第22話 家に帰るまでがオフ会です

 店を出た俺たちは、桜木町の駅への道のりを歩いていた。まだ20時過ぎだから、それなりに駅周辺にも人はいるようだ。

 快晴だった空にはきれいな月を浮かべ、なんとなくそれもいい気分を増してくれる。


 結局会計では俺の財布から諭吉さんが一枚旅だったが、なんだかんだ今日は楽しかった。

 うん、この価値はあったな。


「みんなはどうやって帰るの~? わたしはバスだけど」

「あたしは町田だから横浜線」

「俺は横浜から新宿行って、そっから中央線だよ」

「え!?」

「どしたの~?」

「あ、いや、私もだから……びっくりしただけ」

「うわ、お前ら最後に奇跡もってきやがったな!」

「ここまでくると、もう何も言えないね~」

「じゃ、横浜までは一緒だけど、そっから先はだいのこと任せたぞ?」

「お、おう」


 横浜までは数分だし、横浜から1時間弱、だいと二人か……!

 やべ、緊張してきた。


「じゃ~今日はありがとねっ。楽しかった~、次楽しみにしてるよ~」

「おー、ばいばーい」

「うん、私も楽しかった。またね」

「じゃあまたLAで」


 バス停までゆめを送り、3人になった俺らは駅の方に向け歩き出す。

 だいとぴょんが二人で話してるので、俺は半歩後ろを歩く。

 あ、これぴょんとゆめと三人だった時と同じフォーメーションだな。


「いやー、ゆめのやつ元気なってよかったわー」

「そうね、あの様子ならもう大丈夫そう」


 あれだけ飲んだってのに、ぴょんはもうほとんど酔っている雰囲気を出していなかった。

 こいつ、ザルかよ。

 対してだいは結局3杯くらいしか飲んでいなかったが、まだ少し赤ら顔だ。


「あれなら合コンでも行きゃ、すぐ次の男見つかんだろ」

「あー、そうね。そんな感じがするわ」

「結局男はああいうタイプが好きなんだろー?」

「黙秘権を行使する」

「可愛いは正義、っていうものね」


 たしかにゆめは可愛かった。それは否定しない。

 というか、やっぱ基本的に男は甘えられるのが好きだと思うんだが、違うんだろうか?


「ほんじゃま、またなー。帰り道だいのこと襲ったりすんなよ?」

「しねーよ!」

「ぴょんもまたね」


 あっという間に横浜駅につき、俺とだいは乗り換えのためぴょんを残して電車を降りる。

 さぁ、ここからが俺の試練だぞ。


「きょ、今日はマジでびっくりだったよ」

「わ、私だって昨日相当びっくりしたわよっ」

「そ、そうだよな」

「そのせいで、普段しないようなミスしちゃうし……」

「あー、昨日変だったのはそのせいだったのか」

「せっかくあーすが頑張ってくれてたのに、ほんと申し訳ないことをしたわ」

「たしかに、俺もその立場だったらうまくできる自身ないなー」

「そうよ、責任取りなさいよっ」

「え?」

「へ、変な意味じゃないわよ!」


 そう言って右肩を叩いてくるだい。

 この口調だからそんな気はしてたけど、ついに手が出たぞこの女……。

 てか、「責任取りなさい」とか変なこと言うお前のせいだろ!?


