第24話 楽しかった日の翌日は気分がいい
また始まる一週間。6月は祝日がないし、土曜も部活だとずっと6連勤が続くのだが、まぁこればかりはしょうがない。
起床してスマホで時刻を確認すれば、午前6時15分。
この時間に起きて、7時くらいに家を出るのが俺のルーティーンだ。
っと、誰かからTalk来てるな。こんな朝から、通知8件?
山村愛理『昨日は楽しかったー!いやー、電車も帰宅後も爆睡だったわw次回もよろしくなー』
山村愛理『ゼロやんはちゃんとだいを送ったかー?』
里見菜月『私も楽しかったよ。ありがとね』
里見菜月『おかげさまで。無事に家まで送ってもらいました』
山村愛理『家まで!やるなゼロやん』
山村愛理『え、家にあげたの?w』
里見菜月『あげてません!』
山村愛理『なーんだ。ま、今週もがんばろーぜ』
最初のTalkが5:23。それに対してだいの最初の返事が5:42。
こいつら、めっちゃ早起きだなー。
北条倫『朝から人の名誉を乏しめるようなこというな(笑)』
送信、と。
なんか、ログインしてないのにLAの仲間と連絡取ってるって、不思議な感覚だなー。
オンがオフになったこの感じ、だが悪いものではない。
さ、昨日はいいエネルギーもらったし、今週も子どもたちのために頑張りますか!
「あれ……倫ちゃん昨日なんかあった?」
「なんかって、なんだよ」
その日の放課後、いつも通り部活指導のためグラウンドに行くや否や、市原が俺にそう言ってきた。
「朝の
「そ、そうか?」
「そら、そこまで見てるともはやちょっと怖いぞ……」
「えー、まさか彼女でもできたー?」
「え! 女の影!?」
「いねーよ! 市原は変な言い方すんな!」
って、言ってはみるが、たしかに昨日は久々に女性と遊んで、色々と忘れていた感覚を思い出して、自然とにやけてたか?
それに気づくとか、市原、こわ……。
そして片付けやグラウンド整備を終えた、練習後のミーティングにて。
「あ、そうだ。月見ヶ丘の先生から連絡あったけど、合同チーム決定でいいってさ」
「え! ほんと!」
「すずよかったねっ」
「いやー、大丈夫だろうとは思ったけど、よかったー。あの先生やっぱ思い出すとこえーもん」
「倫ちゃん怒られたの笑えたっ」
「たしかに~」
「やかましーわ! まー、赤城の言葉がちゃんと届いたんだと思うよ」
たぶんな。
実際、赤城の言葉もあることはるだろうが、俺とだい……里見先生が知り合いだったっていうか、7年前からの知り合いだったからとか、一生言えねぇな。
「でもさー、私外野なのー?」
「いや、だって柴田より真田さんのほうがうまかったし」
「そうだぞー。優子のがうまかったぞー」
「それは認めますけどー、セカンドの先輩よりは上手くできると思うんだけどなー」
「いや、二遊間の連携は同じチームの方がいいから」
「そうだなー。センターライン固いと安心するし、むしろそらもなつみがセンターのが安心できるんじゃね?」
一昨日の練習中も不服そうな顔はしていたが、今日も1年の柴田がポジションについて反抗してくる。
たしかに柴田は経験者の中でもうまいし、月見ヶ丘の副キャプテンで、セカンドを頼んだ佐々岡さんよりもセンスはあると思う。
だがチームスポーツのソフトボールは連携プレーが必要なので、バッテリーや二遊間などは連携する機会が多いから、なるべく同じチームのメンバーで組むことが望ましい、と俺は思っている。
そりゃプロとかだったら話は変わるが、俺とだいはおそらく指導観が違うから……柴田の方がうまくても、佐々岡さんのほうが適役なのだ。
「うん! なつみちゃんがセンターだと、打たれても平気だなって思うよ!」
「そう、ですかー」
「まだ出場選手の数は打ち合わせてないけど、昨日のノック見た感じだと、木本ライトで萩原レフトってのが、まぁ無難だとは思ったし、今回は星見台1年トリオで外野だな」
「あ、それはちょっと嬉しいかも」
