第4話 おっさん一人にJK6人。羨ましいとか思うやつは地面にでも埋まってろ

「うぃーっす」

 現在星見台高校女子ソフトボール部の部員は6人。高3が2人、高2が1人、高1が3人の、まぁ少数部活だ。だが本当に幸いなことにこの学校の部員たちは仲が良く、変な気を使わずに指導できるのはありがたいことだと思う。


 前任校でも女子ソフトボール部の顧問をしていたが、前の学校は部員15人と単独で大会にも出れるような学校だったが……まぁ女子特有の仲間外れや陰口など、表面上は行動を共にしていても、部員同士の関係が本質的にはよくなかった。

 しょっちゅう部員から人間関係の相談を受けていたし、チームとしても下手ではなかったが、強くはなかった。

 俺の指導力不足もあったには違いないが、前任校の経験から今の学校の部活が楽なのは本当に実感するところである。


「倫おせーぞー」

「うるせー」

 まだ6月だが、屋外で部活をやっていれば当然日差しは浴びることになる。東京の5月など日によっては25度を超えることもあるし、日焼けするには十分な条件が揃っているのだ。

 それゆえ、グラウンドでキャッチボールをしている部員たちの肌はみんなしっかりと日焼けした小麦色の肌になっていた。あ、もちろん俺もけっこう日焼けはしてるぞ。


 今しがた俺を呼び捨てにした3年でキャプテンの赤城鈴奈あかぎすずなはショートカットの髪型からも伝わってくるように、かなり男勝りの性格をした、部員の中で唯一俺を呼び捨てにする無礼者だ。中学までは野球をやっていたらしく、部員たちの中でも群を抜いて技術が高い選手でもある。

 本職はショートらしいが、市原の球を受けれる選手が他にいないため、ポジションはキャッチャーをやらせている。

 こういうカッコいい系の女子が後輩たちにはウケがいいようで、市原含め1,2年は皆赤城に懐いているのだから、現役JKってそういうものなんだろう。知らんけど。


「時間にルーズだとカノジョできないよ~?」

「やかましーわー」

 髪の毛を後ろで束ね、赤城とキャッチボールをしている部員が隅っこでストレッチを開始した俺を茶化してくる。

 彼女は黒澤明香里くろさわあかり、3年生。赤城とは中学からの友達らしく、赤城に誘われて高校からソフトを始めた初心者スタート部員だ。

 だが元々の運動神経もあったのだろうが、赤城のスパルタ指導の下3年生まで継続して練習した結果、高校から始めたとは思えないほどに彼女も技術が高い。ポジションはサードと外野だ。

 男勝りな赤城と対照的に優しそうな顔つきでいつもニコニコしているのが印象的だな。


「大丈夫! 倫ちゃんには私がいるよ!」

「いや、いりません」

「がーん!」

 黒澤の言葉に「私がいるよ!」など勝手なことを言うのが市原。男性教師には誰かしら熱烈なファンがつきやすいのだが、ことあるごとに「付き合って!」、「結婚しよう!」と浅はかな発言を連発してくるのが俺にとってはこいつだ。

 見た目がいいのは認めるが、俺は犯罪に手を染める気はさらさらないし、教え子に手を出そうとか考えるほどロリコンではない。俺の担当科目はだし、倫理教師がそんなことするとか、世も末ってもんだろ。


「そら先輩ほんと倫ちゃん好きですね~」

「たしかにゆるくて可愛いけど~」

「うるせーぞ1ねーん」

 もう注意するのも飽きてきた。市原の発言に続けたのは、1年3人娘の内の二人、市原と似たショートボブの木本理央きもとりおとポニーテールの柴田夏美しばたなつみだ。1年3人娘は全員が同じ中学校のソフト部出身の、まぁ仲良し3人組だ。特に柴田の方はけっこう上手く、市原ほどではないがピッチャーもできる逸材だ。


「あ、倫ちゃん! あたしLAはじめたよー」

「え? マジ?」

「まじまじ。〈Juriaジュリア〉で登録したから今日一緒にあそぼ~」

 最後に一番俺の気を引いた発言をしたのが1年3人娘の3人目、萩原珠梨亜はぎわらじゅりあ。ソフトの実力はまぁ、可もなく不可もなく。おだんごにした髪型が特徴的な部員である。

 サブカル系の趣味にも通じているようで、ゲームの話もよくしてくるやつだったのだが、まさかLAを始めるとは、見所があるやつだな!


