第18話 もう昨日には戻れない
翌朝7時半。窓から差し込む光が心地よく、今日は絶好の快晴だ。
さて今日はどんな冒険を……じゃなかった。11時に、桜木町か。家から駅までもいれて、まぁ9時半ちょいにでれば確実だな。
洗濯機を回しつつ、お湯を沸かしてコーヒーをいれ、トースターで食パンを焼き、顔を洗って歯を磨く。
仕事の日はもっと早起きだが、部活のない日曜くらいこのくらいゆっくり起きてもいいだろう。
洗濯機が回り終わるまで、トーストにバターを塗って食べながら、コーヒーを飲みつつ、適当にパソコンでネットニュースを眺める。
変わらない日曜の朝だが、今日はいつもとは違うこれからが待っている。
一通りニュースチェックを終えた俺は、今日何を着ていくかを考え、シンプルにベージュのチノパンに白無地のロンT、その上に紺のコットンシャツを羽織っていくことを決める。
ま、普段通りでいいだろ。
そうして洗濯物を干し終え、余った時間は適当に面白動画を眺めつつ、9時半前には家を出た。
もし俺が最年長だった時用に、念のためATMでお金を下ろしておこうと思ったのだ。
それに、ゆめの分くらいは男たちで出すべきだろう、今日ばかりは。
ほんと、顔も年齢もわかんない相手と約束するって、すげーことだよなー。
俺の最寄の高円寺駅までは、住んでるアパートから徒歩10分ほど。
郵便局でお金を下ろしたあと、俺は北口に広がる雑多なエリアを通りぬけ、9時50分頃にきた電車に乗り、いざ桜木町を目指すのだった。
「10時50分か、もう来てるのかな……っと、ロンTにバラ柄のスカートって、あいつか……?」
改札を出て見えるとこにあるサンデイズ前に、確かに昨日ゆめが言っていた恰好をした、細見の女性が立っていた。
あー、なんか急に緊張してきた。ゲーム内では何度も会ってしゃべってんのに、いざリアルで会うって緊張するな……。
はじめまして、から言えばいいのか……?
顔に緊張を出さないように近づいていくと、彼女も俺の存在に気づき、じろじろと俺の方をうかがってくる。
そうか、ナンパとかって可能性もあるから、向こうから名乗ったりはしてこないよな。
初めてリアルで会ったゆめは、ザ・女子という感じの華やかな雰囲気がある女性だった。青地に派手なバラ柄のスカートに、胸元に英字がプリントされた白のロンTを着て、ゆるふわボブの髪型の頭には、ベージュのキャスケットをかぶっている。顔立ちは綺麗よりは可愛い系という感じで、色っぽい感じの垂れ目が印象的だ。
男性なら女性に対して付き合えるか付き合えないかのジャッジを脳内でこっそりやったりした経験はあると思うが、うん、喜んで付き合える可愛さだ。
たぶん、俺よりも年下だろうな。
「えーと、はじめまして?