「まぁ油断してっとレギュラー外れるかもしれないけどなー」
土曜日の合同練習を通して、いくら2年生とはいえ、高校生になってから1年間練習した部員と、中学時代に3年間経験のある1年生部員では、まだまだ中学経験者のほうが上手いな感じたのは事実だ。
やはり若い年齢のほうが物覚えもよく、スポーツの動きが身体に定着しやすいのだろう。
そう考えると、改めて高校スタートながらそれを感じさせない黒澤はすごいな。
とりあえず、俺の星見台1年トリオという言葉で柴田も溜飲を下げてくれた様子だが、たしかに赤城の言う通りレギュラー確定は柴田くらいだろうから、木本と萩原は油断できないだろう。
「とりあえずしばらくは、昨日の位置で練習してこーぜ」
「「「はーい」」」
「あ、そだ、倫」
ミーティングをまとめようとする俺に、赤城が制止をかけるように発言する。
「ん?」
「今週は土曜合同練習じゃん。来週でいいからさ、練習試合組めたら組んでくんね?」
「あ! いいですね! すず先輩ナイスアイディア!」
赤城の言葉に市原が嬉しそうな顔を浮かべる。
だが、こいつら、完全に抜けてるものがあるな。
「来週はもう期末テスト1週間前だから、ダメです」
「あ!!」
「テスト!!」
「3年は進路かかってんだから、ちゃんと勉強しろよ?」
「くっ……テストめ!」
「というわけで、テスト明けの土曜あたりに相手探しとくわ」
高校生にとって避けられないイベントが定期考査だ。定期考査の1週間前から考査が終わるまでは原則部活は禁止になる。
まぁ別に赤点があると部活ができないとか、そんなルールはないのだが、年間で単位を落とし過ぎると進級はできないし、3年の1学期の場合は卒業見込みが立たないと進路活動ができないため、やはりテストは大事なのだ。
中間考査の成績も見たが、黒澤と木本は学年でも上位の成績で、萩原と柴田は中間層、赤城と市原は……残念な子たち、というのが俺の印象である。市原なんか38人のクラスで35位だしな。
部活にかける情熱を、テストにも向けてほしいものだ。
強豪校であれば部活で進学したりすることもできるが、うちのソフト部では、スポーツ推薦で大学進学することは現実的ではない。
高校3年間をかけがえのないものにしてほしい気持ちもあるが、人生は高校卒業してからのほうが長いのだ。やはり自分の可能性を広げるため、勉強は大事だ。
しかし練習試合の相手か……だいにも相談してみよう。
「というわけで、今日はおつかれさーん」
「おつかれっしたー」
「「「おつかれさまでーす」」」
「倫ちゃん、ちょっと進路相談いいかな?」
「ん?」
1,3年の部員が帰宅していく中、市原が残って俺に声をかけてきた。
進路相談ってなんだろう。早く考え出すにこしたことはないが、それだったらまずはテスト勉強頑張ってほしいんだが。
「あのさ、私って、大学でも通用すると思う?」
「えーっと、ピッチャーとして?」
「うん。なんか、中学の頃より自分が成長してる実感、あんまないんだよね」
「あー……」
成長の実感、か。選手としてのそれはやはり、試合に勝つことでしか得られないだろう。
残念ながら単独で大会に出られる人数もおらず、合同チームで大会に出る我が星見台は、高体連主催の、私学も出場する大会では目立った戦績を上げられていない。
中学時代に市大会は負けなし、都大会でも上位だった経験を持つ市原からすれば、やはり不本意な思いもあったのだろう。
この前のインターハイ予選では、不運にも1回戦で強豪私立と当たり、6回コールド負けだったしな。
「俺は市原の中学時代を知らないけど、公立校のピッチャーとしてみれば、十分な力は持ってると思うよ」
「でもそれって、私立いれたら、大したことないってことでしょ?」
「いやー、たしかに私立は強い。特にこの前当たった
「うん……あそこはすごく強かった」
