一曲目「闇姫様奇譚」13話

 ビィーアが話してくれたのは、彼の任務とその背景にある政治情勢だった。亜乃さんの言う通り、彼は吟遊詩人に身をやつして情報収集の任務にあたっていたのだ。

 「今回訪れた領主様――バルトー公は正義感が強く、清廉潔白なお人柄で人望も厚い。そして奥方様はお優しく面倒見の良いお方だ。そのせいかご夫妻は色々と頼まれごとも多くてな。特に交渉事の立ち合いにおいては、欠かせない存在だ」

 「交渉事かぁ……一筋縄ではいかない相手もいるんだろうなぁ」

 「ゆう殿の言う通りだ。領地の線引き、同盟を結ぶためのやり取り、戦争の後始末など、ややこしいことも多い。互いに有利な条件を求めるがゆえに、数年も交渉が長引くなど……」

 駆け引きのためには相手の情報を知る必要がある。ビィーアが担うのはそこだ。市井に紛れ込むことができ、時には貴族たちの宴席も呼ばれるという「吟遊詩人」は、ちょうどよい隠れ蓑なんだろう。

 「……ところで、アンタの歌を聞いてビビったってぇのは誰? そして、どんなお方?」

 亜乃さんがズバッと切り込んだ。 

「ドォ・アーリーム公、またの名を『冷酷なる博愛公』という」

 ……何だその矛盾しまくりなお名前は? 

「北部のドォ・シーゲー地方を納めている領主様だ。先代も『美髯びぜん公』の別名を持つ男前で、若い頃から多くの浮名を流してきたとか。現領主様も先代譲りの美男子でな。血は争えぬものよ、漁色家で正室以外にも多くの側室がいらっしゃる。当然ながら、庶子も多い」

 ああ、だから博愛なんだ。男としちゃあハーレム状態でうらやましいけどな。

「一方で、寵姫や庶子への対応があまりにも冷たいことでも有名だ。些細なことでそれまで寵愛していた側室や寵姫をあっさりと追放することもしばしばでな。しかも捨てるだけでなく、他国や裕福な貴族らに嫁がせるなど外交に利用するのだ。だから『冷酷なる』と言うわけだ」

「へぇ~、藤原道長みたいなお方よねぇ」

 あ、それ歴史の授業でやったやつ? 何か、自分の人生満月みたいで超ラッキー!ってなこと言ってたっけ?

「フジワラ……? この国にもそのようなお方がいらっしゃるのか」

「大昔の話だけどね。自分の娘を偉い人たち――王様みたいなお方ね――に片っ端から嫁がせたの。その嫁がせた娘が皇太子を産んだことで、王様の外戚になって、最終的には国の実権を握るまでになったってわけ」

「ふむ……世界は異なれど、同じようなお方がいらっしゃるということか」

「さっきの話から察するに……」

 亜乃さんはちょっとだけ考え込むと、ふふっと笑った。何だろう?

「……読めた」

「何をだ?」

「あの歌のモデルとなったお姫様は、そのドォ・アーリーム公のお身内なんでしょ?」

 あ、そっか! 

「その通りだ……」

「じゃあ、ビィーアさんが『お聞かせしたい人』ってのは、そのドォなんとか公だったのか?」

「……ゆう殿、ことはそう単純ではない」

「え~~~~」

「じゃあ、アタシが当てちゃる。ある程度は話が読めたわ。何でアンタが襲われたのか、そしてこの先、どうやって切り抜けたらいいかもね」

 亜乃さんはにやりと笑い、席を立った。

「幸いなことに、明日はウチ、定休日なんだ。これからじ~っくり話をしましょうかねぇ。夜は長いし、まぁ一晩付き合いなさい。そうそう、ちょっと待ってて、飲みながら話そう」

 凶悪な笑みを浮かべて、亜乃さんがワインを取りに行った。ってゆーか、まだ飲むのかよ! 正直、彼女に付き合わされるビィーアがかわいそうになった。

「……ビィーアさん、気の毒だけどあきらめたほうがいいっすよ」

「う、うむ……」

 神妙そうな顔をするビィーアの前に、亜乃さんがドン!と業務用の大きなワインボトルを置く。俺、未成年で助かったかも……。

「ビィーアさん、アンタに最初に言っておくけど」

「な、何だ?」

「アンタが知っていること、洗いざらいしゃべってちょうだい。じゃないと、アタシもアンタに役立つ助言ができないからね。なぁに、悪いようにはしませんってば」

 ……ご愁傷さまです、ビィーアさん。

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