「あ! よかったぁ! ゆっくり近づいてくるから、ゼロやんなのかどうなんだろうってドキドキしちゃったー!」
「ああ、ご、ごめん」
「ううん、はじめまして! わたしがゆめでーすっ」
「無事会えてよかったわー。って、なんで近づいてくるの、俺とぴょんか迷ったりしなかったの?」
「え~、だって」
「やっほう! あたしが
後ろからいきなり肩を掴まれ、俺は驚きとともに咄嗟に振り返る。
そこにいたのは――
「え!?」
「……ゼロやん、気づいてなかったの?」
「……え?」
何が起きたのか理解できず、俺はきっと文字通り目を白黒させてしまったかもしれない。
一番最後に待ち合わせ場所に現れたぴょんは、どっからどう見ても、女性だったのだ。
「いやー、その顔がみたくてねー」
「すごいね、ぴょんの言う通りホントにゼロやん気づいてなかったんだ」
「だから言ったじゃーん。いやぁ早く来た甲斐があったわー」
立ち話するのもなんなので、俺たちは駅前にある遊園地近くのショッピングモールに移動し、ランチを食べるためにイタリアンのレストランに来た。
ソファー席に女性陣二人が座り、俺は椅子の席に座る。
日曜ではあるが、まだ12時前だからか店内の込み具合はまだそれほどでもないようだ。
楽しそうな表情を浮かべるぴょんは、俺と同じく外部活の顧問をしているのか、小麦色の肌が印象的な、全体的にすらっとした活発そうな女性だった。
さっぱりしたベリーショートに、白のワイドパンツに紺色のブラウス姿。一重瞼の切れ長な目じりの目が、今は楽しそうに細くなっている。笑うと見える八重歯も、彼女の性格と合っている気がするな。
ゆめが可愛い系だとすれば、ぴょんは美人系だろう。昨日会った里見先生ほどではないが、十分美人だし、彼女の性格も合わさって一緒にいて楽しそうな雰囲気の女性だった。
「なんだー? 男だと思ってたぴょんくんが、思ったより美人でびっくりしたかい?」
「そ、そりゃびっくりするだろ!」
「でも、ぴょんが言ってた通りゼロやんけっこうイケメンだね~」
「だろ?」
「LAの中のキャラが、そのまんま大人になった感じ~」
「あー、そう言われれば、たしかに」
「うまくつくったなー」
男2女1だと思ってここまで来た俺は、いまだにこの状況を受け入れきれていなかった。
そんな俺をさしおいて、女性陣二人は初対面と思えないほど普通に会話をしているのだから、女性教師恐るべし……。
Zeroのキャラメイクしたの
「でもぴょんも綺麗でびっくりした~」
「ゆめだって、ゲーム内じゃ美人系なのに、リアルじゃ可愛い系なんだなー」
「ぴょんはリアルだとちゃんと大きいね~」
「リアル小人なわけねーだろっ」
「……初対面、なんだよな?」
「「そうだよ?」」
あまりにも自然に繰り広げられる会話に、俺が思ったまま尋ねると、奇跡的なシンクロで二人の返事が返ってきた。
声がかぶったことに、二人は顔を見合わせて笑っている。
「まぁ、元気そうでよかったよ」
「んー、寝たらすっきりしちゃった。昨日みんなと話して、ぴょんがオフ会しよって言ってくれて、むしろ楽しみになってたしねっ」
「失恋きっかけのオフ会文化誕生って、また変な話だけどなっ」
「あんなくそ男もう忘れたーっ」
「いいぞいいぞっ」
公共の場でくそ男とか言うもんだから、ちらほらと周囲の視線が痛いが、あえてそれは気にしないことにしよう。
いつまでもしゃべっているわけにもいかないので、盛り上がる話を一旦止め、俺たちは料理を注文する。
イタリアンのレストランなので俺は定番にミートソースのパスタ、ゆめがクリーム系のパスタ、ぴょんがマルゲリータのピザ、そして全員で食べれるように大きめのサラダも頼んだ。
「好き嫌いないよねー?」
「わたしパプリカ好きじゃないな~」
「おいおい、給食とかどうしてんのさ?」
「横浜は給食じゃないんだよ~」
サラダが運ばれてくると、さも自然にぴょんが3人分を取り分け始めた。ゆめもそれを自然に見ているし、なんかこういう人となりが見えて面白いな。
しかし給食か、二人とも高校じゃないんだな。
「好き嫌いしてっと病気リスク高まんぞ?」
「ぴょんお母さんみたいだね~」
