一曲目 「闇姫様奇譚 」 14話
「さて、ビィーアさん。ここから先はあくまでもアタシの妄想じみた考えだから聞き流しても大丈夫。けど、もしかしたらアンタの役に立つだろうから」
亜乃さんはワインをお替りしながら自説を述べ始めた。
「そもそも、その博愛公さんとやらが招かれた経緯だけど、ご自身のお身内に年頃のお姫様がいて、どこに嫁がせようかと考えていたんじゃない?で、その口利きをバルトー公ご夫妻に頼んでいた……。違う?」
「……違わぬ。まさに貴公の言う通りだ」
亜乃さんはふふん、と笑った。
「あの歌と絡めるとね、こういう仮説が出てきたの。その博愛公が嫁がせるお姫様って、その体にとんでもない『爆弾』を仕込まれているんじゃないかって」
「爆弾…、とは?」
亜乃さんが言うところの爆弾とは「感染力の高い病気」だった。嫁ぎ先で周囲に感染させれば、バタバタとその地の民が死んでいく。そこを見計らって攻め入ってしまえば、その領地を簡単に落とせるのではないか、と言うのだ。
「そして、あの歌を聴いた博愛公が顔色変えたっていうのは、過去にもそれを実践したことがあったんじゃないかって」
「過去」って、あの歌の元ネタになった「病み姫様」のこと?
「確かに姫様が嫁いだ地は、寒くて土地も肥沃ではない。だが、大きな鉱脈がある」
ははーん、だから他国に狙われ、紛争も絶えず、結果として政略結婚になったんだな。
「言い伝えでは博愛公ではなく、先代の彼の父君が子女を嫁がせたという話だ。大勢いた庶子の一人だったそうだが、姫様の詳しい人となりはよく知られておらぬ」
そのお姫様のせいで全員が病気になって滅びたってわけか。じゃあ今は、その領地をちゃっかり自分のものにしたのかな?
「いや、恐らくは失敗したんじゃない?」
亜乃さんが、もう何杯目かも分からないワインを飲みながら推論を述べた。
「国を亡ぼすほどの病気だよ。最初こそチャンスと思って攻め入ったけど、攻めた兵士たちも感染してバタバタ死んじゃったんじゃない? つまり『爆弾』で邪魔者を排除したものの、味方もダメになるからあきらめた……違う?」
ビィーアは黙ってうなずいた。
「言い伝えには、姫様は唯一生き残ったものの、周囲の人々が全て死に絶えたことから悲しみと怒りのあまり魔物を呼び出して契約を交わし、領地に誰も入って来られぬようにした……とある。つまりもう、あの地には誰も行けぬ」
「禁忌の地になってしまったというわけね。邪魔者は消したけど、ものにできなくなった先代公はアテが外れたよね。で、それを息子である博愛公が、再びどこか別の国で仕掛けようと企んでいる」
そこまで言うと、亜乃さんはグラスに残っていたワインを一気に飲み干した。
「だからアンタが狙われたってわけだね、ビィーアさん」
どういうことだ?
「博愛公はまさに今、年頃の娘に『爆弾』を仕込んでいる。そしてその爆弾をどこかの国に仕掛けようと縁談を目論んでいた。ところが得体の知れない吟遊詩人――つまりアンタが、過去の失敗を歌い上げた。辺境の地で起きた大昔の話、もはや誰も知らないだろうと踏んでいた過去の出来事を見ず知らずのアンタにほじくり返されて、みなの前で朗々と歌われて、さぞかし冷や汗かいたでしょうよ。だから顔色を変えて逃げ出し、噂が広がる前に手下に命じてアンタの口を封じようとしたのさ」
「…………」
やばいよ、それって。だが彼は肩をすくめるだけだった。
「……もとより覚悟の上だ。それに、任務はある程度果たせたからな」
「任務? 歌を作って歌うことが?」
「違うよ、ゆうちゃん。博愛公の秘密を公の場で怪しまれずに歌にして伝えられたってことさ。もしかしたらバルトー公は、既にそういう噂を知っていて、敢えてカマをかけていたかもしれないし」
「そうだ。私が公に頼まれたのは、博愛公にまつわる怪しげな噂の真偽を確かめること。そしてそれを歌という形で出したとき、博愛公がどういう反応を示すかを見せることだった。どちらにしろ、バルトー公にはお分かりいただけた。此度の縁談の口利きもお断りなさることだろう」
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