「LAってCMやってるやつだよねー。そんな面白いの~?」

「んー、まだ始めたばっかだけど、やってる友達SNSにけっこういるから、面白いんじゃないかな~」

「面白かったら私もやってみようかな~」

 萩原の発言に反応しておしゃべりがメインになる3人娘たち。

「おい1年、ちゃんと練習しろよー」

「「「は、はーい!」」」

 怒られてやんの。って、それ俺の仕事か。


 6人がちゃんとキャッチボールしてるのをストレッチしながら眺めつつ、いつも通りの指導を行うのだった。



「倫さー、公立校大会、もう組むとこ決まってるの?」

「ん? ああそっか、氷川ひかわ高校の部員3年だけで、もうみんな引退しちゃったんだっけか」

「氷川は進学校だし、みんなインター予選で引退なんだよー」

「いやほんと、部活もう引退しなきゃとか、何のために学校来るのかわかんなくなるわ」


 練習が終わって、1,2年が道具を片付けの間に俺と3年でグラウンド整備をしている時、赤城と黒澤が俺に話しかけてきた。

 俺たち星見台高校の部員は6人だから、当然単独チームでは大会には出られない。

 春季大会とインターハイ予選は今赤城が言った氷川高校と組んで大会に参加していたのだが、黒澤が言った通り進学校の氷川高校は慣例でインターハイ予選が終わると3年生は引退することとなっている上に、去年も今年も新入部員がいなかったため、今あの学校は部員が0という状態になってしまったのだ。


 部員0の部活の顧問とか、楽そうでちょっと羨ましい……。

 って、失礼だな、こんなこと思っちゃ。


「でさ、組むとこ決まってないなら、月見ヶ丘つきみがおかと組みたいんだけど」

「え、月見ヶ丘って単独でこの前出てたじゃん?」

「んー、優子ゆうこ、月見ヶ丘のキャプテンってうちの友達なんだけど、なんか最近1年がみんなやめて5人しかいなくなったみたいなんだよねー」

「え、あそこ1年6人くらい入ったのに、全員?」

「そ。なんでも顧問とバトったらしいよ~」

「あー、たしかにあそこの女監督、インター予選で見たけど威圧感あったもんなぁ……」


 うちと試合したわけじゃないが、インター予選の時にうちよりも1試合前にやっていたのがたしか月見ヶ丘だった。記憶を辿ればベンチに腰掛けた、サングラスをかけて脚を組んでいたあの女監督は、確かに怖そうだった。

 凡退した選手が片膝ついて監督の前にいくという俺からすれば前時代的なスタイルを実践してたし、いやぁ、俺とは合わなそうな気もするんだが……。


「顧問とバトるとか、うちじゃありえないね~」

「やかましーわ」

 笑いながらそう言う黒澤にツッコミはいれるが、まぁ確かに俺もこいつらとバトるイメージは湧かない。

 東京都で一番強い学校になるなんて現実的じゃないが、、それが俺のモットーなのだから。


「うちは別にもっとバチバチやってくれてもよかったけどねっ」

「すずは中身男だからいいけど、そらちゃんたち泣いちゃうよ?」

「おい、誰が中身男だっ」

 黒澤の言葉に赤城がじゃれつくように襲い掛かるが、こんな二人のやりとりも、まぁ見慣れたもんなんだ。

 俺はいつも通りの会話だが、今日もいつも通りに笑ってしまう。


「って、そんな話じゃないって! だからさ、倫がよければ優子に言って、向こうの顧問にも話通してもらうからさ、組んでもいい?」

「次の大会はお前らのための大会でもあるんだ。俺は構わないよ」

「ほんと!? さんきゅ!」

 そう言って嬉しそうに笑う赤城。こうやって笑ってると、まぁやっぱり女の子だなって思う。その笑顔を見た黒澤も嬉しそうだし、俺も合同相手を探す必要もなくなるので、win-win-winだろう。


「俺からも明日月見ヶ丘に電話してみるよ」

「おー。頼りになるー」

「顧問のことなんだと思ってんだおい」

 礼儀がないのは今に始まったことではないし、俺はこの関係が楽っちゃ楽なのでまぁ気にしないんだが。

 公立校大会は、都内強豪私立が出場しない、上位にも食い込める可能性のある大会で、うちみたいな進学校じゃない学校からすれば、高3最後の大会になるのだ。

 俺が赴任する前から部活を頑張ってきた赤城の頼みなら、叶えてやりたいのが親心だろう。


 でも、あの女監督か……。

 インター予選で見た姿を思い出し、ちょっとだけびびったのは、秘密である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る