第11話 教育観ってのは人によって違う。でも、想いは同じと思いたい

「キャプテンの子と、そのキャッチボール相手の子上手いですね。経験者は何人ですか?」

「そちらもキャプテンの子と、あのショートボブの子、すごくうまいですね。うちの経験者は3人で、3年の二人と、2年の一人です」

「なるほど、うちの初心者はキャプテンの赤城とキャッチボールしてる子だけなんすけど、ノックの守備位置どうしましょうか」

「え、あの3年生の子初心者スタートなんですか? すごいですね、経験者だと思ってました」

「あはは、ぜひ言ってやってください」

「それで、守備位置ですけどうちはキャプテンの真田がピッチャーとショートを、副キャプテンの、真田とキャッチボールしている佐々岡ささおかがキャッチャーとセカンドを、2年の経験者の飯田いいだがサードとファースト、初心者の戸倉とくら南川みなみかわが外野ですね」


 里見先生が示す生徒を一人ずつ確認する。

 真田ショートカットの真面目そうな子、佐々岡背の高い子、飯田体格がいい子、戸倉メガネ、南川小さい……うーん、名前覚えんのも大変だな。

 普段関わってる自分のとこの生徒ならまだしも、会ったばかりの女子高生を区別して覚えるのはなかなか難しい。

 合同繰り返すうちに、覚えるしかないな。


「うちはキャプテンの赤城がキャッチャーとショート、副キャプテンの黒澤がサードと外野、2年の市原がピッチャー、1年の一番うまい柴田がショートとピッチャー、一番奥でキャッチボールしてる手前の木本がセカンドと外野、奥の萩原がファーストと外野ですね」

「ふむふむ。バッテリーは、なるべく同じ学校がいいですよね。となると、ショートがかぶっちゃいますね」

「あー、じゃあ柴田を外野に回して、二遊間をそちらのキャプテン・副キャプテンにお願いしてもいいですか? ファーストは……ええと、飯田さんがいいかな」

「そうですね、キャッチボールを見てる感じ、それでいいかと。あとは外野二人ですか」

「とりあえず今内野じゃなかったメンバーは、全員外野でノック受けさせますか」

「ですね。では、ノックのお手並み拝見させていただきます」

「は、はいっ」


 あー、焦った。声裏返ってしまった……。

 でもしょうがないだろ? あの美人に、お手並み拝見いただきますとか言われた瞬間、小さく微笑まれたもんだから思わずドキッとしてしまったよ。

 これは、カッコ悪いとこみせれねーなー……!

 男はいつだって美人に弱いのだ。

 そういうことで、俺は現金にも気合をいれるのだった。



 そんなこんなで、キャッチボールを終えた部員たちにそれぞれポジションの指示を出し、とりあえずポジション決めのためのノックをすることにした。

 柴田が外野に回されて少々不満気だったが、まぁ今年は1年ということで内野は上級生に譲ってもらおう。


「じゃあ、オールファーストから」

「OK,内野オールファースト! 外野オールセカン!」


 里見先生にボール出しをしてもらいつつ、俺は普段通りに赤城に指示だし、彼女に全体に指示を出させた。

 さすがにこの辺は共通しているのか、月見ヶ丘の生徒たちも違和感はなさそうだ。

 とりあえず最初はやさしく……こちらの選手の動きも見せる目的で軽く打っていく。


「倫、打球弱くね?」

「ちょっとずつ強くしてくんだよ」

「ふーん」

「……?」


 里見先生の不思議そうな声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。


 1周目は、月見ヶ丘の初心者含めて全員がなんなく打球をキャッチした。星見台のやつらは、普段はこの5,6倍くらい強い打球を打ってるから、まぁ余裕なのは想定の範囲内だ。


「2周目、強くしていくぞー」

「「はーい!」」


 2周目、また全員がしっかりキャッチした。月見ヶ丘の初心者二人がちょっと危なかったくらい、かな。


「倫ちゃんよわくなーい?」

……?」


 またもや里見先生の不思議そうな声がする。

 これは、あれか、礼儀を重んじるタイプだから、イラっとしてる、のか……?


