第29話 いいことがあると次の日も頑張れる

 いやぁ、昨日の攻略はほんと楽しかったなぁ。

 ガンナー銃使いとしてのスキルを、俺がどのプレイヤーよりも先駆けて見つけた感覚、これが俺に充足感をもたらしていた。

 おかげさまで週半ば水曜日の仕事もご機嫌にできたってもんだ。

 うちの学年のゲーマーズも特に俺に動画の話もしてこなかったし、約束通りリダは動画UPはまだしてないみたいだな。安心安心。


 ということで、今日も仕事を終えた19時頃、俺は最寄り駅まで戻ると、駅の近くにある比較的大きな本屋へと寄り道をした。

 もちろん目的は『月間MMO』。

 なんだかんだ、亜衣菜がコラムを始めてから毎月購読しているのだが……。べ、別にいいだろ!


 ゲーム雑誌コーナーに行くと、平積みされた『月間MMO』はすぐに見つかった。

 今月号の表紙は……亜衣菜かよ!

 この雑誌は毎号表紙にコスプレイヤーを採用しているのだが、まさかの今月号が亜衣菜とは……あー、やっぱこいつ可愛いな。

 俺とタメの亜衣菜は、表紙を飾る他のコスプレイヤーたちよりも多分年齢は上なような気がしなくもないが、表紙で笑う〈Cecil〉の恰好をして銃を構える亜衣菜は、その年齢を感じさせないように見える。

 まぁ、加工とか当然されるんだと思うけど。


「……気持ち悪い顔してるわよ」


 一冊を手に取りまじまじと表紙を眺めている俺に、突然の罵倒が届く。

 って、え!?


「え、な、なんでここに?」

「べ、別にここの本屋の方がいろいろあるから、寄っただけだし!」


 仕事終わりの俺はクールビズスタイルでノーネクタイのYシャツにスラックスという恰好だったが、俺と同じく仕事終わりであろうだい、里見先生は紺のテーパードパンツ、白のシャツの上にテーラードジャケットを羽織るスタイルだった。

 あー、この社会人感ある恰好も、似合うなこいつ。


「……表紙、セシルさんなんだ」


 俺の手元に視線を落としただいが、表紙の亜衣菜に気づく。


「表紙目的……?」

「ち、ちげーよ!」

「ふーん」

「だ……里見さんも、これ目的?」

「え? あ、まぁそうだけど」


 もし周囲に彼女のことを知っている人がいればと気を遣った俺は、だいと呼ばず、職業バレする先生呼びも避け、あえて里見さんと呼んだのだが、どうやらだいはそれに少しびっくりしたようだ。

 逆になんか恥ずかしそうだ。


「ねぇ、夕飯はもう済んだ?」

「え、まだだけど」

「よ、よかったらどこかで食べて行かない?」

「え」

「い、いやならいいわよ」

「そんなことないって」

「じゃあ、この近くに美味しいスープカレーのお店があるから、いきましょ」

「お、おう」


 びっくりしたな。

 まさか夕飯を誘われると思わなかった。

 まぁ、家に帰る前に適当にコンビニかスーパーで総菜買って帰るだけだし、せっかくのお誘いを断る理由もない。

 というか、華のない生活の中でだいみたいな美人と夕飯食べれるとか、ちょっと嬉しい。


 俺もだいもそれぞれ『月間MMO』を購入し、本屋を後にした。

 だいが止めている駐輪場まで移動し、自転車を押すだいについていくように目的のお店まで移動する俺たち。


「だいは、自炊したりしないの?」

「普段はするわよ」

「おお」

「でも、水曜日は外食の日って決めてるの」

「あー、週半ばだから?」

「うん。半分頑張った自分に、ご褒美」


 周囲に人もまばらになったため、呼び方をだいに変えたが、やっぱこっちの方がしっくりくるな。って呼ぶと、なんか、タメ口で話しにくいんだよな。

 しかし自分にご褒美か、やっぱこいつ、食いしん坊なのかなぁ……。

 クールそうな見た目なのに、ギャップで可愛いな。

 ご褒美という言葉に、俺は自然と笑ってしまった気がする。


「なんかわかるなー」

「ゼロやんは、自炊とかは?」

「んー、食べたいものがあったら作るけど、やる気ない時はコンビニかスーパーで総菜買って食うだけだなー」

「え、それじゃ栄養バランスとか偏るじゃないの」

「あー、まぁ、そう、だな」

「ダメよそんなの!」

「す、すみません」


 おかんかよ! というツッコミは心の中に留めつつ、勢いのままに俺はなぜかだいに謝罪する。

 栄養考えるとか、学生の頃、亜衣菜のために作ってた時は考えたりもしたけど……ほんとあれ以来、誰かに作ったりしない限り食いたいものくらいしか作らねーよなー。

 誰かのためならまだしも、自分のために考えて料理を作るって、ほんと面倒に思えてしまうから不思議なもんだ。


「ちゃんと、健康とか気遣いなさいよ」

「ぜ、善処します」

「ぴょんとかも、ちゃんと料理してるのかしら」

「あー、やってなさそうなイメージだわなー」

「ゆめは実家っぽいから、きっとお母さまが作ってそうよね」

「あ、分かるわそれ」


 ここにいない二人を思い出し、俺はだいの言葉に同意しつつ笑ってしまった。

 この前会った感じ、あいつらは料理とかするイメージは浮かばない。

 その点だいは、まぁわかる。

 やっぱ付き合うとか、結婚するなら料理する人だよな……って、何考えてんだ俺!


