一曲目「闇姫様奇譚」12話

 亜乃さんは、初めてビィーアがこの店にやってきた時のように、パンとスープ、そしてワインを用意した。

 「とりあえずは、再開を祝して……乾杯。話はそれからにしましょう」

 ビィーアはワインを口に含む。

 「……うまい、やはりこれは夢ではないのだな」

 「夢か現実か、つねったろか~~~」

 亜乃さんが笑って混ぜっ返す。ビィーアもここでは安心できるのか、リラックスした表情だ。

 

「さて、さっきゆうちゃんが言った通り、なぜアンタが襲われたのか検証してみましょうかね」

 食事を終え、亜乃さんはそう切り出した。

 「まず、一番聞きたかったんだけど……あの歌、本当のところどうだったの?」

 「それは、先ほども言った通りだ。領主様からもお褒めの言葉と褒美をもらっているし」

 「うん。でね、他のお客様の反応も知りたい。同じように感動して泣いていたのか、黙って聴き入っていたのか」

 「それは……」

 ビィーアが少しだけ言いよどむような顔をした。亜乃さんは畳みかけるように問いを重ねた。

 「アンタの歌を聴いて、顔色が変わった方がいた……そうでしょう?」

 「亜乃殿……!」

 「図星みたいね。もう一つ。そのお方は、宴席の後に慌ててお帰りになったのでは?」

 「なぜそこまで……!」

 それは俺も同感だ。なぜ亜乃さんとビィーアが作った歌で顔色を変えた人物がいて、しかもその人が慌てて帰ったんだ? っていうか、なぜ亜乃さんは、そんなところまで分かるんだ?

 亜乃さんは、とどめとばかりにこう付け加えた。

 「そもそもアンタ、本物の吟遊詩人じゃないでしょ?」

 「ふふっ……なぜそう思う?」

 笑いながらも、ビィーアの目がスッと細くなったような気がした。と同時に、さっきまでのゆるやかな空気が一瞬にして剣呑なそれに変わった。亜乃さんも、ニコニコしているけどどこか目が笑っていない。あ、これ怖いやつだ。


「初めて会った時のことを思い出したの。アンタが目覚めて飛び起きた瞬間の動きがね、吟遊詩人のそれじゃなくって、武人の動きだったからよ」

 ……どーゆーこと?

「ねぇ、ゆうちゃん。アンタはギター弾くでしょ?」

「え? あ、ああ。まぁ最近はあんな感じで下手くそだけどね」

 いきなり振られたよ。確かに俺は中学時代にギターを始めて、文化祭とかでバンドやったりしていた。今回、ビィーアさんのおかげで久々に手にしたけど。

「ミュージシャンにとって、楽器って大事なものでしょ? 粗末に扱うと音が狂うっていうし」

「あ~、まぁそうだね」

 亜乃さんが、ビィーアの竪琴を見ながら言った。

「目を覚ました瞬間、アンタが真っ先に手にしようとしたのは、楽器じゃなくって腰の小刀だった。しかも無意識に、実によく手慣れた動きでね」

「……」

「諸国を放浪しているから、身を守るための武器を持ち歩いているのは分かる。けど、それにしたってずいぶんと身のこなしが素早くてびっくりしたよ」

 ……あの時点で小刀をあらかじめ抜き取っておいた亜乃さんも大したタマだと思うけど。

「もう一つ感じたのは、アタシらに言われるまで楽器が手許にないことも気づかなかったってところ。商売道具をおろそかにしているとは言わないけど、もしかしたら『本物』じゃないのかもって思ったの」

「じゃあ、ビーィアさんの正体は、武人か何かなの?」

「……」

 黙りこくったビィーアを横目に、亜乃さんは俺に話を振った。

「あのね、ゆうちゃん。忍者っているでしょ?」

「え? あ、うん」

「忍者って普段、どんな格好していると思う?」

 へ? 何でいきなり忍者の話なんか……?

「え、えーと、えーと、黒装束で覆面して…」

「ブー! 違うんだよねー。そんな恰好していたら却って目立つから。『七方出しちほうで』っていうんだけど、山伏や僧侶、商人や旅芸人なんかに身をやつしていたんだって。その扮装が七種類だから、七方出って言うの。忍者って、普段の姿はそこらへんにいる人と変わらないの」

 ん? ……ってことは、ビィーアさんは異世界の忍者……かな?

「吟遊詩人の振りをして、諸国を回ってその国の情勢を調べている人。そうでしょ?」

 ビィーアは黙ってうなずいた。

「……貴公の慧眼、誠に恐れ入った」

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