第3話 オンを満喫するためにオフを疎かにしてはいけない
「きりーつ、きょーつけー、れー」
しまりのない挨拶で今日も授業が終わる。
さっきまでぐったりしていたような奴らも、授業が終わった瞬間水を得た魚のように元気を取り戻す光景ももう見慣れたもんだ。
「
「おー、じゃあなー」
まるで友達に「ばいばい」を言うような気楽さ、制服を着た奴らが俺に挨拶をして帰宅したり部活に行ったりしていく。
今授業を終えたのは、俺が担任をしている2年E組。まぁ良くも悪くも平凡なクラスで、見た目ならワルそうな奴やギャルもいるが、話しはちゃんとできる、担任するとしたらありがたいクラスだ。
っと、またいろいろ説明が足りてないよな。
まず俺の名前は
今は都立
この学校には去年異動してきて、今年で2年目。
教えてる科目は公民科の倫理っていう、まぁマイナー科目だ。
部活は――
「倫ちゃん倫ちゃん、今日部活来れる?」
「ん、ああ。行くよ」
「はーいっ」
授業を終えたばかりの俺に声をかけてきたのは健康的に日焼けした肌の、黒髪をショートボブにした笑顔のJK。
そいつが元気よく返事をしたあと、足早に教室を出ていく。
そう、俺が顧問をしているのは女子ソフトボール部。
日焼けを気にして屋外スポーツを避けがちな女子生徒が多い中、俺が顧問を務める女子ソフトボール部に入部する生徒は多くない。
だが今の女子は、数少ない日焼けすることに抵抗を見せないレアな女子の一人で、俺が担任する2Eの生徒でもある。
名前は
部員9人にも満たないこんな都立高校じゃなければ、高校でも部活で活躍し、その実力で大学までいけてもおかしくないほどの選手だと思うが……まぁ今更俺が何を言うわけでもない。
彼女がいるおかげで、他の学校からの合同チームの依頼が引く手数多なのだから、ありがたい存在なのである。
学力は並だがスポーツ万能。性格も変なところはあるが基本的に素直。しかも、変な意味でなくそこらへんの地下アイドルなんかよりも可愛い。
男子連中の話を聞く限り、クラスでも人気の生徒だ。
自分で言うのもなんだが俺はけっこう懐かれていて、今年のクラス替えで俺が担任になったことをえらく喜んでいた。
俺が高校生だったときは軟式野球部に入っていたのだが、もし顧問が担任だったらと思うとぞっとしたもんだけどな……。
「せんせー動画みたぜっ! すげーじゃん、キングサウルス討伐!」
「な! トドメのリベレーションショットとかマジ神!」
「うちのギルドも動画参考にやってみる!」
「でもあの編成で倒すとか、【Teachers】って【
「それな! 何気Jackさんとか神がかってるっしょ」
「いやいや、Daikonさんとか普段
市原の次に俺の周りにやってきたのは6人組の男子生徒たち。チビだったりガリだったりメガネだったり、ぽっちゃりしてたりと、まぁいわゆるゲーマーっぽい雰囲気のある奴らだ。
6人中5人は俺のクラスの生徒ではないが、全員がLAプレイヤーで、俺を崇めてくる可愛いやつらである。
去年の林間学校の際に俺がぽろっとLAの古参ユーザーで、ギルドが攻略動画を上げているという話を一部の生徒にしたことから、あっという間に「俺=ゲーマー」の図式が生徒たちに広まったのは誤算だったが、まぁこうして称賛の声を聞くのも悪いもんじゃない。
「そして俺はフラガラッハを手に入れた」
ばっちりのどや顔で、俺は昨日のボス討伐で手に入れた最新銃装備の名を口にする。
「マジ神!」
「持ってる人ってまだほとんどいないんじゃね!?」
「通常ドロップ1%、トドメボーナスでドロ率10%だろ? いやー、運営マジ鬼畜」
「そもそも
「でもせんせーがノーダメで攻撃し続けるって戦法はすごかった!」
「俺らもギルドにいれてくれよ~」
「そうだそうだっ」
「ばーか、【Teachers】の入団条件はギルド名通りなんだっつーの。まずはスキル250オーバー目指して頑張りたまえっ」
うらめしそうな奴らに笑いながらそう言い放ち、俺は教室を後にする。
いやぁ、しかし〈Gen〉の奴、編集作業早すぎだろ。寝てんのかあの人?
職員室に戻る道すがら、そんなことを考える俺。
なんたって今日は6月10日の水曜日。そう、ド平日なのだ。
昨夜の激戦が終わったのは昨夜の23時過ぎだったから、ログアウトした後に戦闘動画をUPしたと考えると、今日はほとんど寝ないで仕事に行ったのではないかと心配してしまうレベルだ。
俺たちのギルドリーダー〈Gen〉は小学校教員で、奥さんと一緒にLAをプレイしている夫婦プレイヤーである。昨日は育休中だという奥さんの〈
俺たちの活動日は毎週火曜と土曜の21時から2時間ほど。ログインすれば、いるメンバーだけで活動することもあるが基本的には自由参加というゆるいギルドだ。
このゆるさの背景にあるのは、リーダーの〈Gen〉が募集条件とした、職業が教師であること、という点だろう。
本人が教師だからだろうが、俺たちの仕事はいつ何が起きるか分からず、その対応に急遽時間を取られる場合もある。そういった事態にも理解を示すメンバーをギルドの加入条件としたのである。
廃プレイを希望するプレイヤーからしたら生ぬるい条件だろうが、サービス開始直後、まだ大学3年だった頃ならまだしも、5年前に教師に、学生から社会人になった俺にとって、それまで所属していたガチプレイのギルドを続けるのには無理があったし、4年前に〈Gen〉の募集を見た時は正直ありがたいと思った。
旧知のフレンドだった〈Daikon〉が俺より先に【Teachers】に加入していたのを知った時は驚いたものだが、メンバーの加入引退を繰り返しながらも、リーダーの〈Gen〉と嫁の〈Soulking〉、俺と〈Daikon〉、〈Jack〉の5人はギルド立ち上げ以来ずっとプレイを共にしている仲間なのである。
今日はインしたら何しようかなぁ、っと、まずはやるべきことやらないとな。
職員室に授業道具と出席簿を置いた後、俺は更衣室でジャージに着替え、自前のグラブを持ってグラウンドへと移動する。
そう、LAをしっかりと楽しむ権利を謳歌するには、まずは義務を果たさねばならない。社会人として、地方公務員の矜持として、俺は仕事に手は抜かない主義なのだ。
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