「ここよ」

「へー、初めてきたな」

「ここの野菜スープカレーがおいしいの」

「よく知ってんなー」


 俺がだいとの会話の裏で妄想しているうちに、どうやら目的の店についたらしい。

 駅からは徒歩7,8分ほどだが、俺が滅多に行かないエリアであり、駅の喧騒から離れた、明らかな個人経営の店だった。

 駅からの移動を考えると、うちは北口を出て西側だが、ここは北口を出て東側。阿佐ヶ谷駅から考えると、けっこう遠い気もする。

 どうやって見つけたんだろ。


 店内は10人ほどのキャパシティのようで、全体的に木目調の内装がどこか安心感を与える店内になっていた。店内から漂うスパイスのいい香りが、食欲をくすぐってくる。

 俺ら以外の客は二組で、どちらも仕事終わりのカップルのように見える。

 って、これ、俺らも、はたから見たらカップルに見えるかな……!


「何変な顔してんの?」


 不意にまるで仕事終わりのデートみたいだなと思った瞬間、年甲斐もなく恥ずかしくなった俺だったが、どうやら怪しい動きに見えたらしくだいの冷たい言葉で俺は現実に引き戻される。

 そうですよね、だいからすれば仕事後にたまたま知り合いに会ったから、たまたま誘っただけですよね。


「だまされたと思って、野菜スープカレーを頼むことをお勧めするわ」

「じゃあ、それにするわ」

「賢明な判断よ」


 向かい合う形で椅子に腰かけ、お冷を持ってきてくれた感じのいいおじさんの店員にだいのお勧めを二つ注文する。

 カレーを注文した直後のだいは、好物を楽しみにするような子どものように、なんだか楽しそうな顔をしていた。

 その楽しそうな顔に俺がドキッとしたのは秘密である。


「あ、そういえば練習試合の相手見つかったわよ」

「え、まじ?」


 妄想モードに入りそうな俺を現実に引き戻すだいの言葉。

 だいも楽しそうな表情ではなく、仕事モードの顔に戻っていた。


「ええ、世田谷商業せたがやしょうぎょうと組んだわ」

「おー、知り合いなの?」

「ええ、世田商せたしょう河合かわい先生は、私の前の顧問だった先生で、引継ぎから何からお世話になったの」

「なるほどね。ちょうどいい相手かもな」

「私もそう思うわ」


 都立世田谷商業、通称世田商はインターハイに出場するような強豪校ではないが、単独チームで大会に参加し、中堅私立であれば互角に試合もする、公立校の中では上位層の強さがあるチームだ。

 俺は直接試合したことはないが、相手とするにはちょうどいいような気もする。


「うちのグラウンドを抑えたから、当日はうちでもいい?」

「仕事はやいな、さんきゅ。明日生徒たちにも伝えるわ」

「ううん、3年生には、いい形で引退してもらいたいもの」

「そうだよなー」


 俺からすれば赤城や黒澤とは2年の付き合いだが、顧問3年目のだいにとって、月見ヶ丘の3年生たちは1年の頃から教えてきた、特別な存在だろう。

 生徒のことを思うその姿勢は、好感が持てる。

 というかこいつ、表現の仕方は下手だが、生徒想いだよな。


「土曜は連携とか、そういう練習もしてかないとな」

「そうね。メニューについては任せるわ」

「え、いいの?」

「ええ。ゼロやんの方が、監督として先輩だし」

「先輩って言われると、なんか変な感じするけどな」

「頑張りなさいよ、?」

「うわ、今だとすげー違和感」

「私だって里見さんって言われた時同じこと思ったわよ!」


 そんな会話に、俺もだいも思わず笑ってしまった。

 あー、楽しいかもしれない。

 うん、やっぱこいつ、7年俺と一緒にいてくれただけあるわ。

 なんか、空気感が合うのだ。

 だいの自然な笑顔に、俺はにやにやが止まらないかもしれなかった。


「お待たせしましたー」


 ちょうどいいタイミングで料理が運ばれてくる。


「うわ、めっちゃいい匂い」

「でしょ? 食べたらさらに驚くわよ」

「いただきまーす」


!!!!!なんということでしょう!


「うまい……」

「でしょ?」


 鼻を抜けるスパイスの香りが心地よく、カレーの辛味はありつつも、野菜の甘みも感じるスープカレー。

 こんな小さな店で食べられるとは思わなかった、絶品だった。

 俺の驚いた表情に満足したのか、だいはドヤ顔の笑顔を浮かべていた。


「ん、おいし」


 そして自分も一口食べて、幸せそうな顔を浮かべる。


 あー、くそ。可愛いな。

 好きなものを食べたり、好きなことをしている時の人の、幸福そうな顔ほど、人を嬉しくするものはないのではないだろうか。

 この前の日曜には見なかっただいの幸せそうな顔を見て、仕事後にばったり彼女と会うことができた幸せを感じたのは、言うまでもない。

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