「やかましいっ」
「でも大きくなれないぞ? とかじゃないの、年齢を感じるな」
「もう二十代も半分以上終わってんだ。ゼロやん、現実を見たまえよ」
「確かに俺ももうアラサーだけど」
「えー、ゼロやん同い年くらいかと思った~」
ぴょんが取り分けてくれたサラダをそれぞれが食べつつ、話が年齢の話題に移る。
二十代半分以上終わってるってことは、ぴょんは同い年くらいなのかな。
「つか、女性に年齢聞いていいのか?」
「わたしは別にいいけど~?」
「その顔むかつくわ~。ま、あたしも生徒によく聞かれるしね、慣れてるよ」
「どうせ永遠の17歳とか言ってるんでしょ~?」
「おいおい、エスパーかよっ」
「言ってんのかよっ」
「ぴょんは生徒から好かれてそうだね~」
年齢を聞かれた時にボケるのは、まぁ教師の鉄板だと思うが会って間もないというのにぴょんがそう言っている光景が浮かび、俺とゆめは自然と笑っていた。
たしかにゆめが言う通り、ぴょんは生徒に好かれてそうだ。
裏表なさそうだし、こういう性格の人は男女問わずに好かれそうだもんな。
「ちなみにあたしは今年で25だよ~」
「うわ、わかっ」
「ってことは、3年目?」
「んー、音大時代一年ウィーンに留学したから、今2年目~」
「音大! ウィーン留学!」
「ゆめは音楽の先生なんだ」
「そだよ~」
「まぁ、お嬢様感あるもんな~」
「いや、それは偏見だろ」
なんとなく音楽をやってる人は富裕そうなイメージはあるが、あくまでそれはイメージだ。ただまぁ、実際にゆめは富裕層育ちの雰囲気がずっと出ているのだが。
さっきのぴょんがサラダ取り分けてる時の待ち方とかも、いいとこの家で育てられた感あったもんな。
「あたしは永遠の17歳、じゃなくて今年で28になる27歳だよ。まー、留学ってほどじゃないけど、あたしも学生時代休学してアフリカ行ったりして卒業まで6年かかったから、教師なってまだ4年だけどね」
「アフリカ! ぴょんはアクティブだね~」
「今年28ったら、俺とタメじゃん」
「え、ゼロやんゆめよりは上だろうけど、あたしより下だと思ったのにっ」
「そこまで範囲狭めたらほぼ誤差だろ……」
「わたしの3つ上か~」
「俺は新卒ですぐ先生なったから、今6年目だよ」
「おお、ベテランじゃーん」
「大先輩だね~」
「そこまで変わんねぇだろ」
ゆめが3つ下で、ぴょんがタメか。しかし、留学とかアフリカとか、みんなすごいな。
卒業旅行でヨーロッパ行ったくらいで、旅行以外で海外なんて行ったことねぇや。
「ぴょんは……体育の先生?」
「残念! よく言われるけど、あたしは中学の国語科だよ」
給食の話題がさらっと出たから、二人とも小学校か中学校だと思ってたけど、まさかの国語とは……ぴょんのやつ、意外だ。
「ゼロやんは?」
「俺は都立高校の公民科だよ。倫理専門」
「うわ、公民科一発合格とか、エリートじゃん」
「倫理って、ソクラテスとかニーチェとか、あの難しいやつ~?」
「エリートじゃないけど、まぁそういうの教えてる」
大学4年の時に一発で教員採用試験の社会科で合格するのは、だいたい10倍以上の倍率を突破する必要があるから、エリートってよく言われることがあるんだが、決して俺は自分をエリートだとは思ってない。
亜衣菜と別れて、カッコ悪くなりたくなかったから、猛勉強した結果だ。
あの時に詰め込んだ知識は、もうけっこう抜けた気もするし……。
その後運ばれてきた料理を食べつつ、ぴょんがテニス部顧問、ゆめが中学で吹奏楽部顧問だという話をしたり、ぴょんは東京の多摩地区で務めてたりというお互いのことを話し合った。
そしてランチを食べ終えた俺たちはその後予定通りにカラオケに移動し、ゆめの美声を聞いたり、ぴょんのシャウトを聞いたりしながら普通に盛り上がり、ゆめはもう失恋のダメージなど全く感じさせなくなった。
そしてまもなくだいが合流するはずの16時。
ようやく男仲間が増えると一安心しつつ、俺たちは再び桜木町のサンデイズ前に移動するのだった。
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