一曲目 「闇姫様奇譚 」 15話

 既に日付は変わっている。だが、三人とも目が冴えてしまっている。そりゃそうだ。まずビィーアをこのまま帰しても命が危ないこと。そしてもう一つは、亜乃さんの推察のすごさにすっかり舌を巻いてしまったこと。

 「それにしても亜乃さん、そんなにタイミングよく発症するもんなの? その病気って」

 亜乃さんは、手をひらひらさせて俺の疑問に答えた。あれだけ飲んでも頭が鈍るどころか、どんどん切れ味が鋭くなっている。

 「感染してから発症するまでの潜伏期間ってのがあるじゃん。もし、それを知っていたら、逆算してお輿入れの前に病気を仕込んだかもしれないね」

 「伝染病って、そんなにすごいもんなのか?」

 「そうねぇ……例えば、梅毒。コロンブスご一行がアメリカ大陸から持ち帰ったと言われているんだけど、十五世紀末にヨーロッパで大流行、そこからほんの二十年ちょいで、日本でもこの病気が出たという記録があるの。たった二十年で地球を一回りしたってワケ。しかも梅毒ってのは性病でしょ? 梅毒でこれだもん、ナニしなくても周囲にいるだけで感染する病気なんて、どれだけ恐ろしいことか」

 えーと、えーと、ナニって、その、ナニって……俺、そーゆーのは……。

 俺のモジモジした様子を「?」という感じで見ていたビィーアが、別の質問をした。

 「私が分からぬのは、『姫様がただ一人生き残った』という言い伝えだ。民が滅びるほどの病だぞ。姫様とて生きてはおらぬだろうに」

あ、それは俺でも分かる。

「ビィーアさん、それってもしかして免疫なんじゃないかな?」

 「おー、ゆうちゃん冴えてる!」

 「免疫……とは?」

 恐らくビィーアのいる世界の医療事情は、こちらの世界より遅れていることだろう。うーん、何て説明したらいいんだ?

 「えーとね、ビィーアさんの国には罹ったら、その後は二度と罹らないって病気はあるかな?」

 「罹ると、二度と罹らぬ……謎かけのような……」

しばし考え込んでいたビィーアだが、すぐに何かを思いついたらしい。

 「ああ、確か『二度無し』という言葉があったはずだ。軽いものでは麻疹はしかがそうだな。それに、死に至る重い流行り病でも、ごくまれに生き残る者がいる。それを我々の国では『二度無し』と呼ぶのだ。彼らは神のご加護を授かった者とも言われているが……」

そこまで言ってビィーアははっとした。そう、それが免疫だよ。

 「つ、つまりあの言い伝えの姫様は、貴公が言うところの免疫とやら――つまり、二度無しのおかげで生き延びたと?」

 「そうだと思うね。じゃないと、嫁いだ途端、あるいは嫁ぐ前に病気で死んじゃうよ」

 ビィーアはしばし黙り込んでいた。何かを考えているようだ。

 「しっかし、その博愛公さんってのは、つくづく恐ろしいことを考えたよなぁ。こっちの世界で言うならバイオテロだよ」

 「ゆうちゃん、うまいこと言うね。でも、ビィーアさんがそれを防いでくれたんだよね」

 「うん、そこまではよかった。けど、このまま彼を元の世界に戻すのは危ないなぁ……」

彼のことだから、上手に切り抜けるかもしれないが、行く先々で命を狙われるのは厳しいよなぁ……。ビィーアは、覚悟はできていると肩をすくめた。

 「案ずることはない。私に何かあっても、バルトー公はあの歌を聞いてしまった。あの場所にいて歌を聞いた人々が、それを方々に広めてくれればよいのだからな。とは言え、せっかく亜乃殿とゆう殿が手伝って作ってくれた歌だ。本当はもう少し各地で歌って広めたいものなのだが……」

 「広めようよ」

 亜乃さんがきっぱりと言い切った。

 「もちろん、アンタが向こうに戻るときに困らないよう、できる手は全て考える。だから、もっと世間を騒がしてやればいい」

 「亜乃殿の心遣いはありがたい。しかし……どうやって?」

 亜乃さんが、再びあのにや~っとした悪だくみ丸出しの笑顔を浮かべた。

 「……第二弾、プロデュースするの」

 ええええ~~~~~?

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異世界から吟遊詩人を召喚しちゃったでござる 塚本ハリ @hari-tsukamoto

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