第12話 どうやらツン度100%ではないらしい

「北条先生、ご指導ありがとうございました!」


 練習を終え、片付けやグラウンド整備を1,2年の生徒がしている時、うちの3年と月見ヶ丘の3年の、合わせて4人の生徒が俺のところへやってきた。


「いやいや、やっぱ人数多いと色んな練習できて助かるわ。こちらこそありがとね」


 俺がそう言うと、月見ヶ丘のキャプテンの真田さんは嬉しそうに笑ってくれた。

 真面目そうな顔ばかりだった子だけど、やっぱり高校生だな。


「つかさー、うちら別に倫のこと舐めたりしてないんだけど?」

「そうだねー、たしかに月見ヶ丘のみんなとは顧問との関わり方が違うけど、別に舐めたりはしてないね」

「んなの分かってるよ」


 2時間ちょっと前に里見先生が言っていた怒りの言葉を思い出したのか、不満顔の赤城が俺を援護するようなことを言ってくれた。

 1年はまだどうかは分からないが、赤城と黒澤が言う通り、彼女たちは決して俺を舐めているわけではないと俺も思っている。

 態度こそあれだが、言われたことはしっかり取り組むし、報連相は徹底され、自分たちなりに俺の意図を組もうと考えて行動しようとすることもある。

 どうすれば楽しく部活ができるか、俺が目指すチーム像の共有は、1年間俺と部活をしてきたことでしっかりと出来ているのだ。


「あの、里見先生はああ言ってましたけど、その、嫌ったりしてあげないでくださいね?」


 そんなやり取りをしていた俺たちに、真田さんがおずおずと言いづらそうに言いだした。


「え?」

「へ? 嫌うも何も今日初めて会ったんだし、チーム方針を固めてなかっただけの、先輩教師として俺のミスだよ。君らが気にすることじゃない」


 赤城は意外そうな顔を見せたが、俺はその言葉に思わず間抜けな声を出してしまった。

 大の大人が、そんな簡単に人を嫌いにはなるべきでは、ないだろう。

 だからこその大人の対応を見せなきゃいけないしな!


「そう言っていただけると助かります。里見先生、確かに恐いとこもありますけど、褒めてくれる時はすごく優しく笑ってくれるんですよ」


 真田さんに続き、佐々岡さんも里見先生を擁護するようなことを言ってくる。


 優しい笑顔とかちょっと想像つかないけど、なんだ、あの人もなんだかんだ生徒には好かれてんじゃん。


「里見先生は私たちが勝てるようにいつも全力で向き合ってくれるんです。たしかに今日は私たちも初顔合わせで少し浮ついてたかもしれません……でも、星見台のみんなや北条先生と練習するのは新鮮ですごく楽しかったです。だから、私たち里見先生に謝って、もう一度星見台と合同チーム組めるようにお願いしてきます!」

「そっか。うん、じゃあお願いしてもらっていいかな?」

「はい!」

「俺はまだこの辺で待ってるから、戻ってこれそうだったら、連れてきてもらっていい?」

「わかりました!」

「ん、じゃあよろしく!」


 よし。これで少しはいい方向に、いけばいいな……!


 グラウンド整備と片付けが終わった1,2年も戻ってきて、月見ヶ丘の生徒たちを職員室へ、星見台の奴らに着替えてくるよう更衣室へ送り出す。

 女子の話は長いし、着替えも長いから、とりあえず俺は一人で待ちぼうけタイムだ。



「美人過ぎて浮かれちゃったなー……」


 グラウンドに置いてあるベンチに腰かけてのんびり流れる雲を見上げながら、生徒たちには絶対に言えなかった心の声を漏らす俺。

 直接会話をしたことがある人としては、俺の人生で出会ってきた女性たちの中で一番かもしれない。

 年下で、美人の教師だから、無意識の内に俺もかばうようなことを言ってしまったような、そんな気もしないでもない。


「……いやいや、決して変な気持ちではないぞ……!」


 そりゃ合同チームを指揮していく中でもっと親密になれれば、なんて邪なことも考えてしまうが、誰かと付き合うということを考える時、今でも亜衣菜の顔が浮かんでしまうのは、俺の弱さというか、女々しさだろうな。

