第23話 家に帰るまでがオフ会です2
シャツを掴んでいるだいのペースに合わせるように緊張しながら駅構内を移動し、高円寺も阿佐ヶ谷も日曜は快速電車が止まらないため、それならいっそと俺らは最初から総武線各駅停車に乗ることとした。
いやぁ、緊張した……。
いや、まだ緊張してるな……。
各駅停車は乗客もまばらで、ようやく座席に座ることができたのだが、今度は俺のすぐ右隣にだいが座っているのだ。肩がぶつかるくらいの距離にいる7年来のフレンドに、俺は今日一番の緊張を感じる。手汗がやばい。
変な緊張をしているせいか、何を話せばいいかすら浮かばない。
電車が進む音だけが聞こえる中、ふと右肩に重みを感じた。
「!!」
何ということでしょう。
もはや何が起きたかを言うのも野暮だろうが、無防備な寝顔で、すやすやとだいが眠っている。
おいおい、こんなとこ知り合いに見られたら完全に勘違いされんぞ……!
しかもだいはちらほらとすれ違う男性の視線が送られるほどの美人なのだ。
うん、今もちらほらと「見せつけてんじゃねぇよ」という男性客たちからの視線を感じる気がするぞ……!
だいが起きる気配などないまま、電車は確実に高円寺に近づいていく。
どうする、起こして降りるか、いやでも、この時間、もう少し……!
降りる、降りない、降りる、降りない、降りない、起こさない……。
俺の胸の内の天秤が、降りるを掲げた。
うん、男として女性を夜道一人で歩かせるのはいけないよな!!
そうして電車が、高円寺を通過する。
まぁ歩く時間が20分ほど増えるだけだ。
そして、まもなく阿佐ヶ谷に着くというタイミングになり、俺は小さくだいの肩をゆすった。
「おい、もう着くぞ」
「ん……あ、ごめんね。寝ちゃった……って、え?」
「降りるぞ」
寝起きで混乱してそうなだいの手首をつかみ、俺はだいと阿佐ヶ谷駅で電車を降りた。
新宿と違ってこの駅なら、降車する人はそこまで多くなく、ホームでも余裕をもって立ち止まることができた。
「え、ゼロやん、高円寺じゃ?」
「まぁ細かいことは気にすんな」
「え、でも」
「ここまで一緒なんだ、家の近くまで送るよ」
「え、え?」
「女性を夜道に一人歩きさせるほど、俺だって無神経じゃねえよ」
「え、でも……」
「迷惑って言うなら、折り返し電車乗って帰るけど」
「べ、別に迷惑じゃない! ……お、お願いします」
……うん、やっぱりこいつ可愛いわ。ダメだ、めっちゃ可愛い。
ちょっとでも負い目を感じてると、こんなにしおらしくなるのか。
恥じらいながらの「お願いします」に俺はノックアウト寸前だ。
「じゃ、じゃあ行こうぜ」
「う、うん」
改札を抜け、駅の北口を出て、だいが東寄りに進む。
……あ、こっちなんだ……。
ちなみに俺の家は高円寺の北口を出て、西に進んでいくのだが……。
もうなんか、奇跡を超えてるだろこれ。
「住宅街入ると、やっぱ暗いなー」
「そうね、でも普段は自転車だから、平気よ」
「そっか、月見ヶ丘だとチャリでいけんのか。いいなぁ」
「ええ。……そっか、星見台だと少し距離あるし、あそこは駅から近いものね」
「そ、だから毎日
人一人ほどの距離をとって、俺はだいと二人で住宅街を進む。
ちなみにだいの勤める星見ヶ丘高校は練馬区の南側に、俺の勤める星見台は中野区の東側にある学校だ。
「ねぇ」
「ん?」
「セシルさんと、まだLA内で話したりするの?」
「んなわけねーだろ。この前の連絡は何年振りって話だよ」
「そう、なんだ」
「まー、たまにばったり会ったりしたら手を振ったりしてくるくらいだな」
「ふーん……まだ好きなの?」
「はっ!?」
「え、だって、フラれた方って、未練とか残ったりするんじゃないの?」
「おいおい、もう何年前だって話だよ……。そりゃ、何も思わないわけじゃないけど、これはもう好きとかじゃなく……あいつ、LA終わったらどうすんだろって心配くらいだよ」
「そう、なんだ……」
「なんでわざわざそんなことを?」
「わ、私は男の人と付き合ったこととかないから、その……男女関係とかよく分からないし」
「そんだけ美人なんだから、告られたことくらいあんだろーよ?」
「び、美人って……!」
しまった!!!!
ついさらっと思ったままを言ってしまった。
これ、同性なら言ってもセーフだろうけど、男が言うのってどうなんだ!? セクハラとか思われたりしないか!?