「3周目、じゃあ少し強くするぞー」


 里見先生の声に聞こえないふりをして、俺は少し強めに打球を打つ。だがこの程度なら、サードの黒澤には問題はない。

 ショートの子も大丈夫だろうけど……おっと、ハーフバウンドで捕球態勢が乱れたのに、強引に一塁送球したせいか、ボールが逸れてしまった。


「どんま――」

「優子! 一歩目の反応が遅い!」

「え」


 気楽に「どんまい」と言おうとした俺の声を圧倒的に上回る声量で、里見先生がショートを守る真田さんに一喝する。

 うん、やっぱあの威圧感ある監督だわ……。


「優子以外も、全体的に浮かれすぎ! 何のための練習だと思ってるの!?」

「すみませんでした!」

「「「「すみませんでした!」」」」


 里見先生の一喝に呼応するように、月見ヶ丘の生徒たちが声を上げる。

 様子を伺うに、星見台の生徒たちは軽く引いているようだ。

 そりゃ、顧問二人でここまで違いがあったら、そりゃ戸惑うよなー……。


「さ、里見先生、今日は初顔合わせですし、き、緊張とか――」

もです! 教師のくせに部員から舐められっぱなしで、部活動は人格形成の場なんですよ!? それなのに礼儀のない子にも何も言わないなんて、何を考えているんですか!」

「え、いや……」


 俺までロックオン対象だったかー!

 何とか宥めようとしたのが裏目にでてしまった俺は、美しい顔に怒りを浮かべた彼女に何も言い返せなくなる。

 教師として彼女の方が正論だと、俺自身思う部分がないわけではないからだ。

 だが、正論だけでうまくいくほど、教育とは単純なものではない、とも思うんだがね。


「来ていただいた手前今日は合同練習で構いませんが、合同チームの件は一度保留にさせていただきます!」

「え!?」


 怒りを露わにした里見先生の言葉に、俺は言葉を失う。

 ちらっと赤城に視線を送ると、それはもう分かりやすいくらいがっかりした顔をしていた。

 うーん、参った……。どうしたもんか……。


「私は職員室に戻るから、練習が終わったら優子たちは私のところにきなさい。いいわね!?」

「「「「「は、はい!」」」」」


 俺がどうしたもんか困り果てている間に、里見先生はそう指示を出すとグラウンドから出て行ってしまった。

 残された生徒たちの不安そうな視線が、俺に集まる。


「うーん……。里見先生はああ言ってたけど、俺もあとで話してみるから、とりあえず、練習続けよっか!」


 こういう時は、大人は明るく! 大丈夫だと思わせるように!

 練習が終わるまでは月見ヶ丘の部員たちも里見先生のとこには行けないわけだし、俺らもせっかくここまで来たんだから、やれることをやるしかない。

 俺が割り切ってそう告げると、生徒たちは不安気ながらまばらな返事を返してくれた。


「じゃー、ショートからもっかい行こう! スポーツの基本はリラックスだからね! 余計な力は抜いて、ボールをよく見て、出来ることしっかりやってみよう!」

「はい!」


 再開したノックの打球を、ショートの真田さんが今度は華麗にさばいて見せる。

 俺の言葉に星見台の奴らは安心したようだし、真田さんの動きを見た月見ヶ丘の子たちも少しだけほっとしたようだ。

 さすがキャプテン、この事態の直後でも、しっかり切り替えてプレーしてくれた。

 イレギュラーな事態が起きると、人は平常心を失う。それを平常通りに戻すには、当たり前のことを当たり前にして見せるのが大事なのだ。うちの選手なら普通にプレーもできただろうが、月見ヶ丘の子たちにはそれでは意味がない。

 賭けだったが、うまくいったぜ。

 後続の選手も、少しは落ち着いたのかしっかりとしたプレーをすることができていた。


 俺と里見先生で指導方法は大きく異なるようだが、やはり正論ばかりがベストな指導方法とは限らないと思うし、指導者にはそれぞれの考え方がある。

 特に合同チームを組む場合は、複数の顧問がいるため、それぞれの顧問がそれぞれの指導方法や考え方をしていては、生徒が困るばかりなのだから、しっかりとすり合わせをする必要があるのだ。

 教師は、生徒のためにいるのだから。


 今まで合同チームの経験がない里見先生にはまだその部分が見えていなかったのかもしれない。彼女の見た目に浮かれてその点を忘れてた俺のミスだな。

 ここらへんは、教師の先輩として俺が話をつけるのが筋だろうし……怖いけど、やはり合同を組む組まないは別として、彼女の今後のために、後で俺が話す必要があるだろう。


 彼女にもそれを分かってもらうためには、今はとりあえず練習をしっかりやり切るとしますか。


「いいぞー! その調子だぞー!」


 いいプレーが出る度に褒め、ミスをしても次はこうしてみようと言えば、生徒たちはしっかりと実践しようとしてくれる。


 ノック再開後、10分もすれば生徒たちも先ほどの一件による緊張が取れ、リラックスした表情を見せてくれるようになっていた。


 そんなこんなで、適度に休憩を挟みつつ、ノック、シートバッティング、フリーバッティング、ゲームノックと定番の練習をこなし、正午を少し回るくらいまで、俺たちは練習を続けるのだった。

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