一曲目「闇姫様奇譚」8話

 ライブは順調に進んだ。さすがにビィーアはプロだ。別れた恋人を思う歌、母が子に歌う子守唄、祭りの夜に歌う祝いの歌などを、異世界の雰囲気を漂わせて歌い続けた。

 「デハ、最後ノ歌デス。コレハ、亜乃サンニ、協力シテモラッテ、日本語ニ、訳シテモライマシタ。聴イテクダサイ」

 竪琴が、哀調ある響きを奏でた。


 今は昔の物語

 とても悲しい物語


 とある都のお城には 一人の姫様あらしゃった

 齢十五でお輿入れ 嫁いだ先は地の果ての 

 悪名高い蛮族の おさを務める一族よ


 お付きの乳母も忌み嫌う この世の果てとおぼしき地

 嫁いだ先の恐ろしさ 思わず浮かぶは涙なり

 なれどもこの世は意外なり

 聞くと見るとは大違い 悪名どころかみな優し 

 一族そろって大歓迎 姫様みなに喜ばれ


 わけても婿殿よき男 優しく姫様招き入れ

 いと仲睦まじく よき夫婦めおと

 たとえ地の果て世の果ても 睦まじければ全てよし


 なれどもこの世は無情なり

 ある日姫様床に伏し 薬師も医者も匙投げる

 三日三晩とうなされて ようよう死の淵乗り越えた


 目覚めた姫様見たものは

 病に倒れし人の群れ 死屍累々たる城の中

 誰も彼もが息絶えた 残るは姫様ひとりきり


 病みが身の内入り込み 病みが姫様狂わせた

 ついには姫様病み狂い ついた二つ名「病み姫様」


 嗚呼 おいたわしや病み姫様

 嗚呼 おいたわしや病み姫様


 死ぬに死ねない病み姫様 恨みつらみの果ての果て 

 ついには姫様闇に堕ち 闇が姫様包み込む


 嗚呼 おいたわしや闇姫様

 嗚呼 おいたわしや闇姫様


 今は昔の物語

 とても悲しい物語

 闇姫様は今もなお 闇のお城にあらしゃいます……


 ビィーアの歌い方は、どちらかというと淡々としており、決して情緒豊かなわけではない。それが却って悲しみをリアルに浮かび上がらせてくる。客席も静かに歌に聴き入っている。

 そう、これがビィーアと亜乃さんが作った歌なのだ。昼間はビィーアが例の休憩室で竪琴を爪弾いてはメロディーを作り、夜は店を終えた亜乃さんが、そのメロディーを聴いて歌詞を考える。俺は俺で、しばらく弾いていなかったギターを持ってきて、一緒に音を確かめたり、アレンジを試したりした。

 それにしても、亜乃さんはすごい。異世界の住人を使ってお店のライブを立ち上げるなんて、常人の発想じゃないよな。

 俺は、隣で静かに歌を聴いている亜乃さんを見た。そして、固まった。

 亜乃さんが、泣いている――!

 微動だにせず、一言も発せず。しかし、両眼からは大粒の涙がはらはらとこぼれていた。

 唇を固く結んで、流れる涙を拭おうともせず、じっとビィーアを見つめながら、静かに泣いていた。でも、悲しいとか、感動しているとか、そんな表情には見えなかった。ただ気のせいか、ビィーアを見る目がどことなく彼を睨んでいるようにも感じられた。

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