一曲目「闇姫様奇譚」9話
「ビィーアさん、お疲れ様でした。歌いっぱなしで喉が渇いたでしょ?今夜は飲んでね」
イベントは成功し、お客さんたちも満足して帰っていった。俺たちは閉店後の店で打ち上げだ。亜乃さんはいつもと変わらず、てきぱきと動いて酒やつまみをテーブルに並べている。俺はさっきの涙を思い出していた。こういう言い方はアレだが、亜乃さんは歌を聴いてはらはらと涙をこぼすような人じゃない。いや、冷淡というわけではないが、人前で涙を流すような感激屋ではないはずなのだが。
「それじゃ、カンパーイ」
ビィーアはなみなみと注がれたビールを豪快に飲み干した。
「……うまい! 今日の酒は実にうまい。全ては亜乃殿と、ゆう殿のおかげだ。本当に感謝している」
「そりゃ、何よりだね。歌は良かったし、ライブも成功したし」
「そうだよ。亜乃さん、最後の歌聴いて泣いていたじゃん」
「……えっ、やだ見てたの。あ、うん。まぁ、そのぉ、何だ。アタシも年かしらね、涙もろくなってきたのかなぁ、やーねー」
照れ隠しにおどけた表情を見せる亜乃さんは、いつも通りの彼女だ。さっきの睨むような目や、きつく噛みしめた唇は何だったのか。
「……何て言うのかなぁ。自分の書いた歌詞が、ビィーアさんの竪琴と歌で、血の通ったものになったような気がしてさ。ついつい感情移入しちゃったよ」
本当にそれだけかなぁ。何か気になる。
そう、気になると言えばもう一つあった。
「ところで亜乃さん、ビィーアさん。今更だけど何であんな悲しい歌を作ったの?」
俺の質問に答えたのはビィーアだった。
「お聞かせしたい方がいらっしゃるのだ」
「わざわざ、あんな悲しい歌を?」
「そうだ。さるお方の故郷に伝わる言い伝えだったのでな」
「言い伝え?」
亜乃さんが俺の疑問を補ってくれる。
「ビィーアさんがいる世界は、テレビやネットのように情報を伝えるメディアがない。だから人々は何か事件が起こったら、言い伝えや物語、歌などの形でそれを人々に伝え、後世に残していったのよ。そういう意味では、ビィーアさんはあちらの世界のメディアを担う人ともいえるよね。吟遊詩人って、娯楽でもあり貴重なメディアでもあるのよ」
どうやら俺が思っている以上に、ビィーアのいる世界では彼の役割が重要なんだっていうのが、おぼろげに分かってきた。
「私が訪れた、ある辺境に伝わる話だ。その辺境のさらに奥地にある領地が流行り病で全滅したという話があってな」
ビィーアがぽつぽつと話し始めた。
「さる高貴なお方がいらっしゃった。そのお方には多くのお子がいらした」
「そのうちの一人が歌に登場した……あ、そうか! 政略結婚?」
「ゆう殿もなかなかに鋭いな。その通りだ。もともとそのお方と、辺境の領地の民とはあまり相性が良くない。かつては戦もあったという関係だ」
そーだよなー。確か、あのマリー・アントワネットだって、オーストリアとフランスとの関係を良くするためにフランスに嫁いだっていうもんなぁ。
「結婚して幸せに暮らして『めでたしめでたし』なら、どんなに良かったことか……。そのお姫様も気の毒よねー。……って、独身のアタシが言ってもアレだけどさ」
「……姫君は実に気の毒なことだったろう。彼女が患った病は、あっという間に他の人々にうつり、領土一帯が滅びてしまったほどだと言うのだから」
そうか、伝染病ってことか! ……タイムリーなネタだなぁ。
「ビィーアさんは、そのお方の故郷でこんな悲しい出来事があったんだよって伝えたかったのよね」
そっか……ん? でも、ちょっと待てよ。
「何でそんなにまどろっこしいことしなくちゃいけないんだよ。なら、その話、直接その本人に言えば済むんじゃね?」
「~~~~っ!」
酒を飲んでいたビィーアが盛大にむせた。俺は自分の発言が間抜けだったことを悟った。
「そんな……そんな、恐れ多いことを言わないでくれ。我らのような下々の者が気安く声をかけて良い方ではないのだぞ。話をするなんてとんでもない!」
あ、そっか。
「それに、ありのままを話すなんてことができるわけが……。い、いや、その。まぁ、そういうことだ」
もごもごと口ごもるビィーア。何だろう、大人の事情ってやつか?
「ところでビィーアさん、一つお願いしていい?」
「亜乃殿の頼みなら、喜んで」
「……さっきの歌、もう一度歌って欲しいんだ」
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