一曲目「闇姫様奇譚」6話

 翌朝、目を覚ますとビィーアがいない。まさか逃げたのかと首筋がすぅっと冷えた。

 「亜乃さん、大変だ! ビィーアさんがいない!」

 慌ててラインしたところ、

 「今、お店で一緒に朝ごはん食べているよ」

 とのんきな返事がスタンプと共に返ってきた。

 「何だよもう~~~~、マジ焦ったじゃんか」

 ぼやきながら俺も顔だけ洗って店に向かった。まだ朝の七時というのに、二人ともずいぶんと早起きだ。

 亜乃さんとビィーアは、店のカウンターにいた。既に食事を終えたらしい二人は、ずいぶんと熱心に話し込んでいる。というより、ビィーアが色々と話す内容を、亜乃さんがメモを取り、そして二言三言何か質問をする。するとまたビィーアがあれこれ話す…という繰り返しだった。まるで、亜乃さんがビィーアにインタビューしているみたいだ。

 「あら、ゆうちゃん。おはようさん」

 「ゆう殿、お目覚めか」

 「びっくりしたよー、目が覚めたらいないんだもの」

 「それは済まなかった。ゆう殿がぐっすり眠っていたものでな」

 「もしかして、こっそり逃げ出したかと思ったよ」

 「……られなかったのだ」

 「え? 何だって?」

 「出られなかったのだよ。どうやっても」

 困惑したようにビィーアは言った。その横で、亜乃さんがちょっと笑う。

 「口で言うより、見た方が早いね。ビーィアさん、ちょっとそこのドアから表に出ていってみて」

 ビィーアは店のドアを開け、そのまま出ていく。……え、ちょっとおい、いいのか?

 店を出ると、ビルのエレベーター、または脇の階段を上って一階のエントランスに出る。そこから外に出られるはずなのだが……。

 ガチャッと裏手からドアの開く音。何と、外に出たはずのビィーアが従業員用ドアから現れるではないか!

 「えっ……何それ? どーして?」

 「分からぬ……階段を上がった途端、なぜかここにたどり着くのだ。何度繰り返しても同じだ。階段を上がるとドアがあり、そのドアを開くとここに戻っている」

 「エレベーターも似たようなものだったって。乗り方を教えたんだけど、一階に上がったはずなのに、扉が開くと地下一階にたどり着くって」

 無限ループじゃん、それ。

 「アタシは普通に出られるんだけどねぇ。試しに二人で外に出ようとしたんだけど、階段を上り終えた途端にビーィアさんが消えちゃうのよ」

「こちらはこちらで、ドアが見えると亜乃殿が消えてここに戻される」

「うーん、何だろうねぇ? 結界でも張られているのかもしれないわ。ま、ビィーアさんが夜中にこっそり脱走しようとしたのは不問にしておくよ」

 「……面目ない」

 すっかりしょげ返っているビィーアと、それをニヤニヤ眺めている亜乃さん。元はと言えば亜乃さんが原因なのに……。

 

「――で、二人で何を話し込んでいたのさ?」

 俺はコーヒーを飲みながら、改めて二人に尋ねた。

「お題は二つ。一つはここからビィーアさんを元の世界に戻す方法について」

 そりゃそうだ。

「もう一つは、ビィーアさんがあちらの世界で悩んでいた歌のこと」

 何じゃそりゃ?

 「ちょっと考えたんだよね。もしかしたら今頃、あっちの世界ではビィーアさんが逃げ出したって思われてるんじゃないかなぁって。でも、それってしゃくに障るよね」

「えーと『あいつ、いい歌が作れなくって逃げやがって』みたいな?」

「そうそう!だから、もしちゃんと戻れた時のために、こっちの世界で一曲作ってから返してあげたいなって思ったの」

 なるほどね。さすが亜乃さん、考えることが違うよ。

「それでね、ゆうちゃん。アンタにも協力してもらおうかなぁと」

「へ、俺が?」

 にやっと亜乃さんが笑う。あ、この笑顔はやばいやつだ。この笑顔が出るのは、決まって亜乃さんが何か悪だくみを考えているときだ……。

「俺、ちょっとコンビニ行ってくる……」

「待ちなさいって~~~」

 亜乃さんは笑いながら俺の襟首を掴むと、耳元でそっとささやいた。

「ここで、ビーィアさんのライブやんない? お店の一周年記念イベントも兼ねて」

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