐らく知らない奴らいっぱいいるんだろうなぁ。

 別にゲーム内だから物理的に何かされるわけじゃないが、なんというか知らん奴らに囲まれるのは気分が悪い。

 やっぱりネガティブな言葉は、見ているだけで気が滅入るからな。


 ちょっと前まではだいと一緒にいて楽しかった分、今の落差がひどいぜ。


 どうしたものかと俺が頭を悩ませていると。


武田亜衣菜『やっほー。こっちで連絡くるの久しぶりだねっ』

武田亜衣菜『再生数増えるかなーと思ったんだけど』

武田亜衣菜『もしかして、りんりん、怒ってる?』


 俺のスマホに渦中の人物からメッセージが届いたのだった。

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