第19話 7年来の親友
カラオケを出て駅まで歩く道すがら、すっかり意気投合したゆめとぴょんは腕を組んで歩いていた。似てはないけど、姉妹みたいな感覚なんだろうか。
俺は二人の半歩後ろを歩くが、はたから見たらどんな風に見えるんだろうな。
6月の16時前はまだまだ日も高く、今日は天気もいいためかなり汗ばむ陽気。
こんないい天気だからか、まだまだ駅周辺にはカップルや家族連れがたくさんいるようだ。
「わっ、みてみてすごい美人さん!」
「おー、ほんとだ、モデルか何かかな?」
半歩前を歩く二人の声が聞こえ、俺もそちらに視線を送る。10メートルほど先のサンデイズ前には待ち合わせ中だろう女の人もがちらほらいたのだが、二人が見つけた女性は黒のスキニージーンズに、水色のシャツを合わせたカジュアルな恰好のスタイルのいい女性だった。髪型はセミロングの黒髪で……って!
「お、俺、あの人知ってる」
「え?」
「おいおい、あんな美人と知り合いとか、ほんとモテ男だな?」
「いや、そういう関係じゃねぇよ!」
矢継ぎ早に二人の質問が俺に来るが、決してそんな関係ではない!
というか、あれ、どう見たって、里見先生だよな……?
いやー、あんな美人だもんな。今日は彼氏さんと横浜デートか?
なんとなく自分の気持ちががっかりするのを感じながら、俺らが少し立ち止まって話していると。
なんということでしょうか。
その女性はゆめのスカートに視線を送ると、一瞬嬉しそうな顔を浮かべこちらに歩き出したのだが、直後に俺の顔を見るや否や、今度は俯き加減になってしまった。
え、まさか……いや、そんな馬鹿な……え、ちょ、え?
「もしかして、だいかな~?」
「は、はじめまして。……
恐れを知らないゆめが尋ねると、二人が見つけた美人さん、里見先生が、小さい声だがはっきりと、そう言った。
今、たしかに、だいって言ったよな……?
「えええええええええ!?」
周囲の視線が集まるほどに、俺は思わず大声を出して驚いてしまう。
「おい、ゼロやんうっせーぞー」
「え、だって、え?」
「あれだけマメな性格なんだし、わたしらは女の子だろうなーって思ってたよ~?」
「え、うそ、マジ?」
「私は! 昨日からあなたがゼロやんだって気づいてたわよっ」
「え、嘘、なんで?」
「昨日?」
なぜか怒っているような声で里見先生、だいが俺にそう言ってくるが……ああもうどっちも同じなんだけど、ダメだ頭が混乱する!
え、里見先生がだいで、だいが里見先生で……?
え、7年間ずっとフレンドで、相棒だと思ってたやつが、女?
え? 俺以外はみんな知ってた?
「おい、昨日ってなんだよ?」
「いや、ちょっと待って、今それどころじゃないんだって」
「昨日、うちの学校と彼の学校で合同練習したの。次の大会、合同チームで出るから」
「うわ~、すっごい奇跡っ」
「そんなことってマジであんのか!」
混乱する俺の代わりにだいが説明してくれたが、その説明にぴょんもゆめも驚いていた。
そうだよな。俺だって信じらんねぇよ。
長年のフレンドと、知らずに合同チーム組むことになってたとか、もう意味わかんねぇよ。
「って、あれ……合同チームで出るって、結論はまだもらってなかったんじゃ……」
「うるさいわね! 今決めたの!」
「うわー、ツンツンさんだ~」
「LA内じゃあんなに優しいだいが、ウケるっ」
いや笑えねーから! え、てかなんで俺さっきから怒られてんの!?
「とりあえず立ち話もなんだから、個室居酒屋予約してるし、そっちで話そっ」
「おー、ゆめ用意がいいな!」
ゆめの指示に従って、二人が歩き出したので俺とだいも少し距離を置いた横並びで歩き、それに続く。
なんでこの人、ずっとにらんでくるんだ……?
「……あなたが生徒と話してたLAって単語。じゅりあっていう部員。その段階でかなり疑ったけど、あなたのTalkのアイコン、あれが決め手だったわ」
「じゃ、じゃあその場で言ってくれればよかったんじゃ――」
「言えるわけないでしょ! 私は子どもたちにゲーマーだなんて言ってないの!」
「す、すみません!」
「そ、それに、あなた私のことずっと男だと思ってたろうし」
「お、仰る通りです」
「それは別に気にしてない! 男キャラ使ってたのは事実だし」
「よ、よかったです」
「というか、私の方が年下なんだから仕事中じゃあるまいし、敬語使わないでよ!」
「ええ!? わ、わかった……」
「おいおい、イチャイチャしてんじゃねーぞー?」
「してねーよ!」「してないわよ!」
ぴょんの冷やかしに二人同時にツッコミをいれたが、マジでそういうこと言うのやめてくれ。
というかなんで俺さっきからずっと怒られてんの?