 LAをやめる気もないし、これを理解してもらえる人がいいというのが、俺の理想だ。……少なくとも亜衣菜であれば、そのハードルはハードル以前の問題としてクリアできていた。

 もしあの時、俺がずっと彼女を支える道を選んでいたら、今の俺たちはどんな関係になっていたのだろうか。


 こうしてぼーっとしていると、今でも時々考えてしまう独り身の妄想だよ。


「俺の中で、LAってでかいなー……」


「倫ちゃんただいまーっ」

「ほんとに練習後かっつーくらい元気だな」


 他の部員たちよりも早く、市原が着替えを終えて俺のそばへやってきた。


「やっぱ人数がいると楽しいね~」


 俺の隣に腰を下ろした市原は楽しそうな顔を浮かべていた。


「お前はお気楽でいいな」

「えー、ポジティブって言ってほしいんですけどー」

「はは、そうな。ポジティブだな」

「うん! それに、月見ヶ丘の先生もいい先生だねー」

「え? 怖いとか思わなかったの?」

「なんでー? たしかに怒ってどっか行っちゃった風に見えたけど、4階のあの教室から、よ?」

「え? どの教室?」

「ほら、あそこ」


 市原が指差したのは、グラウンドからだと気づきにくい角度にある教室だった。

 カーテンもかかっており、正直そこに人がいるかどうか、俺には判断つきそうになかった。


「……お前よく見えたな」

「視力2.0だし?」

「マサイ族かよ」

「何それ?」

「あ、なんでもない。……でも、そうか、見てたのか」


 市原の頭の残念さは置いといて、月見ヶ丘の生徒たちが言っていた通り、やっぱ悪い先生ではないみたいだな。


つーか、もしかして……。


「え……ツンデレ?」

「何がー?」

「い、いや、なんでもない」

「てかさ、倫ちゃん、月見ヶ丘の先生にデレデレしてたでしょ!」

「は? し、してねーし」

「嘘! 確かにすごい綺麗な先生だけど……これは強敵……!」

「何と張り合ってんだお前は」

「私というものがありながら……!」

「いや、ねーから」


 相変わらずの市原に俺は冷静にツッコみながらも、変わらない様子に少し安心する。

 教師が思っている以上に生徒は意外と色んなとこ見てるもんだな。


「倫ちゃんとお近づきになるには、やっぱそら先輩もLAやらないと~」


 俺が市原としゃべっている間に、他の部員も戻ってきた。

 制汗スプレーとか、日焼け止めとかの塗り直しは更衣室でやってもらいたいものなんだけどなー。


「うーん、やっぱりそうなのかなぁ」

「どんなタイミングで勧誘してるんだお前は」


 市原をけしかけんとする萩原の言葉に俺は呆れ顔を浮かべてしまう。

 つか、LA内でも生徒がくっついてくるとか、俺のプライベート崩壊じゃねえか。俺の安息の時間なんだ、やめていただきたい。


「おい赤城、ボタン開け過ぎ。第2ボタンは閉めろ」

「えー、いいじゃん、あちーんだから」

「お前はもっと慎ましさを持て、慎ましさを!」

「倫ちゃんどこみてんのセクハラー」

「やかましい!」


 制服姿に着替えた生徒たちは皆スクールシャツにスカート姿なのだが、がさつな赤城はシャツの下の下着が見えそうなほどにボタンを開けていた。

 これを注意するのは教師の責務だと思うのだが、いまいち生徒には伝わらない。

 あれ、俺もしかして、舐められてる?


「じゅりあちゃん今度LAについて詳しく教えてね!」

「おお、お任せあれ!」


 俺が赤城に注意している間にも萩原による市原LAプレイヤー化計画が進んでいく。

 おい、そこ勝手に話を進めるな!


