一曲目「闇姫様奇譚」1話

 俺の名前は佐々木裕介ささきゆうすけ。現在19歳で、職業は「カフェ・牝馬亭ひんばてい」の店員。カフェはメインストリートの裏手側、とある雑居ビルの地下一階にある。俺はここで、接客とか調理補助その他もろもろを担当している。

 カフェの店長兼オーナーが、亜乃さんである。現在三十二歳。見た目は小柄だし、顔立ちも地味だ。黒のロングヘアを一つに束ねただけの質素なひっつめ髪。地味な見た目が災いして、なめられることもあるみたいだが、そういう連中は大抵がのちのち返り討ちにされる。頭の回転がめちゃくちゃ速いのと、見た目に反して勝気な面もあるので、怒らせると怖い人だ。


 昨年の春に、亜乃さんはこの店を開いた。そして俺は、高校卒業と同時にここで働くこととなった。特に進学も就職も決めていなかった宙ぶらりんな俺を、亜乃さんが「ヒマなら来い」と半ばかっさらうように店員にしたのだ。

 牝馬亭は、いわゆるコンセプトカフェの一種で、ファンタジー小説やゲームに出てくる旅籠や酒場をイメージしている。店内は木材や、レンガや石材風の素材を使って重厚な雰囲気を演出している。テーブルやイスはがっしりとした木製で、素朴な田舎風。店の奥にはニセモノだけど暖炉があり、薪を積み上げている。薪の下には赤色のLEDライトを点けている。ライトはランダムに光の強弱をつけてあるので、ぱっと見は暖炉で炎が揺らめいているように見えるのだ。いわゆる雑居ビルの地下にこんな異世界風の店。隠れ家的な雰囲気もあって、その手の層にはウケがいい。

 店で提供する料理はさほどバリエーション豊富ではない。その代わりといっては何だが、見た目もシチュエーションも凝っている。例えば、フードメニューはパンとスープ程度。豆や野菜を使ったスープにライ麦パンやカンパーニュのような素朴な味わいのパン。それを木製のシンプルな小盆に、スープは素焼き風の碗に入れてセットで出す。スプーンも武骨なデザインで、スプーンというより「匙」という感じだ。

 飲み物はソフトドリンク以外に、アルコールも提供する。こっちも少し武骨なカップやゴブレットなど、亜乃さんがオシャレな雑貨店やアンティークショップなどで買い集めたものを使っている。メニュー表もそれっぽく仕上げた。コーヒーは「珈琲」、ワインは「葡萄酒」、ビールは「麦酒」と表記して、少し厚めの羊皮紙風に加工した紙にプリントした。文字のデザインも、いかにも古めかしい隷書体風なものを使って雰囲気を出している。

 服装にもこだわった。俺なんかは茶色のズボンとベージュのロングTシャツ、それにシンプルなカフェエプロン程度だが、亜乃さんはロングスカートに三角巾と前掛けで地味な田舎娘の装いだ。

 こんな風に随所に工夫を凝らしているので、いかにも異世界の小さな旅籠で飯を食べているっぽい雰囲気になる。まぁ、従業員は日本人だけどな。

 店はそれなりに順調だ。聞けば、飲食店を開いても一年後に生き残っているのはその半数、という話もある。亜乃さんの手腕もさることながら、立地条件も良かったんだろう。街中で交通の便も悪くはないし、隣のビルにはアニメショップや中古ゲーム屋などが入っているせいか、うちの客層ともマッチするようだ。

 かくいう俺も、ゲーム好き、アニメ好き、ラノベの異世界モノ好きなので、不本意ながら働き始めたとはいえ、実を言うとこの仕事場は気に入っている。

 店は間もなく一周年を迎える。そこで、亜乃さんから「何か記念イベントをやりたいね」という話があり、閉店後に二人でああでもない、こうでもないと話していたところだった。

 その、ふとした合い間にいきなり「彼」が現れたのだった。

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