これ、あれだよな。昨日グラウンドで一喝されたときのテンションだよな……?
そこでふと思い出す、昨日の里見先生の笑顔と、丁寧なラインに、不思議なスタンプ。
何この人、ギャップはんぱねぇ!
こうやって出会ってしまった以上、俺がずっと相棒と思っていたLAの〈Daikon〉には、きっともう会えないんだろうな……。
今後ログインしたら、どう接しよう……。
答えが出る気がしない問いを抱えつつ、俺はツンツンしてくる美人と少し距離を空けて歩きつつ、ゆめとぴょんの後ろを歩くのだった。
到着した居酒屋は、いわゆるコンセプト居酒屋という奴で、海底をイメージした作りらしく全体的に青くて暗い作りになっていた。
個室席の背中側には観賞魚たちが泳ぐ水槽になっており、かなりおしゃれだ。
「保護者とかもしいたらやだからさー。ちょっと暗いけど、いいよね?」
「さすが横浜、おしゃれだなー」
「うん、綺麗で素敵」
「でしょでしょ~」
女3人に男1人。男3人に女1人のゆめ逆ハーレムだと思っていたのに、全く逆じゃないかこれ。
個室席の奥側にゆめとだいが座り、俺がゆめの隣に、ぴょんがだいの隣に座る。
だいと対角線の位置に座ったのは、なるべく彼女の視線から逃げるためだ。そう、これは戦略なのだ。
俺がそんなことを考えていることなど露ほども気にしていなさそうな3人は、内装を気に入ったようで、俺そっちのけでキャッキャしている。
……こんだけ薄暗いと、食べ物とかおいしそうに見えない気もするんだが……。
「何飲む~?」
俺の考えなどそっちのけで、ゆめが俺にメニューを見せてくれた。
間接照明しかないためけっこう薄暗く、見づらいっちゃ見づらい。
「あ、席だけの予約だから、飲み放題とかじゃないからね~」
「OK、ま、最初はビールで」
「あたしも!」
「わ、私はウーロンハイで」
「はーい、わたしはサングリアにするね。ゼロやん注文よろしく~」
「え、ああ、わかった」
まぁ座席的に俺かぴょんが頼む係だろうが、なんていうかゆめはあれだね、典型的な妹タイプなんだろうな。
あまりにもナチュラルに頼まれたことからそう判断する俺。
改めて考えても、ゲーム内ではだいとは7年、ぴょんとは2年、ゆめとは1年半ほど一緒に遊んできた仲だが、俺はみんながどういう風に育ってきたとか、全く知らないんだよな。
不思議なもんだ。
「はいは~い、じゃあ、【Teachers】の出会いに、かんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
「って、失恋記念じゃねぇのかよっ」
「そんなのもう忘れました~」
「一応心配で来たのに、そんな必要なかったのね」
「みんなに会えたら元気なっちゃった」
「ま、楽しい気分のほうが酒もうまいさっ」
なんていうか、あれだな。会話に入るタイミングわかんねぇなこれ。
ま、ここは大人の男として聞き役に徹するのもありだよな、うん。
「いやー、しかしだいがこんな美人だとは思わなかったぜ」
「そ、そんなことないわよっ」
「しかも、これ何カップだよ?」
「二人並ぶとぴょんはまな板だね~」
「そう言われれば……え、ついてるのよね?」
「お前ら……殺すぞ?」
こういう会話はやめてほしい。いや、ほんとやめてほしい。
こんな会話されたら、自然と視線が、そっちに行くだろ?
話題の場所に視線がいくのは、人間の反射反応だろ?
でもな、目を口ほどに語るって言う通り、視線って、バレれるんだよ。
「おい、ゼロやん、どこを見て、何と比べてんのかなー?」
「えー、ゼロやんセクハラ~」
「最低」
「だったらせめて男がいるって考えた話題にしてくれよ……」
「わがままだな~」
ほらな。
ちなみに《だい>ゆめ>ぴょん》だった。うん、これは俺の胸の内にしまっとく結論にしておこう。
「まぁでも、あんまゼロやん男って感じはしねぇんだよなー、悪い意味じゃなく」
「そうだね~、可愛い系男子だね~」
「男子って年じゃねぇよもう」
「セシルの好みはこういうやつだったのか」
「え、何その話?」
「あ、ゆめはいなかったんだっけか!」
「え、今その話する!?」
くそ、こいつらが女だと知ってたら言わなかったのに……!
数日前の俺を、心から恨んだ。
特にぴょんなんか、一生言ってくるタイプだろこれ。
「ゼロやん、あのセシルの元カレなんだってよっ」
「え! うっそ~、びっくり!」
はぁ、また話せってなるんだろ、これ。
今朝はあれほど楽しみにしていた今日のオフ会なのに、この空間がまだまだ続くことを思うと、俺は少しだけ、憂鬱な気持ちになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます