一曲目「闇姫様奇譚」3話

 ビィーアが話してくれたのは、ここに来るに至ったであろういきさつだった。

 彼は諸国を放浪し、行く先々で歌を披露していたという。

 「自分で言うのもおこがましいが、それなりに評判は良くてな。貴族や領主様の宴席に呼ばれることもある」

 確かにビィーアはいい声をしている。いわゆるイケボって、こんな感じなのかな? 俺は、俺が知りうるイケボな男性声優の声を思い出していた。それにこれだけイケメンなら、そりゃ貴族のお嬢さんとかお姫様とかが放っておかないだろうな。

 俺の心の声がダダ漏れだったのか、ビィーアは頭をかきながら「特に色っぽい話はないがな。向こうとこちらでは身分が違いすぎる」と呟いた。

 「この度も、ある領主様のお屋敷に招かれることとなった。好きなだけ滞在しても良いと言われた。名誉なことなのだが、それなりに気も遣う」

 そりゃそうだ。身分的には下なんだろうし。

 「滞在して数日は、領主様の奥方様やお嬢様たちが喜びそうな恋歌などを披露していたのだが……領主様が喜びそうな歌がないのだ」

 それってつまり……ネタ切れ? 

 「悩めば悩むほど、領主様に捧げるための歌が浮かんでこない。私はどうにかならぬかと思いつめ、屋敷の離れにある小さい礼拝堂に向かった。誰も寄せ付けず、一人で祈りを捧げていた時だった…」

 ビィーアは不思議そうな顔をした。

 「私の祈りに合わせるかのように、声が聞こえた。独特の抑揚で、祈り…と言うよりは呪文に近いものだったが。その声に身も心も囚われた瞬間だった。いきなり、まばゆい光を全身に浴び、そのまま気が遠くなって……気が付いた時にはここにいたというわけだ」

 「ふーん……。声は男だった? それとも女?」

 亜乃さんが聞いた。ビィーアは眉根を寄せて思い出そうとしていた。

 「恐らくは…女だな。さほど若くもないが、老けてもおらぬ。強いて言うなら、貴公ぐらいの年齢の女だったか」

 「悪かったね、どーせ三十路だよっ」

 亜乃さん、ちょっとだけ口を尖らせた。が、もう一つ質問を口にした。

 「急に光を浴びたって言ったね? 痛いとか、苦しいとかはあったの?」

 「いや、苦痛は感じなかった。だが…うむ、そうだな。光の渦みたいなものに全身を包まれたとき、光の中に何かの『シジル』を見た気がしたのだが……」

 ビィーアは手にしたゴブレットを見ながら何かを思い出そうとしていた。

 「あのー、すんません、ビィーアさん。シジルって何すか?」

 無学を晒すようで情けないが、知らないものは知らない。こういうときは聞くに限る。

 「シジルというのは、魔法の呪文を込めて描かれる図形のことを指す意味だとか。私もさしたる知識はないが、あれは恐らく何らかの魔法だと思う。そして、どういう偶然かは分からぬが、私はその魔法に巻き込まれたのだ」

 「うーん……。あー、もしかしたら……えーと、その……何だ……」

 と、今度は亜乃さんが眉根を寄せて唸っている。そして、何とも申し訳なさそうに言い出した。

 「あのー……、あのね、ビィーアさん。そのシジルって、その…もしかして、あんな感じじゃなかったかな?」

 亜乃さんがそういいながら指差したのは、暖炉前の床の装飾だった。

 店の奥にしつらえた「暖炉もどき」がある場所は、他より一段高さがあり、半円形になっている。もともと前の店主はここをライブハウス兼カフェにしていたとかで、恐らくはミニステージだったらしい。その半円形の中央部分に、魔方陣らしいものが描かれているのだ。俺には何が何だかさっぱり分からないが、丸三角四角、それにへんてこなアルファベットみたいなものが組み合わさった、いかにも悪魔を召喚しそうな感じの紋様。ビィーアは立ち上がり、しげしげとそれを眺めた。そういえば、ビィーアが最初に倒れていたのって、このあたりだったっけ?

 「こ、これは……? い、いや、確かにこれだ、とは私も言い切れぬが……、この紋様、確かに光の中で見たそれによく似ている! しかし、貴公、これは一体どういうことだ?」

 魔方陣モドキを見たビィーアは、目を丸くしている。亜乃さんは、何とも決まり悪そうに頭をぼりぼりと掻いていた。

「いやー、ごめんごめん。素人がこういうものに面白半分で手を出しちゃいかんわねー。これさ、商売繁盛の願いを込めて、店の装飾に使わせてもらったのよ」

 「はああぁ~~~!?」

 思わず間抜けな声が出た。見ればビィーアも顎ががくんと下がった間抜け面になっている。イケメンが台無しっすよ、それ。

 「つ、つまり、アレか? 貴公の商売繁盛のまじないが、私を引きずり込んだというのか?」

 「うーん……断言はできないけどね。もう何年も前なんだけど、外国を旅行していたとき、現地の占い師の婆さんと仲良くなってね。そのとき『人を招くおまじない』っていうのを教わったの。で、それを元に適当にデザインしたのを内装屋さんに頼んで印刷して、床に貼ってもらったのが、これってわけ」

 「人を招くおまじないって……亜乃さん、それがとんでもない人を召喚してしまったっていうわけ?」

 「だね。さほど考えずに験を担いだ結果が、ってことになるよねー……」

 嘘だろぉ~~~~~~! 招き猫ならぬ、招き魔方陣ってことかよ!

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