一曲目「闇姫様奇譚」4話

「何はともあれ、まずは食べなよ」

 亜乃さんはうなだれていたビィーアの目の前に皿を並べた。パンは軽く温めてバターを添えてある。キャベツとベーコンをコンソメで煮たスープも出した。

 「腹が減っていると何にしてもしんどい。まずは食べて、それから考えよう」

 ビィーアは黙ってパンをちぎり、口に運んだ。と、それまで沈んでいた表情が急にやわらいでいった。

 「……うまい。黴臭くもなく、カチカチでもなく、表面は香ばしくて中は柔らかい。しかも乳酪バタまで付くとは、ずいぶんと贅沢だな。そして……ふむ、こっちは塩漬け肉の燻製と甘藍かんらんのスープか。……こっちもうまい。滋味とはまさにこのことか」

 「そりゃどーも。よかったらワインをもう一杯どう?」

 「ありがたい。いただこう」

 この頃になると、ビィーアもだいぶ警戒心を解いたように見えた。満腹になり、ワインも効いてきたのかな。

 「不思議だな……得体の知れぬところに来たというのに、なぜかあまり不安に感じぬ」

 「そりゃこっちも似たようなもんだわ。ビィーアさんがどこのどなたかさっぱり分からないけど、悪い人じゃなさそうだもの」

 みなでアハハと笑い合い、店の中はほのぼのした雰囲気になっている。これはチャンスと、俺はさっきから気になっていたことを聞くことにした。

 「あの~、ビィーアさん。もし……もしよかったら、何か一曲歌ってくれませんか?」

 そう、彼が手にしていた竪琴のようなものがどんな楽器なのか、ちょっと聴いてみたくて。それに、本物の吟遊詩人ってのがどんなもんなのか、興味津々だったのだ。

 「あら、いいね。アタシも聞きたいな」

 「……分かった、酒と食事の礼だ。それでは」

 ビィーアは、カウンターに置きっぱなしだった楽器を手にすると、二度、三度とつま弾いて音を確かめていた。そして、ちょっと首をかしげてはペグのようなものをいじって、再び音を出す。なるほど、チューニングか。

 「では」

 楽器を抱えると、ビィーアは静かに演奏を始めた。竪琴風の楽器は、シンプルでやや硬質な音色だ。そこに、彼の深みのある声が加わる。


 月夜に輝く

 花のかんばせ

 雲雀の如く

 響く声


 嗚呼、その声は

 誰がために

 嗚呼、その笑みは

 誰がために


 女神も妬む

 見目麗しさ

 

 花も恥らう

 愛らしさ

 

 この世の恵みを一身に

 注がれたもうた稀有な方


 わが姫様に

 栄えあれ

 嗚呼、わが姫様に

 栄えあれ


 「あっま~~~い‼ ゲロ甘だぁ~~~~」

 亜乃さんがオエーって吐くような真似をしながら笑った。ひどいよ、それ。でもまぁ……うん、確かにここまでベタなお姫様ヨイショしまくりの歌とは思わなかった。

 「……女人たちには喜ばれたのだがな」

 ビィーア自身も自覚はあるのだろうか、亜乃さんのひどいリアクションにも怒ることなく、むしろ頭をボリボリかいて苦笑いしている。

 「どうよ、ゆうちゃん?」

 亜乃さんが俺に聞く。

「えーと、下手ではないと思う。でも……ド直球でひねりがないっていうか……」

「ふん、分かっている」

 ビィーアは自嘲気味にそう言った。

「自覚はあるのだ。物珍しさも手伝って呼ばれることは多いが、いずれは飽きられるであろうことくらい、自分自身が一番よく分かっている」

 あー、あれだ。ルックス先行で大した才能もないけど、なまじ見た目がいいから人気先行で売れたあげく、実力不足で衰退していくアイドルみたいな?

 ビィーアの演奏は決して下手じゃない。声もいいし。けど、そこから先のセンスとか、オーラみたいなものが足りない気がする。こんなイケメンだから、そりゃ行く先々の宴席では、さぞやもてはやされるだろうけど。

「そうか、ビィーアさんは、もっと良い歌を作りたくて悩んでいたから、お祈りしていたんだ」

「まぁ……そういうことだ」

 ビィーアの表情が少しだけ曇った。産みの苦しみってやつだね。イケメンでも悩みは尽きないんだなぁ。

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