全員が赤城レベルかどうか実際は知らないが、私立黒百合学園高等学校は毎年都大会ベスト4以上、インターハイも3年間在学してれば1回以上は経験できるレベルの強豪校だ。
抽選会で黒百合と当たるくじを赤城が引いた時は、もう笑うしかなかったが、いざ大会で当たって、その強さを間近で見て、改めてレベルの違いを思い知らされた。
選手層も、設備も、練習時間も、練習内容も、全てが向こうが上だったね。
「でも、市原は何本打たれた?」
「えーっと……ホームラン1本と、クリーンヒット4本くらい、だっけ……」
「そうだな。9人も赤城クラスの選手がいるのに、市原は9人全員に打たれたわけじゃない。まぁあの1番とか3,4番バッターはちょっとレベル違ったけど」
「うん、すごかった。抑えれる気、全然しなかったもん」
「そうだな。でも全打席打たれたわけじゃない。たしかに結果だけ見れば俺らは6回でサヨナラコールドで負けたけど、むしろ黒百合相手に5回コールドにならなかったってのは、市原のおかげだと思うよ」
コールドゲームは、5回以降に7点差以上がついた場合に、正規の7回を待たずして試合を終了とする制度だが、俺は正直5回コールドを予想していたのだ。
インターハイ予選で合同を組んでいた都立氷川高校は、俺の前の顧問からの流れで合同を組み続けていた進学校だったが、まぁ、お世辞にも上手いチームではなかった。
真面目な生徒が多い分、言われたことはやるが、やはり絶対的な練習量は少なく感じたし、市原が打ち取った打球でも、エラーしてたしな。
「うーん……」
「心配すんなって。お前はちゃんとやってるよ。月見ヶ丘は氷川よりも上手い選手多かったし、予選リーグは1位通過、なんだったら決勝トーナメントでも上位はいけると思うぞ?」
「そうかなぁ……すず先輩も、あかり先輩も次で最後だから頑張りたいけど、やっぱりちょっと不安なんだ。ほんとは私、高校でソフトあんましやる気なかったけど、先輩たちがいたから、やっぱりソフトやりたいって思ったし、出来るならすず先輩が行く学校で、私もソフトやりたいと思ってるんだけど……」
「ごちゃごちゃ心配すんな。お前に弱気は似合わないぞ?」
「ひゃっ!」
市原があまりに不安気な顔をするので、俺は子どもをあやすような気持ちで頭をぽんぽんとしてやった。
だが、予想外に市原がびっくりしたせいで俺は焦ってすぐに手を離すこととなった。
「あ、あ! まって! い、いまのもっかい!」
「なんでだよ」
「いいからもっかい!」
「はいはい」
言われるがままに、市原の頭にぽんぽんと手を置いてやる。
「えへへー」
「なんだよ気持ち悪いな」
「えーひどー。でも……なんか頑張れる気がしてきたー」
「ちょろい女だなー」
「そんなことありませーん。倫ちゃんがしてくれたからでーす」
「はいはい」
変な意味も、変な気持ちもないが、やはり笑ったこいつは、可愛いと思う。
どこまで本気で俺に好意を示してんのかは知らないし、本気だとは全く思ってないが、可愛いと思うのは、しょうがないよな……!
「試合勝ったらまたやってよー」
「やだよ」
「えー、じゃあ勝てないかもー」
「なんだそりゃ。先輩のためって言ってた奴はどこいった」
「あ、そっか。うーん、じゃあ、予選1位通過したら!」
「それは簡単すぎんだろ」
「えー……じゃあ、決勝トーナメントでベスト8!」
「ベスト4」
「約束だかんね?」
「しょうがねぇなぁ」
頭ぽんぽんされるのの、どこがそこまで嬉しいんだ?
だが、俺との約束を取り付けた市原は、やたらと嬉しそうに笑っていた。
「明日からもがんばりまーす!」
「進路相談じゃなかったのかよ……」
まぁ、頑張ってくれるならそれに越したことはないか。
もうすっかり暗くなったグラウンドを二人で歩き、市原を校門から送り出してから、俺は職員室に戻り、多少の業務をこなして、楽しかった翌日、
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