だが、また怒られるかと思っていたが、だいからの攻撃はこなかった。
というか、あれ? ちょっと嬉しそう……?
「確かに告白されたことはあるけど……そういう関係になりたいって思った人は今までいなかったの」
「ほー、なんだ? 片思いしてる人でもいるの?」
「うーん……それもよく分からない」
「なんだそりゃ」
「わ、私だって! ……私だってよく分からないわよ」
「まぁ、そのうち分かるんじゃね?」
「ど、どうして?」
「ぴょんもゆめも、そこらへんの話は好きそうだし、ああやって友達と遊んでるうちに、新しい発見あるんじゃないか?」
「どういうこと?」
「どうせだい、LAと同じで友達少ないだろ?」
「よ、余計なお世話よ!」
「って!」
再び、だいの肩パンチが炸裂する。
まぁ今のはこうなるのは分かってた。うん、でもやっぱ合ってたな。
「あ、私の家、ここだから」
「おう、じゃあまたな」
「うん、今日は楽しかった。それに、わざわざ送ってくれて、あ、ありがと」
「どーいたしまして」
簡単な会話をして、だいを見送る。
彼女が住んでいるのは3階建ての入口が番号入力の必要な自動ドアのあるタイプの集合住宅だった。
うん、言わなかったけど、こことかもう、うちから徒歩10分くらいだぞ。
だいが自動ドアの向こうに行ったところまで見送り、俺が歩きだそうとすると。
「……可愛いかよ」
振り返っただいが、笑顔を浮かべて手を振ってくれる。
一瞬にして自分の顔が赤くなったのが自覚できるほどだったが、なんとか俺も手を振り返し、改めて帰路へと歩き出す。
今の笑顔は、昨日見た笑顔と同じ、ドキッとするような笑顔だった。
やばいなこれ。
このまま会い続けたら俺、好きになるかもしれない。
男だと思ってた7年来のフレンドで、LAでは相棒と言えるほどだった奴が、実は女で、美人で、合同チームの監督で、家も近かった。
信じられない奇跡を感じながら、昨日までの自分に別れを告げ、俺は紋々とする頭を抱えながら、帰路を歩くのだった。
帰宅後。
家についたのはもう22時くらいになっていたが、手早くシャワーを浴びて、俺は少しだけという気持ちでLAにログインした。
ギルドにいたのはリダとジャックと、だい。
あいつもログインしてるのか、ゲーマーだなー。って、俺も人のこと言えないけど。
〈Zero〉『よーっす』
〈Jack〉『お、オフ会楽しかったらしいじゃーーーーんw』
〈Zero〉『まぁな、詳しくはぴょんとゆめから聞いてくれ』
〈Gen〉『すごいな、だいと同じこと言ってやがるw』
〈Daikon〉『おいおいマネすんなよw』
〈Zero〉『マジか』
やっぱこうしてログだけを見ると、今まで通りのだいなんだよなー。
俺が不思議な感覚に陥っていると、個別のメッセージが俺に届いた。
〈Daikon〉『今日はありがと。でも、メンバーに変なこと言わないでね!』
あ、やっぱ今日のだいは本物だったみたい。
〈Daikon〉『あと!部活の時は公私混同しないよう!いいわね!』
〈Zero〉『りょ、りょうかい』
〈Daikon〉『それと、次回のオフ会も必ず来なさいよ!』
〈Zero〉『はいはい』
〈Daikon〉『それじゃ、おやすみなさい』
〈Zero〉『おう、おやすみ』
こいつやっぱ、ツンデレなのかな……。自覚はないんだろうけど。
そうしてだいがログアウトすると、今度は俺のスマホに通知が来た。
里見菜月『改めて、今日は送ってくれてありがとう。夜道を心配してもらうとか初めてで、嬉しかったです。でも、一駅分多く歩かせてごめんなさい。また明日から、よろしくお願いします』
Talkに届くだいからのメッセージ。
あー、なるほど、これがあいつらの言ってたマメさか……。たしかに、俺にはなかった発想だな。
しかし、敬語だと業務連絡感すごいなー。
北条倫『こちらこそ。意外とご近所さんでびっくり。合同含め、これからもよろしく!』
送信、と。
俺がメッセージを送信すると、『頼ん大根!』というまた別なバリエーションの大根スタンプが届いた。
あー、あの真面目そうな感じでこれだもんな。くそ、ツンデレに天然ありのギャップとか、ずるいだろ……。
ログインして何かしたわけでもないまま俺もログアウトし、明日からの仕事に備えてベッドに横になる。
今日の出来事や、だいとの7年間の思い出を振り返りながら、明日からはどんな日になるのだろうかと考えているうちに、気が付くとうとうとしてくる。
物凄い濃い一日だったけど、楽しかったな……。
次回も……楽しみだ……Zzz
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