「LA……?」


 生徒たちに気を取られていた俺の耳に、うちの部員以外の声が届く。

 どうやら俺が向き合わなきゃいけない人がいつの間にか近くまで来ていたようだ。


「里見先生LA知ってるんですかー?」

「え、ええ」


 何故だか少し戸惑ったように、萩原の言葉にそう答える里見先生。


「じゅりあすげーな、このタイミングでよくそんなこと言えんな……」


 たしかに萩原の奴すげーな。向こうとしても明らかに真面目な話をしようと戻ってきただろうに、いきなり世間話的に話かけられて里見先生もびっくりしてるじゃないか。

 里見先生にくっついてきた月見ヶ丘の生徒たちは……あ、緊張でそれどころじゃなさそう。


「え、ええと。先ほどは取り乱しまして失礼しました。個人的にちょっとイライラしていたこともあり、教師としてあるまじき態度を取ってしまいました。非礼をお詫びします」


 っと、思ってもいなかった謝罪スタートに俺は少し面食らう。

 個人的なイライラって、なんだろ…………? ってこれは完全に言ったらセクハラで訴えられるやつね。女性に対して男側からは絶対に言っちゃダメだぞ諸君。


「いえいえ。俺もチーム方針とか、指導方針とか、全然話してませんでしたし。合同チームの経験があるのは俺の方だから、俺の不手際でした。すみません」

「いえいえ、練習中に他校の先生だけを残してグラウンドを出るなんて顧問失格です。私が悪かったのです。すみませんでした」


 あ、これ謝罪合戦になるやつだ、と俺が思ってると。


「でも先生、ずっとグラウンド見てくれたじゃないですかー」

「え?」


 市原の言葉に、部員たちが皆驚きの声を上げる。

 どうやら気づいていなかったのは俺だけではなかったらしい。うん、単純に市原がなだけだったようだ。


「なっ……!」


 そして市原の言葉を一番食らったのは里見先生のようだ。

 落ちついたクールビューティーのような顔が、みるみる赤くなっていく。

 やはりこの人、ツンデレ属性か……!?


「なんだ、怖い先生かと思ったら優しいところもあるんじゃん」

「おい、赤城敬語!」

「うちはにしか敬語は使いませーん」

「信用……」


 こういう時に、さらっと言いたいこと言えるのが高校生の強みだよな。

 赤城の言葉をまともに食らった里見先生は、市原のせいで火照らせた顔を下に向けてしまっている。

 俺じゃこんな風に話すことはできなかったし、これは赤城のファインプレーかもしれない。


「里見先生さ、うちは最後の大会優子と一緒に出たい。たしかにうちらは先生から見たら礼儀のない奴らかもしんないけどさ、倫のことを舐めてなんかないよ。うちらみんな、と思ってるし、倫を勝利監督にしたくて部活やってるんだ。合同の条件が敬語って言うなら……そりゃ、頑張って敬語で話すようにはするけど……なんていうかな、先生が思ってるほど、ちゃんとしてないわけじゃない」


 そして続く赤城の追撃。

 その言葉は彼女の心の内をさらけ出すような、まっすぐな言葉だった。

 俺も、勝利監督にしたくてなど言われ、ちょっと感動してしまっているのは秘密だ。


「わ、私のほうこそ一面的にしかみんなを見ていなかったのは事実だし、ごめんなさい。ずっと上から練習見ていたけれど、たしかにあなたたちが北条先生を信頼してるのはよくわかったわ。うちの子たちも……あんな楽しそうに練習してるの、初めて見た。誤解してたのは私の方だったみたい。合同を保留なんて、独りよがりに言ってしまって、ごめんなさいね」


 そう言って里見先生は赤城に頭を下げた。

 生徒に対してちゃんと謝れる教師は、信用できる。悪いことをしたらごめんなさいは、人としての基本だからな。


「北条先生、若輩者の私でよければ、また来週も合同練習をさせていただけると嬉しいです」

「え、あ、もちろん! ぜひともこちらからもよろしくお願いしますよ!」


 俺の方へ向き直った里見先生に目を見てそう言われ、俺は思わずドキッとしてしまった。


「倫ちゃんデレてる……」


 俺の隣にいた市原の、小さな囁きなんか今は無視だ。


「来週もまたよろしくお願いしますね」


 そう言った里見先生がにこっと笑う。

 その笑顔に、生徒たち全員が嬉しそうにしていたのが、すごく印象的だった。


 うん、やはり美人には、笑顔がよく似合う。

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