「いや、でも女性の先生と合同とか正直やりづれーなーと思ったけど、だいって思うとかなり気楽なったわ」

「そ、そうね。その点については同意見だわ」

「7月までよろしく頼むな」

「こちらこそ……あ、でも、女子高生相手にへらへらしてたらまた怒るわよ?」

「え、俺へらへらしてた?」

「自覚ないとか変態なの?」

「いやいや、俺はあいつらがのびのびソフトできるようにしてるつもりなんだけど」

「……ものは言い様ね」


 ここら辺は、お互いの指導観の問題だな。おいおいこの辺りも折り合っていかないとな。

 少なくとも、理解はしてくれたが納得した顔じゃないな、これ。


「そういや、新宿から中央線って言ってたけど、だいはどこ住んでんの?」

「阿佐ヶ谷」

「……マジか」

「何よ、あなたはどこなのよ」

「……高円寺」

「嘘……」


 阿佐ヶ谷と高円寺は、中央線で隣同士の駅で、両方杉並区だ。ちなみに新宿から見ると高円寺が先で、阿佐ヶ谷がその次だ。

 うーん、まさかそこまで近くに住んでたとは……もう開いた口が塞がらない。


「そんな近くにいたとか、もう笑うわ」

「ほんとね……今あの二人がいなくてよかったわ」

「あー、そうな。あの二人にはほんと、終始焦らせられたわ」

「ゆめが抱き着いてきた時、嬉しそうな顔してたくせに」

「え!? そんなんなってた!?」

「ええ、とても。……ゆめみたいな子が、タイプなんでしょ?」

「いや、そういうわけでもないんだが……」


 たしかに見た目もあるけど、それ以上に中身だと思うんだよなー。

 ゆめは確かにザ・女の子って感じで可愛かったけど、今日だけじゃまだ分からない部分もあるし。

 亜衣菜も甘え上手な女の子だったが、それ以上に田舎出身っていう波長があった、ていうのが一番しっくりくる表現だと思う。

 そういう意味では、ぴょんとかゆめより、7年もフレンドやってるだいのほうが、波長は合う、気はするが……。


「ん?」


 その時、俺とだいが同時に自分のスマホの振動に気づいた。


「あ、ゆめからだ」

「ほんとだ、【Teachers】って、たしかに俺らのグループ名はこれしかないわな」

「ふふ、そうね」


 お互いのスマホでゆめから送られてきた招待Talkを開き、参加を押す。まだぴょんは参加していないようで、参加者は3人だった。


平沢夢華『今日は楽しかったよ~ありがとね!』


 俺らの参加に気づいたゆめが、その一分とウサギのキャラクターが「ありがと!」と言っているスタンプを送ってくる。


里見菜月『私もほんとに楽しかった。明日からも頑張ろうね』


 俺がメッセージを打ってる間に先にメッセージを送っただいが、そのメッセージとともに俺は昨日も見た「頑張り大根!」のスタンプを送っていた。


 そのスタンプを見た俺は、彼女の隣で思わず吹き出してしまった。


「そのスタンプ、よく見つけたな」

「可愛いでしょ? 一目惚れしたから、すぐ買っちゃったの」

「か、可愛い?」

「え?」


平沢夢華『大根スタンプ。笑』

平沢夢華『笑っちゃったじゃん。笑』


 俺同様、ゆめも同じ反応だ。


北条倫『俺も楽しかったよ。ゆめが元気なってよかった』

北条倫『そのスタンプウケるよな(笑)』


 スタンプに笑って反応が遅れてしまったが、俺もようやくメッセージを送信する。

 俺のメッセージの意味が分からないようで、だいは不思議そうな顔をしていた。

 こいつ、もしかして軽く天然なのか……?


 そんなやり取りをしていると、電車が新宿に到着する。

 やっぱ新宿は、いつ来ても人が多いな。

 怒涛の降車ラッシュに、俺は後ろからだいがついてこれているか、ちらちらと振り返り確認していたのだが、案の定少しずつだいが離れていってしまう。


 うーん、しょうがないよな。


 何とか気合で人波に逆らうように流れから離脱し、人波に流されそうなだいの腕を掴み、引っ張り出す。

 腕を掴まれた瞬間、だいがものすごくびっくりした顔をしていたが、それが俺だと気づいたら、少しだけ安心したような表情で俺に引っ張られてくれた。

 いや、拒否られなくてよかったわー。


「あ、ありがと」

「いやー、やっぱ新宿はいつ来ても人だらけだからな」

「そ、そうね……」

「じゃ、行くか」

「う、うん……」


 乗り換えのため再び歩き出したのだが、何か違和感を覚える。


「ん?」

「ひ、人多いから……」

「お、おう……!」


 何かシャツが引っ張られる気がしたので振り返ると、だいが控えめに俺のシャツの裾を掴んでいた。


 やばいやばいやばい。

 これは……可愛いだろ、くそ……。


 モデルのような美人のだいが、恥ずかしそうに顔を伏せながら、俺のシャツの裾を掴んでいる。

 ゆめとぴょんに抱き着かれた比じゃないくらいドキドキしたのは、言うまでもない。

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